魔王様と新婚旅行33



「そうか。ならこれはロジに返しておこう」
「まっ、待ちなさい!」

 威厳あるもふもふの神と言えど、それに逆らえるはずもない。ナルシア様が食いついているそれが何なのか分からないジークは怪訝な顔を見ているが、俺の頭の中ではあの曲が流れ始めている。
 何故俺はファンタジーな世界にいながらそれを見ているのか。現実世界ではありふれた、何なら祖母と祖母が飼っていた猫の間でよく見た光景だ。あの液状おやつは見た目が猫の奴にも効果があるのか。それともナルシア様限定なのか。既にゴロゴロと喉を鳴らして涎を垂らしている。

「それを寄越しなさい、今すぐに」
「……欲しいならそれ相当の態度というものがあるだろう」
「ウミャァーオ、ナァァァオ、ミャウ、ナァァァゴ」

 サーヴァの手から離れた妖精の王様が仰向けに寝転がりながら媚を売り始めた。さっきのにゃーんと鳴き声が全然違うじゃねえか。あれは演技だったのか。
 体をくねらせて必死でサーヴァに強請る姿はとても愛らしいが、さっきまで王様としての威厳をその肌で感じていた俺にはなんだか悲しいものに見える。辛い。どんなに凄い奴でも狂わせてしまう元の世界の液状おやつが怖い。

「可愛いけど夢から醒めたような虚しさを感じる……でも可愛い……」
「ユーリはアレを知ってるのか?」

 苦笑いを見せる俺にジークが問うと、代わりにサーヴァが反応する。振り払おうとしているのか足を持ち上げているのだが、それに必死でしがみついているナルシア様の姿は可愛いの権化だ。いや、でもやっぱ虚しい。

「あちらの世界では数多の種族を虜にした有名なアイテムらしいから詳しいのだろう。ロジも好きだと言っていた」

 え、ロジもそれ食ってんの。今まで生徒会室で隠れて舐めてたのならちょっと引くわ。
 そんな俺のドン引きした心を余所に、ナルシア様はまだ必死でアピールを続けている。サーヴァの足元にすり寄って尻尾を巻き付けている姿は憎き魔術王とか言ってた奴と同一人物だとは思えない。
 その様子を見てサーヴァはため息をつくと、おやつの封を切ってナルシア様に差し出した。途端に飛びついて舐める姿は何とも愛らしく、ついには前足でおやつを持ったサーヴァの手を掴んでいる。ずるい。俺もそれやりたい。
 羨ましそうな顔をしていたのだろう。サーヴァが俺に向かって手招くので近付くと、背中を撫でていいと言われた。え、いいのか? そんなことしたらまた魔力がナルシア様に流れていくんじゃないのか。

「元々こいつにはある程度魔力を発散させる呪いを施してある。それに何故かこれを食べると半年は大人しくなるから問題はない」
「その加減を間違えてナルシア様を瀕死にさせたのは誰だ」

 ああ、なるほど。療養の理由はそれだったのか。半眼でサーヴァを見るジークを横目に俺はそれならと遠慮なく触らせてもらった。壁際に突っ立っているおっぱいさんが複雑な表情をしているが、サーヴァが許可しているので何も言えないのだろう。
 夢中になっているナルシア様の宙を舞うようにきらめく毛の草原にゆっくり掌を乗せていく。ふわふわ……ふわふわだ……。

「やべえ、癒される。癒されすぎて溶けそう」

 完全に顔が緩んでる自信あるわ。ジークも若干頬が引き攣ってるし。それでも俺が幸せそうなので我慢しているのだろう。唇を噛みしめている。
 サーヴァはそれを見て意地の悪い笑みを浮かべた。

「なんだ、嫉妬してるのか」
「そんな顔、私の前では一度も見せたことがない……」
「増毛の魔術ならあるが」
「ジークが毛むくじゃらになっても何も嬉しくねえよ」

 それから結局元の世界のおやつを三本も食べたナルシア様は満足そうに寝た。そんなに食って塩分とか大丈夫なんだろうか。
 ナルシア様は一度寝るとしばらく起きないらしいので、サーヴァの許しをもらって今はクッションを乗せた俺の膝の上で爆睡中だ。これぞ至福の一時。
 愛妻家だと聞いていたがイメージと大きく違うな。

「私が触ると烈火の如く怒り狂うくせに」
「ユーリはこいつを毛質のいいぬいぐるみぐらいにしか思ってないようだからな。顔を見ればわかる」
「もふ……もふもふ……」
「ぬう。先程までの格好いいユーリはどこに行ったのだ」
「もふぅ……」

 駄目だこれ。さっきから脳が痺れてまともに会話できねえ。おまけにジークとサーヴァが小難しい話を始めたから眠くなってきた。これ寝てもいいかな。肩に寄り掛かるとジークが頭撫でてくれたしいいよな。
 あ、でもその前に。

「ジーク……お前……泣くんじゃねえぞ」

 それだけ言い残して俺はもふもふを抱えたままソファーの上で意識を飛ばした。



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(C)siwasu 2012.03.21


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