「それがお前の答えか」 「っ」 「はっきり言わなければ俺はいくらでも自分に都合よく解釈するぞ」 「っ、意地が悪いですね……!」 「で、どうなんだ」 「っ……」 よし、まずはこれまでの経緯と状況を整理しよう。 生徒会室に備えつけられている仮眠室のクローゼットに隠れている俺、皇二亜は隙間から見える二人の姿と会話に今にも飛び出したい気持ちを抑えながら瞼を下ろす。 体育祭当日、恥ずかしながら連日の徹夜に睡眠不足でぶっ倒れた俺は、保健室で今までの寝不足分を補填するかのように居眠りを続けた。 そりゃもう閉会式までぐっすりとだ。起きたら保険医におそようと言われるぐらいだ、大失態に気付いた時には時すでに遅し。 以前、三亜の奴から聞いていたリコールの話は閉会式までだったはずだが、あいつは俺たちが出来ないと考えて既に発表の準備をしていたらしい。 起きた瞬間寝癖も気にせずグラウンドまで走ったのだが、その頃には既に生徒が解散を始めていた。 遅かったか。 絶望感に脱力しながら、壇上にいる三亜に庚、それから一星を視界に入れた時だった。 数歩ふらついた一星が、副会長としての微笑みを絶やさないまま膝から崩れ落ちる。 すぐに駆け寄って様子を見れば、どうやら笑みを貼り付けたまま意識を失ったようだ。なんとも器用なことをする。 俺は付き添った庚に事情を聞きながら一星を保健室に運んだが、昼休みに校舎で喧嘩があったらしく怪我をした生徒でベッドは埋まっていた。仕方ないので生徒会室にある仮眠室に一星を寝かせて、保険医には手が空いてからこちらに来てもらうことにする。 クリーニングにでも出しているのか、布団が見当たらなかったがそのまま寝かせるのも心許なくて、俺は生徒会室の椅子にかけてあったブレザーを取りに行って気休め程度だがかけておいた。……少し肌寒いし一応エアコンもつけておくか。 一星が倒れたのは俺のせいだと謝罪を繰り返す庚に、怒るのは一星が起きてからだと告げると庚は静かに引き下がった。 今は戎も呼び出して橘と六実七実が生徒会室の横にある会議室で話を聞いている。おそらくこってり絞られていることだろう。特に博多弁全開の橘は容赦ないからな、それを生徒会からの処罰としてやろう。 一星からは個人で処分があるはずなので第三者の俺がそれ以上怒るところではない。 俺はベッドの上で小さな息を繰り返す一星を観察する。保険医は庚の話を聞いて眠っているだけのように見えるが頭を強く揺らすなと言ってたな。よく見りゃ服はボロボロだし、顔も殴られた跡がある。髪もぐしゃぐしゃで本当、何をしてたんだこいつは。 よくこの姿で体育祭参加して他の生徒に何も言われなかったな。いや、こいつの場合言わせなかった方が正しいのだろう。 一星の乱れた髪を整えるように撫でながら、俺は苦笑する。 「本当に無茶ばっかする奴だ」 嫌味なインテリ野郎かと思えばただの関西人ヤンキーだし、無鉄砲で頑固な上に世話焼きだからこいつの素を知ってる奴は皆、一星を放っておけなくなる。 プライドが高くて弱さを見せることを嫌うところは猫を被っていても変わらないけどな。 でも素のこいつを知ってから、とにかく楽しくて仕方なかった。取り繕うこともなく、ありのままの自分を見せる真っ直ぐな一星が眩しくて、十瑠のことを話す時に見せる表情が可愛くて、一星に好かれている十瑠が羨ましくて、それがちょっとでも、十瑠の言葉を信じれば少しでも希望があるのなら、惨めでも縋りたかった。 「つまり、どうしようもなく好きになっちまったんだよ。二番目でもいいから俺を傍に置いて欲しいって思うぐらいにはな」 そう言いながら乾いた唇を優しくなぞる。すると隙間から赤色が見えたので口を開いてみると、歯に乾いた血がこびりついていた。確認したところ口の中を切った様子はない。他の奴の血か? おい、まじでこいつ何やってんだ。 思わず叩き起こそうかと半眼で見下ろしていると、誰かが入ってきたらしい。 橘たちの話が終わって戻ってきたのかと思ったが、どうやら違うようだ。聞き慣れた声が耳に入る。 「失礼するぞ」 ……最悪だ。三亜じゃねえか。 そういや一星が倒れた時あいつに何か言われたけど無視して走り去ったからな。大方様子でも見に来たのだろう。 俺は出迎える態勢を作ろうかと思ったが、顔を合わせるとネチネチ言われる気がして逃げるようにクローゼットの中に隠れた。 真っ暗で狭いそこにいると、なんだか既視感を覚える。 ああ、そういや一星の素を初めて見たのがクローゼットの中からだったな。あの時も三亜が来てたんだっけか。 「一星、いないのか」 そう言って仮眠室に入ってきた三亜は、寝ている一星を見つけて肩を揺らす。 おい、頭を揺らすなって言われてるんだからもっと優しく起こせよ! 俺が保険医に言われてからどんだけ慎重になって運んだと思ってるんだ。 「ん……」 「おい、起きろ。生徒会役員が後片付けをサボってどうする」 「あ、ああ……うん、ごめん」 寝ぼけているのか、一星はゆっくりと起き上がると目をこすりながら声の主を見上げる。 そして顔を確認すると、あからさまに嫌な顔を見せた。 「だから何故勝手に入ってくるのですか」 「ノックをしたが返事がなかった」 「それは失礼しました」 眼鏡を探す一星は、近くにないことに気付いてキョロキョロと辺りを見回す。 すまんお前の眼鏡、俺のポケットの中だわ。 一星が眼鏡を探し続けていると、三亜が何を思ったかしゃがみこんで目線を合わせ始める。 そして眉を寄せる一星の手を取って、真っ直ぐな目をぶつけた。 「好きだ」 「は……?」 「彼女の次でもいい。俺を傍に置いてくれないか」 「……あなた、よくそんな台詞吐けますね」 「ちなみに図々しいのが俺のチャームポイントだ」 「チャームポイントの意味わかっています?」 呆れる一星は肩を落として大きく息を吐いた。 俺は息をのむ。 まさか三亜が俺と同じ想いを抱いているとは思わなかった。好意を寄せているのは分かっていたが、精々気に入っている程度のものだと思っていただけに驚きが隠せない。 一星の反応からないとは思うが、もし告白をオッケーしたら。 そんな最悪の展開を想像して胸が苦しくなる。 俺の気持ちがクローゼットの向こうにいる一星に伝わるわけもなく、二人の間には沈黙が続く。 それを最初に破ったのは一星だった。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |