魔王様のメイド1



「ユーリ、こすぷれとは何だ?」

 ずっと続いていた雨もあがり、長閑な天気に誘われるように、俺はテラスで優雅な昼寝を楽しんでいた。
 以前のように遠吠えも聞こえてこないため、穏やかな屋外は心地がいい。
 そんな中、カナメが運んでくれたノートパソコンを指さしたジークが首を傾げて問いかけてくる。

「あ? んだよ、折角いい気持ちで寝てたのに邪魔すんじゃ……って、人のモン勝手に触るな!」

 ひったくってディスプレイを見れば、ロジがこっそり用意してくれたAVが再生されている。夜中に楽しもうと思っていたのに……。
 おかげで充電が減ったじゃねーか! とか、昼間からいかがわしいもの見てんじゃねーよ! とか、言いたいことは山程あるが、それより全く趣味じゃないコスプレものの内容に、俺は無言で電源を落とした。
 いい感じのやつ用意しておくね、とウインクしていたあいつのことを信用するのはもうやめよう。

「それにしても、ユーリの世界は面白いものが多いな。動く写真が存在するのか」
「……内容が気にならないのか?」

 てっきりこいつのことだから、浮気だなんだの騒ぐと思ったが、パソコンに対する興味の方が強いことに若干驚きながら聞けば、ジークは不思議そうな表情を見せる。

「人間同士の性交を見て何が楽しいのだ」

 どうやら魔王様は人間同士のセックスに興味がないようだ。

「それよりマルティア族の性交は凄いぞ、何本もの触手が身体中の体液を貪り尽くす様子は、見ているこちらも昂ぶってくる」

 ……いや、単純に俺達よりもハードなプレイがお好みなだけだった。

「んなもん想像するだけで萎えるわ」

 そういえばこいつもセックスの時は、尻尾から媚薬効果のある粘液を出して中を慣らしてくるもんな。
 当たり前過ぎてすっかり忘れていたが、考えてみれば俺もそれなりに特殊なプレイをしているのか。

 生徒会室の引き出しからうっかりこちらの世界に迷い込んで出会ったジークとヨメの契約を交わしてから、既に半年。
 初夜も新婚旅行も済んだし、今は雑務を押し付けてくるガミガミドラゴンも実家に帰省しているので、俺はここぞとばかりにぐうたら生活を楽しんでいた。
 まだ引き出しとこちらの世界は繋がったままなので、こちらの世界とあちらの世界のハーフであるロジや、事情を知った親衛隊長のカナメが持ってきてくれる娯楽は、いい暇つぶしになる。
 出来ればユイスには一生実家にいて欲しい。

「そう言えば、最初にカナメが来た時も、私の姿を見てこすぷれがどうこう言っていたな」

 まだ気になるのか首を傾げるジークに、どう説明すればいいものか考えていると、後ろから何かが頬に触れてくる感触を覚えて、俺は迷わずそれを取って頬ずりした。

「コスプレはねー、男のロマンだよロマン!」
「うむ、このぷにぷに……悪くない」

 頬に触れてきたのは肉球だった。
 振り返ると、虎男の姿をしたロジが俺の頬を挟んでいる。

「ロマン?」
「そうそう、可愛い女の子がナースさんになってエッチな看病とか、一度は夢に見るじゃん」

 そう言いながら、ロジは大きな虎の姿になって俺にじゃれてくる。こいつは元の世界では生徒会会計として人間の姿をしているが、こちらでは虎の獣人なのだ。もふもふが大好きな俺にしてみれば、ずっとこっちの姿でいて欲しい。
 よし、腹を撫でて欲しいんだな。ジークが何か言いたそうに半眼を向けてくるが、無視して俺は毛繕いを始めた。

「ふむ、確かにユーリの献身的な姿は見てみたい」
「でしょ! そう思って向こうのコスプレグッズを持ってきてみましたぁ!」
「いや、何勝手に持ってきてんだよ」

 後ろ足で応接室を指すロジに呆れていると、ジークは気になるのかそそくさとテラスを後にする。

「お前な……何でそんなもん持ってんだよ」
「いや、実はあっちの世界でこの間文化祭が終わってさ、クラスでコスプレ喫茶した時の衣装が残ってたから、折角だしカイチョーにも文化祭気分を味わってもらおうと思って」
「なんでそこでコスプレ衣装なんだ」
「だってクラスメイトの一人が『そういえば藤堂会長、去年は執事してたよな』って言い出したせいで、全員がいなくなったカイチョーのこと思い出してしんみりした空気になっちゃったからさ、ここは一つ学園の皆の為にも」
「こっちで俺が何かしても、あっちには伝わらねぇだろ」
「まぁ、そこはあれだよ、あれ」

 そう喉をゴロゴロ鳴らしながら誤魔化すロジ。
 お前、最初からそのつもりでモフモフが大好きな俺の前にこの姿で現れたな。呆れながらも柔らかい腹に顔を埋めていると、戻ってきたジークが何着か手にして肩を震わせていた。

「な、なんなのだこれは……丈が短くて陰部が見えてしまうではないか!」
「……そう言えばこっちの世界って、下着付けない代わりにスカートとか長いよな」

 ジークの握っているものは、確かにどれも膝上のミニスカートばかりだ。城に仕えているメイドの服装を思い出して、考えてみれば女性は皆くるぶしまでの長いものしか着ていないことに気付く。

「これでは淫魔と変わらないではないか、そちらの女は皆こんなものを着ているのかっ!」

 そう言って並べたのは、ナースにメイドにセーラー服にミニのチャイナに婦人警官……おいちょっと待て。

「ロジ、お前コスプレ喫茶って言ってたよな。なんで女物ばっかなんだよ」
「だってそっちの方が面白いじゃん」

 俺は何も面白くねーよ。ジークもディスカウントショップに売っているものよりはまだ質の良さそうな衣装を見比べて眉を顰めている。

「今すぐ返してこい、ジークも機嫌悪そうじゃねーか」
「これに決めたぞユーリ!」
「悩んでただけかよ!!」

 一着を俺に突き出すジークに思わずつっこめば、ロジが「うんうん、魔王様だって男だもんね」と頷いている。
 いや、俺はコスプレに全く興味ないんだが。

「ぜってぇヤダ」
「これでも必死に悩んで選んだのだぞ!」
「必死にってところが余計キモイわ」

 そう言いながら軽蔑した視線を向けると、ジークはグッと唇を噛み締めて目を潤ませてくる。

「ほら、キモイって言われて泣きそうになってるじゃん」
「いや、泣き落としには屈しないからな、泣いても無駄だからな、だから涙を流そうが――ってああ、もう面倒臭ぇ!」

 俺は泣かれるのが一番嫌いだっていつも言ってるだろ!
 ジークの手にしている衣装をひったくって見れば、選んだのは丈が短く胸元も大きく開いたメイド服だった。何故城にメイドがいるのに、わざわざこれを選ぶんだ。いや、だからこそなのか。
 必死に選んでこれかよ、と胸中でうんざりしながら二人の視線を感じたので目線を動かすと、期待した眼差しと明らかに面白がっている眼差しに俺は頬を引きつらせた。

「……身長百八十ある男が着ても気持ち悪いだけだぞ」
「そんなことはない!」
「まぁまぁ、とりあえず着てみるだけでも」

 くそ、こいつらに何を言おうが無駄のようだ。俺は大きなため息を一つ吐くと、諦めて腰布を外し、着ている服を脱ぎ始めた。

「こっ、ここで着替えるのか!?」
「いちいち着替えるために移動するのも面倒臭い」

 言い切れば、ジークは慌ててロジの目を隠している。「魔王様痛い、爪が食い込んでる!!」と騒いでいるが、知ったこっちゃない。流石に全裸になるわけにはいかないので、上半身だけ脱いで乱暴に衣装を被る。きっとチワワみたいな生徒が使っていたものだ、小さくて入らないと突っ返してやるつもりだったのに、問題なく腕が通って舌打ちする。
 そしてずっぽりと被ったメイド服のスカートに手を突っ込んで着ていた衣類を剥ぎ取り、後ろのチャックを閉めようとして――手が止まった。

「おい、これ一人じゃ無理なんだけど」

 そう二人に視線を向けて助けを求めると、ロジの目を隠したジークは頬を染めながら口を開閉させている。

「な、な、なんとはしたない……」
「脱いでいいか?」

 これを着ろって泣きついてきたのはお前だろうが。思わず半眼になっていると、ジークから逃げ出したロジがこちらに近付いてきた。

「まっかせて! 俺、委員長が着た時も手伝ってあげてた――あ、あれ?」

 意気揚々と背中に手を伸ばしたのはいいが、どうやら自分の姿を忘れていたようだ。いくら獣人と言っても、虎の前足みたいな手では、チャックのような小さいものを扱うことは難しいらしい。

「私に任せろユーリ!」

 そう言って今度はジークが近付いてくるが、鼻息荒い魔王様に俺は若干引き気味に後退する。

「や、もういいって面倒臭い。別に閉めなくても着た感じの雰囲気は出てるだろ」
「そこはちゃんと着てくれなきゃ! 折角エプロンとか小物もあるんだし、後ろのリボンの刺繍なんか裁縫部が頑張ったんだよぉ?」

 いや、お前はただ楽しんでるだけだろ。肩を抑えるロジの顔面に、俺は容赦なく肘を入れて床に落ちた服を拾う。

「おしまいだ、おしまい。もういいだろ、パンツはいてないせいで股間がスースーして気持ち悪いんだよ」

 しかし、拾うために立ったまま屈んだ俺が悪かった。服を拾う際に丈の短いスカートからケツが半分見えてしまい、それに慌てたジークが走ってきたのだ。

「ユーリッ、それ以上卑猥な格好をしてはいかん……っ!」

 卑猥な格好を求めてきたのはお前だろ、という怒りは飛びついてきたジークのせいで声にならなかった。
 体勢を崩した俺はそのまま足を滑らせ顔面から無様に転倒。打ち所が悪かったのか、ガツンと頭に響く振動を感じて、考える暇も無く意識は暗闇へと落ちていった。



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(C)siwasu 2012.03.21


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