親衛隊長と会長1



 僕は人より家柄もあって観察と記憶に長けているという自負がある。
 だからこそその対象の喜怒哀楽、体調からその日の気分まで全て手に取るように分かった。今だって廊下を歩いている男が最近入った風紀委員であり、肩を寄せ瞳孔が開き脇目を振らず走る姿、そして手に持つプリントから職員室から貰ってくる書類を間違え慌てて再度往復を繰り返しているのだと分かる。勿論それが失敗への恐怖故ではなく敬愛する委員長を失望させない一心であるいうことも。
 無表情な人間だって雰囲気や体の動きで感情はすぐに読み取れた。
 そんな僕にも全く読めない人間が一人だけいる。それは興味から始まり、尊敬と畏怖と少しの情愛を持って今では誰よりも彼の情報を知っている方だと自信を持って言える。感情や内面までは残念ながら知ることが出来なかったが、それは多少なりとも僕に優越感を与えていたし心地も良かった。いつか、このまま彼の内面をも知ることが出来ればと思っていた。
 だから、今回の件に関しては納得など出来る筈がなかった

「相模(さがみ)会計!」
「うえっ!はい!?」

 重厚な扉をノックもなしに開く。大きな声に慌てた相手は、いつもの緩い格好をした体をびくつかせ、垂れ目を大きく見開いて僕を見ると罰の悪そうな表情を見せた。

「あー…はは。やっほー、楓(かえで)ちゃん」
「今日こそ教えて貰うからな」
「な、何をかなぁー」

 目を泳がせて天井を見上げる相模会計に僕は本当にこの男は嘘をつけない性格をしていると思った。ふざけた男だ。
 それでも相模会計は努力している人間だ。それを表に出さないか、もしくは自覚していないだけで。
 僕は、彼が実は計算の苦手な男だと知っている。会計に入るまでは数学のテストはいい所下の上だったし、確か記憶では補習を受けたことだってあった筈だ。それでも推薦で会計という役職に選ばれてから勉強したのだろう。今では上位が当たり前と周囲から受け入れられているが、僕の中では未だ彼は計算の苦手な男だと認識している。

「そんな話は置いといてだな」
「どんな話?」
「いいからさっさと会長の居場所を吐け。お前は知っている筈だ」
「相変わらず見た目によらず男前だねぇ」
「茶化すな!」

 会長が決まるまでの代役としてその席に座っている相模会計に若干の苛立ちを感じつつ僕はテーブルを強く叩く。これはただの八つ当たりだ、分かっている。自分にも苛立った。

「会長の突然の行方不明に本当に動揺しなかったのはお前だけだ。僕を見くびるな」
「…楓ちゃんの観察眼は俺も認めるけど今回ばかりは間違ってるよ〜。これでもビックリしてるし心配だってしてるんだから」
「馬鹿にするな。お前が動揺する時は鼻が若干ひくつくんだ」

 そう腰を下ろす相模会計を見下ろして言えば、慌てたように鼻を押さえた。だからお前は分かりやすいんだ。

「以前それで僕に『あの事』がバレたのも知っているだろう」
「うっ、うぅぅぅぅぅ…」

 僕の言葉に困ったように眉を寄せる相模会計。実は今日このタイミングで訪れたのも、この男が先刻風紀に散々絞られて精神的に弱っていると知っていたから押しかけたのだ。
 書記が戻ってきたとは言え、未だ転入生から離れない総務と副会長の業務と自分の業務、そして会長の業務をこなす彼を自業自得だと思いつつ会長に対する罪悪感ぐらいはあったのだろう。真面目に取り組む姿勢に僕も彼に対する評価は以前より多少優しくなっていた。

「が、それとこれは話が別だ」
「何の…?」
「いいから吐け。言うまで僕はジワジワとお前を追い詰めるぞ」

 言いながら机に乗り出し彼に距離を詰める。

「ううっ…楓ちゃんって本当に会長絡むと怖い…」
「当たり前だ。僕にとって会長が唯一…ん?何だこれは」

 眉根をひそめて相模会計を睨みつけていると、下から妙な光を感じて目線を動かした。何故か、少し開いた引き出しから青白い光が漏れている。

「わー!わっ、わっ」

 僕は慌ててそれを押し隠す彼の手を迷わず握った。

「何だそれは」
「何でもありません!」
「嬉しいぐらいに鼻がひくつくなお前は。僕は今日だけはお前を少しだけ好きでいてやる」
「いらないいらないですっ!楓ちゃんの好意とかそれホラー以外の何でもないじゃんか…!!」
「失礼な。じゃあお前の親衛隊に入隊されたくなければその手をどけて中を見せろ。もしくは会長の居場所を吐け」
「えぇ!?ねぇそれ冗談だよね!?」

 半泣きで僕を見る相模会計を鼻で笑ってやった。

「今日付けで藤堂会長の親衛隊は解散だ。今の僕はれっきとしたフリーだぞ」

 相模会計が諦めたように肩を落としたのを確認して笑みを浮かべる。
 僕が唯一観察しても暴けなかった男、藤堂悠里会長が行方不明になってから二ヶ月経った日。
 ようやく僕の努力は実を結んだらしい。
 早く無事を確認して、僕を心配させた罰として腹に一発お見舞いしてやりたいぐらいには腸が煮え繰り返っているんだからな。覚えてろよ、藤堂会長。



←back  next→

>> index
(C)siwasu 2012.03.21


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -