「ああ、もう好き。……ちゃうわ、めっちゃ好き」 一星の前に俺が姿を見せるのと同時に、耳を疑うような発言が俺の思考を奪う。 一星はというと、突然クローゼットから現れた俺を見て口をぽかんと開いていた。 「な……っ、なっ……」 「……一星、お前、いま」 「な、なっ、なんもゆうてへん!何もゆうてへん!!」 必死に首を振る一星の顔は、茹蛸も飛び上がるほど真っ赤に染まっている。 そして距離を詰める俺から逃げるように後退るが、壁際に追い詰められたところで唇を噛みしめた。 「お前っ、またんなとこ隠れて趣味悪いにもほどがあるやろ!」 そう言って強がる一星だが、悪い、俺の頭は今それどころじゃない。 固まった表情もそのままに、俺は一星の肩を掴んで顔を近付けた。 「十瑠は?」 「え?」 「どっちだ」 「は?」 「だから、俺への好きは十瑠の上なのか、横なのか、下なのか」 「え……へ?」 「正直に答えろ」 「え、あ、あー……斜め下五センチぐらい……?」 真剣な俺に釣られたのか、一星は少し悩んだ後首をかしげながらそう答えた。 俺はそれを聞いて困った顔でこちらを見上げる一星を抱きしめる。 「好きだ。絶対十瑠と並べるぐらいお前を夢中にさせてやるから、俺のもんになれ」 「はっ!?」 一星は俺の告白にようやく我に返ったらしい。自分の発言を振り返っているのか、しばらく黙ったあと鳩尾を殴ってくる。 だがその力は弱くて、抵抗をする気がないことが分かった。 「も、ほんまそうゆうとこ」 「何がだ」 「……十瑠のこと好きな俺を好きってゆうてくれるとこ」 「お前のとこの親衛隊長にも言ったじゃねえか、まとめて面倒みるつもりだって」 その言葉にようやく観念したのか、一星はゆっくりと俺の背中に手を回すと体を預けてきた。 「こんな奴好きになって、知らんでほんま」 「お前こそ俺を好きになりすぎても知らねえぞ」 「あーほんま……はあ」 一星はそう言って大きく肩を落とすと、俺の肩に顔を埋めた。見下ろす先に見える耳は真っ赤なので、これは照れているだけだろう。 一星が気が済むまで黙っていると、決心がついたような顔が俺を見上げる。口をもごもごと動かして、ようやく開いたそれからは少しだけ舌がこぼれていた。 「……二亜。俺の嫁は十瑠なんは曲げられへんけど、だ、……旦那に、なってくれへんか」 羞恥が頂点に達しているのか、涙目になった一星がそう言って俺を真っ直ぐ見つめる。 それを見て、俺は天を仰いだ。 「……無理だ」 「はあ?お、おま、人がめっちゃ頑張って……ッ」 「いや、そうじゃなくて」 「じゃあなんやねん!」 「……勃った」 俺の言葉に一星が視線を下げて、股間を確認する。そして膨らんだ布地を見るなり、また顔を真っ赤に染め上げた。 あー、これはふざけるなって殴られるパターンだな。 生理現象なので仕方ないが、大事な場面で勃起する俺も悪い。 素直に殴られておくか。 俺は目を閉じて覚悟を決めた。だが、待てども一向に拳が飛んでくる気配がない。 ゆっくりと瞼を開いて一星を見ると、何故か一星は俺の股間を凝視して口元を押さえている。どういう反応だそれは。 「え、あ、あー……うん、ああ、せやな、うん」 いや、一人で納得してるみたいだが全然分からん。 不審がる俺に、一星は眉を下げながら顔をあげる。 そして股間を指さしながら、こともあろうにこう言ったのだ。 「いや、まだ後片付けとかあるやろ。せやからな、これ…………夜まで待たれへん?」 「…………」 ちょっと待て俺。少し整理しよう。 今、こいつはなんて言った?夜まで待たれへん? それは標準語で夜まで待てないかという質問で、つまり夜になったら……何があるんだ? 混乱する俺に一星は聞こえていないと思ったのかもう一度言い直す。 「せやから、明日休みやし、夜やったらかまへんけ、ど……ってうわッ」 「そうだな、俺が悪かった。怪我してるんだからお前は寝とけ。もうすぐ保険医も来るはずだ」 俺はまだ話している途中だった一星を抱えると、ベッドに下ろして横にさせてやる。 状況がついていけない一星は目を丸くさせていた。 「え、あの、二亜……」 「大丈夫だ、後片付けは俺に全部任せろ。お前は自分のことだけ考えていればいいんだよ」 「いや、だから――」 「一星!!暴漢十六人全員やっつけたって本当!?」 「どうやったの?殴ったの?蹴ったの?」 丁度その時、扉を勢いよく開けて六実と七実が飛び込んでくる。 おいちょっと待て、暴漢十六人って何の話だ。一星もついていけずに固まっている。 「だーかーらー!」 「五華くんがけしかけた不良たちのことだよ!」 「え、ああ、あれ……は……黙秘権を行使する」 二人の勢いに飲まれて応えようとした一星が俺の表情を見て口を噤んだ。 まあその話も締め上げれば庚から聞けるからいいだろう。 「おい、お前ら。一星は怪我人なんだ。話なら今度ゆっくり聞け。それで、庚はどこにいるんだ?」 「会長ったら顔が怖いよ〜」 「五華くんなら今博多弁ですっごく怒られてるとこ!」 「もうね、怖いの。何言ってるか全然分かんないよ」 「李九はもう泣いちゃってるし、五華くんもそろそろ泣くんじゃないかな」 「僕たちはとばっちりになる前に逃げてきました」 相変わらず元気だなこいつらは。ピースサインをしながらにっこり笑う姿を見て、俺はまだまだ余力があることを確認すると、二人の首根っこをひっつかんで部屋の外へと引きずった。 「つまり暇なんだな。だったら生徒会執行部役員本日最後の業務、後片付けだ」 「「えええええぇぇぇぇぇ!!!」」 「聞いてないよ!」 「なんで僕達だけ!」 「いいから手伝え。準備期間は散々やりたくねえ仕事追い付けてきやがって、おかげで恥かいただろうが」 「そんな〜!」 「助けて一星〜!」 そう言いながらも足はちゃんと外へと向かっているので、こいつらの場合ふざけているだけなのがよく分かる。 俺はそれならと起き上がろうとする一星を手で制した。 「お前はここで保険医を待って、問題ないなら手伝いに来てもいい」 「別に、大した怪我ちゃうし」 「……夜まで待てって言ったのはてめえだからな」 「は?」 「だから、夜に『やっぱり疲れたから無理です』なんて言われたくねえんだよ」 ここまで言わねえと分からねえか。一星はようやく俺の意図が飲み込めたのか、赤くなった顔をブレザーで隠してベッドに転がった。そういうことだよ。 俺は双子を引きつれながら、今日の分を挽回すべくグラウンドの後片付けに向かった。 今夜はタップリと愛してやるからな。覚悟して待ってろよ、俺の一番星! [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |