魔王様のメイド2 ◆◆◆◆◆ 人の名前を呼びながら泣いている声が煩い。 額の痛みに眉を寄せた俺は、ゆっくり瞼を開いて眼前にある赤い色に瞬きする。 「ユーリ、目を覚ましたか!」 涙をボロボロと流しながら笑う男に、俺はゆっくりと身体を起こして首を傾げる。 「誰だアンタ?」 「何を言う、私ではないか」 「いや、んなこと言われても知らねーよ」 オレオレ詐欺かよ、と訝しげな視線を送ると、コスプレなのか見た目がとても変わった男は、ショックを受けたようにまた涙を流し始めたので、その顔面を掌で押さえつけた。 「鬱陶しいな、俺は泣かれるのが一番面倒臭ぇんだ」 そう言いながら、もごもごと何か話している男を無視して周囲を見渡す。どうやらここは寝室で俺はベッドにいるらしい。 豪華な内装に呆けていると、隅のソファーに座っているちゃらそうな虎男を見つける。かなりファンタジーな見た目をしているが、泣き虫男よりは話が出来そうだと呼びつけた。 「なぁ、ここどこ?」 「……覚えてないの?」 「少なくともお前のことは知らん」 半眼を向ければ、チャラ男はまだ顔面を塞がれている泣き虫男と俺を交互に見つめて――何故かにんまりと笑った。 「俺はロジ、カイチョ……ユーリは転んで頭を打って、意識を失ったからここに連れてきたの」 「そうか、悪かったな」 だから額がやけに痛いのか。俺は他にも怪我をしているところはないかと自分の姿を確認して、身につけている格好に気付く。 「……なんでこんなもん着てるんだ」 これは所謂メイドという格好じゃないか。そう考えて固まっていると、俺の手から抜け出した泣き虫男が俺に泣きながら迫ってきたが、睨みつければ慌てて涙を拭い始める。 「ユーリは何も覚えていないのか?」 「少なくとも俺達のことは忘れてるみたいだね〜」 二人の口ぶりから察するに、どうやら俺は頭を打って記憶に少し問題が起きているらしい。 これは困ったことになったな。 「ユーリはね、この魔王様の専属メイドなんだよ〜」 「専属メイド?」 「そうそう」 「そうか…………いや待て、俺は全寮制の男子校に通う普通の高校生だぞ」 違和感なくこの場に馴染んでいたが、ようやく頭が現実に追いついてきた。混乱する俺にロジが教えてくれた話では、どうやら俺はこの異世界に飛ばされ、色々あって魔王城に住む泣き虫魔王の専属メイドになったらしい。 「なんでそんな面倒臭いもんになったんだ俺……」 頭を抱える俺をロジは面白そうに見てくるし、泣き虫魔王は何か言いたげに俺達を見比べている。信じたくないが、このファンタジーな格好をした二人もコスプレではなさそうだ。若干引っかかりを感じるが、記憶が曖昧な以上、二人の言葉を信じるしかない。 「そうか……で、俺は何をすればいいんだ」 「相変わらず順応早いね」 「悩むのが面倒臭ぇだけだ」 とりあえず考えるのも面倒くさくなった俺は、潔く現状を受け入れることにした。記憶のない間の自分も損得勘定ぐらい考えて泣き虫魔王のメイドになったはずだ、そう悪いものではないのかもしれない。 「その面倒臭さは変わらないね〜」 苦笑するロジを横目で見ながら、俺はベッドから降りると、後ろのチャックが開いていることに気付いて魔王を見る。 「悪い、これ閉めてくれ」 「わ、私がか?」 「一人じゃ出来ねぇんだよ」 なんで男なのに女装しているのかも考えたが、面倒臭いのでやめた。多分こいつの趣味なのだろう。 顔を真っ赤にさせて後ろのチャックを上げてくれる魔王にそういえば何故肌蹴た格好をしているのか気になったが、それについては怖いから考えるのをやめた。 もしなんかあった時は、記憶がないことを理由に逃げさせてもらおう。 「んじゃ、ちょっくらメイドらしく掃除でもしてくるわ」 そう言って手を振れば魔王は慌てて呼び止めるが、俺は聞こえないふりをして部屋を飛び出した。 「我ながら完璧だとは思う」 綺麗になった階段の手すりに俺は満足して笑みを浮かべる。理不尽だと言われても、これに触って手垢をつける奴がいれば殴るからな。 あれから屋敷の中を探索して、メイドの集まるサロンのような場所を見つけた俺は、他の給士達に事情を説明して掃除道具を借りると、現実逃避に掃除を始めた。 何故か驚いた顔をして止められたが、何かに集中していたいと言えば、渋い顔を見せて「好きなものを使ってください」と言ってくれた。何故同僚なのにあんな畏まっていたのだろう。服装も他のメイドと全く違っていたし、パンツをはいてないせいで股間も涼しくて落ち着かない。 聞けば、この国では下着を身につける習慣がないみたいだが、おかげで屈んだりしゃがむ度に見えそうで落ち着かないし、何度もスカートの裾を引っ張って掃除に集中できなかった。 よし、魔王に他のメイドと同じ服を用意してもらおう。 「と、いうわけで着替えたいんだが」 そう言って影から俺を窺う魔王と、何故か爆笑してるロジを見れば、魔王は肩を揺らしてでかい図体を柱の後ろに隠した。あいつは一体何がしたいんだ。 「いや、見えてるから」 柱から覗く尻尾に呆れていると、魔王は震えながら顔を覗かせて俺に泣きついてくる。 「泣くなよ。俺、泣く奴が一番面倒臭くて嫌いなんだよ」 「だってユーリが、ユーリがっ」 俺よりでかい身体をしてるのに、なんて女々しい魔王様だ。 呆れてため息をつくと、魔王は突然俺の肩を掴んで勢い良く揺さぶってきた。 「ユーリ、違う、お前はメイドではなく、私のヨメなのだ」 「ヨ、ヨメ? って痛い痛い、頭が揺れる」 ぐらぐらする視界に目を回しながら、なんとか魔王の腕を取って止めれば、後ろでロジが「カイチョーがっ、あのカイチョーが掃除してる……ッ」と笑いながら床に転がって悶絶している。 そこで、ようやく自分が遊ばれていることに気付いた俺は、腹を抱えてしゃがみ込んでいるロジの頭に足を置いて体重を乗せた。魔王が慌てているが、知ったことではない。 「ユーリ、それでは何もかもが丸見え……ッ」 「おい、このまま小便ぶっかけられたくなかったら、本当のことを言え」 実はずっと股間が涼しいせいで、トイレに行きたいと思ってたんだよな。そう言って先程から感じていた尿意を匂わせると、ロジは顔を真っ青にさせて土下座した。 「やだっ、それだけは、それだけは何か色んなものを失いそうな気がするからやめて!!」 「じゃあ、さっさと本当のこと言えよ」 どうやら俺は、メイドでも何でもなかったようだ。 >> index (C)siwasu 2012.03.21 |