「あれえ、副会長じゃん」 「庚くん……」 廊下を歩き回っていると、声をかけられて振り返る。どうやら庚一人らしい。合羽の横にいないなんて珍しい。 「戎くんは?」 「ああ、トイレに行くって言ってたよ」 嘘だな。庚の細められた目に、庚が俺を探していたことが分かる。 おそらく俺が合羽を探そうとすることを察して邪魔しにきたのだろう。 「会長は大丈夫?」 「ええ、さっき様子を見てきましたがいびきをかいて寝ていましたよ」 「もうすぐ生徒会が解散させられるってのに呑気だねえ」 やはり知っているのか。いや、二亜が突っ撥ねた時点でこいつは三亜に辞表を持って行ったのだろう。 「本当に生徒会を辞めるのですか?」 「逆に、あんなことされて辞めないとでも思ってるの?」 庚が顔を歪めて睨みつけてくる。 「あんなこととはなんですか?はっきり言ってくれなければ分かりません」 「じゃあ教えてあげるからこっちおいでよ」 そう言って庚が近くの空き教室の扉を開ける。俺はそれを半眼で見つめながら、足を踏み出した。 隠す気もないほどの罠だ。だが、これに乗らなければ庚をまともに話すことも出来ないだろう。 中には案の定ガラの悪い生徒が集まっている。人数は十人以上、二十人以下ってところか。パッと見では十四人ぐらいだろう よくもまあこんなしょうもないことに集められたな。 「この前は人数が少なかったから副会長も物足りなかったんでしょ。今度は満足させられるぐらい用意したよ」 「副会長ってドS の淫乱なんだって?複数プレイが好きとか変態だな」 「違う違う、女王様ぶってるだけで実は妄想激しい処女なんだろ」 「俺は露出狂って聞いたけど」 ドSでも淫乱でも複数プレイ好きでも女王様でも露出狂でもないわボケ。ついでに言うと処女は不本意ながら先日卒業した。 尾ひれがついてどんどん俺の噂が変な方向に広がっているのは知っていたが、なんかもうここまで来ると怒りより呆れの方が勝つ。 最早何も言えず半眼で肩を落としていると、何を勘違いしたのか男たちはクスクスと笑いだした。 「ほら、怖くて逃げることも出来ねえってよ」 「優しくしてあげるからこっちおいでよ」 「まあ逃げようとしてもこの人数じゃ敵わないと思うけど」 ……もうちょっと台詞なんとかならんか? あまりの小物っぷりにため息が漏れる。俺は後ろ手で自ら内鍵を閉めると、庚に視線を向けた。 「庚くん。この人たちの相手をすれば庚くんは私とお話してくれますか?」 「そうだね、終わってからならいいよ〜」 「良かった。ちなみにここまで用意したということは、周囲に人が来ない配慮はしてるんでしょうね」 「うん、勿論」 それを聞いて安心したわ。俺は眼鏡を外すと、窓枠に置いて伸びをする。 やる気満々の俺に、相手も色めき立つ。焦って服を脱ぎだす奴までいる中で、俺はゆっくりと口を開いた。 「実はね、最近自分の体力の無さに対して少し落ち込んでたんです。橘くんには負けるし、会長には思うように手が出せないし。だから少し初心に帰ろうかと思いまして」 「大丈夫、俺たちは優しいよ〜」 「そうそう、ちょっとお尻が辛いかもしれないけど、すぐ気持ちよくなるから」 「いえいえ、痛いぐらいで十分なんです。元々、私は肉を切らせて骨を断つタイプなんで。この学園に来てから皆が心配しないようにと顔を守っていたのですが、それが駄目だったんですね」 言葉がかみ合ってないことにようやく気付いたのだろう。先頭にいた男が眉を寄せて俺に近付いてくる。そして手が伸びるか伸びないかの微妙な距離で、俺は思いっきり足を踏み出すと相手の顔面に――頭突きを食わらせた。 「ああぁぁッッッ!!!」 容赦のない頭突きは鼻の骨でも折ったのだろう。顔の下半分を血だらけにしながら鼻を押さえて悶えている。そこでようやく男たちは状況を理解したようだがもう遅い。 俺はそのまま勢いで男たちに突っ込んでいくと、勢いのまま引いた拳を近くにいた男の顔面に叩きつけた。よし、これで二人終了。この学園の不良なら顔面一発でしばらく起き上がることはないだろう。 「な、なっ」 「服脱いでくれててよかったわ」 次に俺はズボンを半分脱ぎかけていた男の股間を下から蹴り上げる。と言っても咄嗟に手で防がれることは分かっていたので、無防備になっていた顔に向かって拳を振り下ろした。三人目。集団を相手にする場合、ここからが難しい。 「てめえっ」 この辺りで男たちは事態を飲み込めたのか俺を取り囲むように輪になる。こいつらの目的は俺に性的暴行を加えることだ。ならば、まずは手や足を抑えにかかるはず。 予想通り、一斉に掴みかかってきた男たちは俺の手足を狙ってきた。一人に左足を掴まれ引きずり倒される。咄嗟に右足を振り回したら一人の顔面に当たったのでラッキーだな。 脳震盪を起こしたのかフラフラと倒れこんでいる男を見ていると、俺の腹の上に乗った男が厭らしい笑みを浮かべてこちらを見下ろしてくる。 「結構頑張ったみてえだけどな、流石に全員相手にするには分が悪すぎるぜ」 そう言いながら顔を近付けてくる男の目を真っ直ぐ見ながら、俺は鼻先が近付くほどの距離になったところで勢いよく唇に噛み付いた。噛む力ってどんだけあるか知ってるか?体重と同じぐらいやねんで。 唇を本気で噛まれるのは初めてなのだろう。悲鳴をあげて転がる男の顔面に肘を叩きこんで黙らせる。上唇に食い込んでいた歯が男の血を付着させているが、こいつが病気でないことを祈ろう。 周囲にいた男たちはその様子を見てたじろいでいる。どれだけ抵抗されても、押し倒されれば大抵は諦めて大人しくなるとでも思っていたのだろう。残念だが、俺の本気を出した喧嘩に諦めるという言葉はない。 「悪いけど手加減はせえへんで、そっちが売ったんやから後で慰謝料とか請求せんとってや」 「お前、言葉……」 一人の男が震えた声で俺を指す。庚にはもう知られているようだし、こいつらは後日退学かいいところで停学だ。それに復帰できたとしてもこんなガラの悪い生徒の言うことなんか誰も信じないだろう。 庚は俺の抵抗が予想外だったのか、窓際に張り付いて目を見開いている。そうか、合羽に聞いた話なら俺がサッカーしていたぐらいしか聞かされてないわな。 俺は輪の中で一歩下がった男に走り寄って思いっきりぶん殴ると、そのまま手当たり次第目についた顔をめがけて拳を叩きつけた。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |