「えっ、一星と五華くん、それに李九!?」 「どうしたのその恰好!」 テントに着くなり双子に絡まれたので、俺は手で払いながら合羽と庚を奥のベンチに座らせる。 午後の競技に意気込んでいた生徒たちも、俺たちを見て何事かと目を丸くさせていた。 そりゃそうだろう。俺は頭のてっぺんからつま先までボロボロで服はしわくちゃ。おまけに今気付いたが眼鏡を教室に忘れてきている。誰も気付かず置き去りにされているのを祈るしかない。 そして庚も俺ほどじゃないがボロボロで、合羽に至っては泣きじゃくって顔がぐちゃぐちゃだ。しかもカツラがずれて金髪が顔を覗かせている。何事かと騒がしくなるのも無理はない。 本来なら人の多い場所に出るのは得策ではなかったが、人気のない場所でサボっている生徒や風紀に見つかるのは嫌だし保健室には二亜がいる。それに今は体育祭の真っただ中なのだ。二亜がいない今、俺まで業務を放棄するわけにはいかない。 そう、つまり俺は色々理由を言ったが本当のところは自分の業務のために戻ってきただけなのだ。 「とりあえず説明は後にしましょう、午後の余興と競技を始めてください」 「いや、無理がありますよ副会長!> 隣のテントで俺の言葉を拾った放送部がすかさずツッコミを入れてくる。そこは黙って従っていればいいのに、好奇心が勝っているのか目を輝かせてこちらを覗き込んでいた。 俺は半眼で返事する。 「既にスケジュールは押しています。無駄な時間を割く余裕は無いはずですが」 「副会長がそんな状態で他の生徒が競技に集中できるはずないでしょう!?」 放送部の言葉にうんうん、と他の生徒たちも頷いていた。 そうしている間にも時間はどんどん失われている。俺は放送部のテントに近付くと、マイクをひったくって口を開いた。 「私は階段から転んで怪我をしましたがこの通りピンピンしてます!庚くんは私を助けようとして巻き込まれました!戎くんはどうやら目にゴミが入ったようですね!ヅラは十円ハゲを隠していただけなので触れないであげてください!!これで満足ですか!今のあなたたちには人の事情に首を突っ込む余裕なんかないでしょう!特に赤組!!負けたら許しませんよ!!」 グラウンド中に響いた音が回って生徒たちの鼓膜を揺らす。流れる沈黙にこれだけ大きい声をあげれば三亜の奴にグラウンドに戻ったことが気付かれるな、と考えていた時だった。 「赤組、勝つぞー!!」 赤青に分かれていたチームで赤チームの輪から元気な声が聞こえてくる。見れば、普段は猫を被って大人しい郡が恥ずかしいのか顔を真っ赤にさせながら拳を持ち上げていた。 それに釣られて赤チームの中から気合の入った声が次々と上がり、それに対抗するように青チームもやる気を見せている。 どうやら無事に体育祭モードに戻れたようだ。 俺はマイクを放送部に返すと、余興である部活対抗仮装リレーが始まったグラウンドを背に生徒会のいるテントに戻っていく。 「ずるいよ一星!」 「僕たちだって負けないんだからね!!」 テントに入ると、双子が俺を睨みつけながら頬をふくらませている。 俺は皆の意識が合羽たちから離れたことに安心しながら奥で俯いたまま座っている二人の元に近付いた。 「はは、無理ありすぎだろ」 「うっさいわ」 軽口を叩けるぐらい元気になったらしい庚とは違い、まだ合羽は沈んでいる。俺は合羽の前でしゃがみ込むと、下から覗き込んで優しく声をかけた。 「かっちん、かっちん」 「…………」 「あんな、俺が悪かった。キーホルダーのせいでかっちん、虐められたんやろ?」 俺の言葉にようやく合羽が目を合わせてくれる。 やっぱりそうだったか。予想が当たっていたことに内心胸が痛みながらも、俺は話を続けた。 