魔王様と新婚旅行34



 目が覚めると、そこはソファーではなくベッドの上だった。勿論ナルシア様はいない。おそらくジークがここまで運んでくれたのだろう。
 窓があったのでカーテンを開けてみると、陽の光に照らされた森林が広がっている。これは翌朝まで爆睡してたパターンだな。やっちまったなあ、夜にでもジークから契約のことを詳しく聞くつもりだったのに。結局アネリに教えてもらうはずだったバイトも出来てねえし。

「おはようございます、ユーリ様」

 声が聞こえて振り返ると、緑色の肌をした小さな女の子が桶を手に立っている。後ろからトカゲのような尻尾が見えるがユイスの同類だろうか。

「ああ、おはよう」
「私、ナルシア様の女中をさせていただいているカヌと言います。滞在中はユーリ様のお世話をさせていただくのでよろしくお願いします。フランベスタから預かっております荷物は棚の上に置かせていただきましたが、他にも必要なものがあればいつでもお言いつけ下さい」
「分かった。……アネリはいないのか?」
「この建物内に入れるのはサーヴァスト様とナルシア様以外にはナルシア様の身の回りの世話をする者に一部の護衛、それにサーヴァスト様と親しい者だけです。フランベスタは勿論、そちらの護衛であるラゴーブルの立ち入りは禁止されております」

 成程な。つまりあいつらはあれから馬車で待機しながら寝泊まりしたのか。俺は多分ジークの配偶者ってことで許されたのだろう。
 差し出された桶の水で顔を洗うと、周囲を見回してもジークの気配がないことに気付く。部屋も一人用だし、あいつは別の部屋を用意されているのだろうか。

「なあ、ジークは」
「ジークハルド様はサーヴァ様と昨晩からお出かけになっております。ユーリ様はジークハルド様が帰ってくるまでこの部屋から出ることを禁じられておりますので、それまでの間ごゆっくりお過ごしください」
「あー、ならゲームでもしてゴロゴロさせてもらうわ」

 あいつらがいない間、ナルシア様にうっかり魔力をあげて厄介事になるのも面倒臭いしな。
 どこか申し訳なさそうな表情をするカヌの頭を気にするなと撫でていると、掌の下から低い声が聞こえてきた。

「人間臭いです、やめてください」
「…………」

 そっと手を離すと、黄緑色の髪の間から金の瞳がこちらを睨みつけている。
 よく見れば鱗が見えるし、うん。こいつはユイスの親戚で間違いない。

「悪かったよ。もう触らねえから」

 謝罪したが、カヌは匂いが移ったことを気にしているのか自分の体に鼻を寄せている。これは溝が出来てしまったな、面倒臭え。
 俺は気まずさをどう誤魔化すか窓の外を見て、ふと遠くから聞こえる馬のいななきに眉をあげた。
 耳を澄ませてみれば、やたら馬の鳴き声がうるさい。これは何かあったのだろうか。
 俺の疑問に気付いたのか、カヌが俺の横まで近付いてきて窓の外を見ると、聞こえてくる鳴き声に納得したのか頷いた。

「ウノチトスの交尾ですよ」
「ウノチトスってあのおっぱいさんたちか?」
「おっぱ……ええ。ウノチトスは女性しか生まれないので定期的に種馬を探すのですが、今回は向こうからやってきたので今頃必死になって繁殖活動に勤しんでいるのでしょう。しかも上等な雄が六頭も。ジークハルド様もサーヴァスト様も許可を出していますし、結界も重ねているので心配はありません」
「つまり現在この外は馬同士のエロいうっふんあっはんがあると」
「……ウノチトスは交尾中気が立っているので場合によっては蹴り殺されますよ。先ほども言ったように今日は大人しくこの部屋に籠っていてくださいね」

 バレたか。動物同士の交尾なんてなかなか見れるものではないので興味があったんだが。
 それよりカヌよ、お前触られてから素に戻ってないか。俺への態度が雑になってきているぞ。その冷たい目もガミガミドラゴンを思い出させるし。

「ジークハルド様が戻られた翌朝にはこちらを発つと聞いています。フランベスタもジークハルド様に付いているようですので、くれぐれも余計なことはしないでくださいね」
「分かった、分かったってしつけえよ。ちゃんとこの部屋にいるし何かあっても一人で行動しないしお前を呼ぶから」

 肩を落として言えば、ようやく納得してくれたのかカヌは頭を下げて部屋を退出した。
 アネリだったら絶対危険な範囲を避けて俺に交尾を見学させてくれたはずだ。やべえ、アネリが恋しい。
 ふと思いついてロジの名前を呼んでみたが反応なし。これは単に生徒会室にいないのか、ここが特殊な場所だから入ってこれないのか。知り合いが一人もいない完全なぼっち状態はこっちに来てから初めてのことだ。
 俺は仕方なく棚の荷物から携帯ゲーム機とモバイルバッテリーを取り出してバッテリーの充電を確認した。これなら多分夕方までは遊べるだろう。電源が落ちる前にジークが帰ってくることを期待しつつ、俺はだらしなくベッドに寝転がるのだった。



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(C)siwasu 2012.03.21


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