「申し訳ありませんが、私は今も、そしてこれからもあなたに恋愛感情を持てません」 はっきりを告げる一星に三亜が顔を歪める。そして取った手を握り締めると、距離を詰めて顔を覗き込んだ。 「その返事はあいつ相手でも同じなのか」 「あいつ、とは」 「二亜のことに決まっているだろう」 俺と一星が同時に肩を揺らす。 正直なところ、一星の返事に内心俺はホッとしていた。だが、俺が告白したとしても同じ答えが返ってきたら。 一星の返事に耳を傾ける。十瑠の言う通り脈があるなら、少しは期待してもいいのだろうか。信じてもいいのだろうか。 言葉を詰まらせる一星は口を何度かもごもごと動かしたあと、ゆっくりと言葉を吐き出した。 「いいえ、あなたと同じではありません」 「つまり、どういうことだ」 「そういうことです」 問い詰めてもはぐらかす一星に三亜がため息をつく。 「それがお前の答えか」 「っ」 「はっきり言わなければ俺はいくらでも自分に都合よく解釈するぞ」 「っ、意地が悪いですね……!」 「で、どうなんだ」 「っ……」 どうなんだ。俺はその言葉に期待を膨らませながら、今にも飛び出したい気持ちを我慢して瞼を下ろす。 そして現在に至るというわけだ。 もどかしい一星にイライラしながら身を捩ると思わずクローゼットが開きそうになって背筋が凍ったが、どうやら気付かれていないようだ。 俺と三亜の視線を受けながら、一星は徐々に顔を俯かせていく。 ぼそぼそと小さな声で何かを話しているが聞こえない。三亜も同じなのか、はっきり言えと眉を顰めていた。 「だから、まだ、明確な答えは出せませんが、少なくとも私は一般生徒と比べて皇会長に対し特別な好意を抱いていますので……」 「……いい加減にしないと流石の俺でもキレるぞ」 「っ、だ、だから、私は皇会長のことが好き……だと思います」 思いますってなんだ。 締まりのない言葉に三亜はため息をつくが、納得はしたようだ。手を離すと立ち上がって一星に背を向ける。 「まあ、いい。どれだけ努力しても二番目の男にしかなれないのは俺も不本意だ」 「さっき彼女の次でもいいとか言ってませんでしたっけ」 一星が半眼になって指摘するが、三亜は聞こえないふりをして仮眠室を立ち去ろうとした。 それを見て一星が慌てて声をかける。 「あの、私はグラウンドにいたはずなのですが、もしかして倒れてしまいましたか」 「……ああ、笑いながら気絶していたから不気味だった」 「それは……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。ここまで運んでいただいてありがとうございます」 「それは俺ではない」 その言葉に一星が首をかしげる。 三亜は心底不愉快そうな表情を顔に張り付けながら振り返って、一星が無意識に握りしめている掛布団代わりのブレザーを指さした。 「その男が倒れたお前を一目散に連れ去ったからな、一番近くにいた俺が抱き起こす隙も与えてくれなかったよ」 「え」 三亜はそれだけ言うと、まだ何か聞きたそうな一星を残して逃げるように立ち去ってしまった。 ざまあみろと言いたいところだが、下手すりゃ俺がその位置にいた可能性があるので笑えない。 でも弟に同情されれば余計惨めな気持ちになるんだろうな、あいつ。 俺は複雑な感情を抱えながら、クローゼットの隙間から残された一星に視線を向ける。 どうやらブレザーの名前を確認しているらしく、刺繍の名前を見てそれを強く握りしめた。 これ以上ここにいても仕方ない。三亜も行ったことだし、俺もそろそろ出るか。 だが俺の姿を見て一星に何か言われそうだな……。 あーだこーだ考えて迷っているうちに、完全に出るタイミングが分からなくなってしまった。 さて、どうしたものかと一星の様子を見ていると、独り言なのか小さな呟きが聞こえる。 「……ねんやねん、ほんま」 はっきりとは聞き取れなかったが、ブレザーを握りしめる一星に俺は少し焦った。 そんなに強く握ると皺になるんだが。いや、そうじゃなくて。まさかあいつ、俺が体育祭で何の役にも立たなかったことを怒っているのだろうか。 だとしたら余計にここから飛び出しにくい。 「……っ」 俺は諦めて一星が立ち去るのを待とうと長期戦を覚悟したところで、徐々に一星の肩が震えだした。 ……な、泣いてるのか?怒りに震えているだけなのか?ここからでは表情が見えないので判断し辛い。 「っ、か……」 とはいえ、少なくとも俯きながら震える姿は放っておけない。 俺は説教覚悟でその場から飛び出そうと身構えたが。 「恰好良すぎやろアホーーー!!!!!」 「っ!?」 突然の叫び声に体が大きく跳ねる。 び、びっくりした。 「なっっっんやねん!!!なんでそんな恰好ええねん!肝心な日にぶっ倒れて役に立たんかったくせになんでそういう時に助けにくんねん!!アホちゃうか!アホや、絶ッッッ対アホや!!二亜ホや!!!」 何故かキレられてるが、どうやら「モ」がなくなって評価は上がったらしい。 怒られているのか褒められているのか分からない微妙なラインのせいで俺は出ていいのか悪いのか余計に分からなくなった。……これは余計なことをしない方がいいのかもしれない。 俺はクローゼットの空いたスペースに腰を掛け、せめてあいつが落ち着くのを待とうとしたが、いくら経っても独り言が終わる様子がない。途中から延々と俺の悪口を言ってるんだが、本当にお前、俺のこと好きなのか? まだブレザーを握りしめたまま、ベッドの周りをぐるぐる回り続ける姿に呆れた視線を送っていると、ようやく気が済んだのか一星は立ち止まって大きな息を吐く。 ここに隠れてから既に三十分近くは経過している。息苦しくなったことだし、そろそろあいつに怒られるタイミングとしては悪くないだろう。庚たちもいい加減戻ってくるはずだ。 俺はクローゼットの扉に手をかけて、それをゆっくりと押した時だった。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |