09


 生徒たちは生徒会の件が全て庚の告白大作戦のためだったと信じている。抜け駆けを許さないために親衛隊を作るほどの学園だ。色恋沙汰に関しては敏感なはずだ。
 親衛隊持ちならともかく、親衛隊のいない庚が、しかも本人の口から好きな奴がいると聞けば自分の想い人に関係のない生徒はむしろ応援するだろう。
 俺は生徒の列の中で戸惑いを見せる合羽を見つけるとそちらに手を差し伸べて口を開いた。

「さあ戎くん!庚くんは覚悟を見せました、次はあなたが勇気を振り絞って返事をする番です!!」

 俺の言葉と同時に生徒たちが合羽に注目する。
 状況が飲み込めないのであろう合羽は目を白黒させて慌てふためく。
 だが大勢の視線が耐えきれなくなったのだろう。空に向かって大声で叫んだ。

「ごめんなさあぁぁぁぁぁい!!!」

 その瞬間崩れ落ちる庚。それを抱き起こす俺。

「庚くん、君は頑張りました。戎くんも、ありがとうございます。ちなみに今はその気持ちになれなくてもまずは友達から、という形はありでしょうか?」
「えっ、俺たちまだ友達じゃなかったのか!?」

 そこは話を合わせんかい。俺の睨みに合羽が慌てて頷く。
 俺は庚くんに「だそうです」と言うと庚は「ありがとう」と涙を流す。
 そして俺は庚と力強く抱擁を交わして見せると、生徒から拍手が沸き上がった。

「なあ、ここの奴らは馬鹿なのか?」
「馬鹿でええやん。騙されてくれんねんから」

 抱擁を続けながら、俺たちは耳元で小さく会話を交わす。

「つか、これで良かったのか?勝手に解釈して円満に終わる台本用意してみたけど、俺だけ責任取るって手もあるんだぜ」
「いや、お前もおらな、やっぱ寂しいわ」

 そう言って抱きしめる力を強くすれば、照れているのか誤魔化すようにしがみついてくる。

「それに俺の茶番に付き合わなきゃ副会長は会長になれたんじぇねえの」
「三亜ホモの言いなりになる会長なんか気持ち悪くてやってられへんわ。どうせなるなら自分で二亜を蹴り落とすっちゅうねん」
「三亜ホモ……三亜……アホ……ホモ……くくっ」

 どうやら俺のネーミングセンスがツボにハマったらしい。肩を揺らして笑う姿を生徒は泣いていると勘違いしているようだ、励ましの声が飛んでくる。

「ほんじゃ、こっからはうまいことやってや」
「あ〜三亜ホモに辞表渡すんじゃなかった。どうやって取り返そう」

 皆に見られないようにため息をつきながら離れていく庚に、俺は問題ないと苦虫を噛みつぶしたような表情をする三亜を見る。

「さて、委員長にも私たちからお知らせがあります」
「なに?」

 三亜が訝しんだその瞬間、突如壇上の後ろの校舎から大きな垂れ幕が現れる。

「ドッキリー!」
「大・成・功★」

 窓から顔を覗かせて垂れ幕を持つ双子がこちらに届くほどの大きな声を響かせた。
 俺と庚の茶番が始まった瞬間にこっそり列から抜け出していたことは知っていた。その時の顔が悪だくみを思いついたと言いたげな表情を見せていたので、絶対この台本に乗ってくるだろうと信じていたが……まさかこの短い時間に三メートル以上ある垂れ幕を書いてくるとは思わなかった。いや、ちょっと待て。ていうかアレ、視聴覚室のカーテンじゃないか?
 しかし伊達に書記をやってないな。達筆で大きく書かれたその文字は、遠くからでも生徒たちにしっかり見えている。
 ……双子にはあとでたっぷりお礼と説教をしよう。
 橘はと言えば押した進行に物申したい放送部と実行委員長を食い止めているようだ。

「風紀委員会、特に風紀委員長はいつも業務優先で行事に参加できないので、少しでも楽しんでもらおうと思いまして。生徒会から風紀のために用意した余興、喜んでいただけたでしょうか?」

 即興で用意した台本にアドリブの芝居、その場ですぐに作られた垂れ幕。一つも打ち合わせなんかしていない、俺たちのファインプレーだ。
 これを誰が、全てその場で合わせられたものだと思うだろうか。
 三亜は俺と庚、椿兄弟と橘を見回すと大きく息を吐いた。流石にこのバラエティムードの中で真面目な話を続ける気にはならないのだろう。
 ポケットから封筒を取り出して俺に渡すと、大きく肩を落とした。

「これ以上お前に嫌われても仕方ない」
「おや、十分評価は地に落ちてますが」

 俺は封筒を受け取ると、中身を確認する。確かに庚の字だ。本人にも確認してもらうと、それを小さく破って用意周到な橘が持ってきたゴミ袋に捨てた。
 演出的には破り捨てたいところだが、グラウンドをゴミで汚すのは抵抗があるし紙きれを掃除するのはもっと嫌だ。ここでゴミ袋を持ってこれる橘は俺のことをよく知っている。
 きっと、俺が知らないだけで皆は俺のことを俺以上に知ってるのだろう。
 思わず笑みが漏れて誤魔化すように手を口に当てていると、目の前で三亜が両手を広げてこちらを見ている。
 なんやねん、きもいな。

「俺にはないのか?」
「は?」
「庚にしたような抱擁だ」
「はぁっ!?」

 俺は思わず大きく声をあげそうになってトーンを落とす。生徒の列を見れば、どうやら仲が悪いと有名な生徒会と風紀が余興を用意するほど和解したことに感動しているようだ。
 俺たちが抱きしめ合うのを今か今かと待っている。
 ああ、頭が痛い。
 俺は渋々広げられた両手の中に飛び込んだ。
 グラウンドに歓声と拍手が巻き起こる。

「あー、きもい、気持ち悪い、あと三秒で離れてください」
「そう言うな。今ぐらい身を預けて少し力を抜け」

 そう言って俺を支えるように包むこむ三亜に、俺は不本意ながら従うしかなかった。
 何故なら、もう膝ががっくがくに震えてまともに立つのも限界だったからだ。

「気付かれていましたか」
「言わないだけで生徒会役員、それにお前の近くに立った奴は気付いている」

 道理で近くにいる皆心配そうな顔を向けてくると思った。
 見た目がボロボロなせいかと思っていたが、中身がボロボロなのもバレていたようだ。
 玉入れや綱引きなどの誤魔化せる競技に参加して乗り切っていたが、やはり十六人相手に喧嘩して体育祭に挑むほどの体力は今の俺になかったようだ。

「このまま保健室に連れて行ってもいいが」
「いえ。会長が不在の今、生徒の代表として立っているのは副会長の私です。でも出来れば後ろでこっそり支えていてください」

 俺はそう言うと踏ん張って三亜から離れ生徒の方を向く。そしてマイクを持ち直すと、息を大きく吸い込んだ。

「会長が不在なので私が代表してご挨拶させていただきます。第五十二回体育祭、皆さまお疲れさまでした。精一杯頑張った中、余計な言葉は不要です。皆さん今日は無理をせずゆっくり湯船につかって休息してください。それでは、これにて閉会とさせていただきます」

 俺の言葉に再度大きな拍手が広がる。
 いや、それにしてもほんま今日の二亜の存在感の無さな。あいつおらんくてもええんちゃうか。
 解散していく生徒を見送りながらそんなことを思っていると、気が抜けたのか頭が回ってくる。
 そういやいっぱい頭突きしたもんなあ。首も絞められたし、脳細胞壊れてかなり馬鹿になってそうや。
 そして俺の思考は、そこでぷっつりと途切れた。


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(C)siwasu 2012.03.21


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