「俺な、なおしといてって、元の場所に戻しといてって意味で言うてん」 「え……」 「なおすってな、関西弁で仕舞うとか片付けるとか、戻すとか、そういう方言やねん」 そう言うと、合羽は目を見開いて固まった。 関西弁を練習していたぐらいだ、関西弁の真似をしている中で聞いたことぐらいあるのだろう。 「あ、そ、そうだ」 「だからな、かっちんは悪くないねん。俺な、かっちんがまさかキーホルダーの壊れたところ直すために持って帰ってるって思わんかってん」 俺の言葉に合羽はポロポロと涙を零す。 合羽のことだ、サッカー部の虐めに耐えながらもずっと俺のことを信じて、俺と笑いのテッペンを目指すという約束を果たそうとしていたのだろう。 俺は合羽をきっかけに学校の奴らと仲良くなった。元々友達を作るのは得意だったので、関西弁の壁さえなくせば何も障害なんてなかったのだ。 だが合羽は違う。きっとあの学校で初めて出来た友達が俺で、そしてきっと俺しか友達がいなかったのだ。 そんな俺に誤解とはいえ裏切られたのなら、心の傷は相当深いものに違いない。 「ごめんな、ちゃんと言わへんかってごめんな」 「ううん、違う、違うよ一星。俺、ホッとしたんだ。ずっと皆に嘘つきって言われてたから、誰も信じてくれなかったから、誰も悪くないことが分かって良かったって」 「だから言ったじゃん。俺、李九は悪くないって」 隣から庚が口を挟む。そちらを見れば、どこか罰が悪そうな顔をしていて、俺はため息をついた。 「分かったか。俺はかっちんを騙したつもりはなかったし、裏切った覚えもない。分かったらお前は俺に今までのこと謝れや」 「やだ」 「はあ?」 即答で返ってきた言葉に俺は反射的に睨みつける。 お前、むしろ謝れば許したる言うてんねんから素直に謝れや! 「だったら俺のアレはなに?俺は副会長と標準語でしか話したことねーし」 「だからアレってなんやねん!」 アレとかソレとかコレとか分かるわけないやろ! 半ギレで庚にガンを飛ばすと、怯みながらも庚は口をもごもごと動かす。 「ブランドものの皿、言われたからゴミ処理場横に埋めてたら物を粗末にするなって用務員に怒られるわ、見ていた通りすがりの生徒から笑われるわ散々だったんだけど」 「皿?埋める??」 何を言ってんだこいつ。俺はそんなこと言った覚えがない。 首を傾げていると、背後から気配を感じた。そして振り返る間もなく頭を強い力で掴まれる。 い、痛い痛いいたいっ! 怒りがこもった指先に誰のものか分かった瞬間、声が聞こえてくる。 「お前、新品に近い状態のものを捨ててきて欲しい時関西弁で何と言って頼む?」 「え、えーと『まだサラやけどほってきてくれへんか?』ですかね……」 「それ!!!!!」 俺の答えに庚が指をさして反応する。うん、つまりどういう意味だ。 眉を寄せる俺に返ってきた当時の会話はこうだった。 『庚くん、申し訳ありませんがゴミ捨てを頼んでもいいでしょうか?』 『うん、いいよ〜。どれを捨てるの?』 『給湯室の分なんですけど。ほとんどサラで勿体ないですがたまっていくのも嫌なので』 『オッケー。確かに椿兄弟が持ってくるから気付けばたまっていくもんね〜』 『そうなんですよね。あの子たち、ここを自分の部屋と勘違いしてるんじゃないでしょうか』 『はは、たしかに。ゴミ処理場でいいのかな?』 『はい、でも生徒会の分は他の生徒に漁られることもあるので、いつも用務員さんが回収してくれるんです。この時間ならもうすぐ来ると思うので、ゴミ処理場の横にほってもらえれば大丈夫ですから』 『……え、ゴミ処理場横、掘るの?』 『はい、すぐに回収してもらえるから問題ありませんよ』 『分かった、ゴミ処理場の横を掘ればいいんだよね?』 『ええ、横にほってきてください』 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |