午前のプログラムが終わり、生徒たちの大半は昼食を取るため校舎の食堂に向かう。 祭り気分を味わいたいのか、一部は弁当を持参してグラウンドにレジャーシートを広げ楽しんでいるが、極一部グラウンドをレストラン化している者もいた。 「あの、逆に落ち着かないのですが」 テーブルの上にある伊勢海老の入った贅沢な弁当を見ながら俺は目の前の双子に半眼を向ける。隣の橘は気にしていないのか、ただ飯に喜んでいるが。 「え〜、わざわざコースじゃなくてお弁当をオーダーしたのに」 「むしろ控えめなぐらいだよ」 グラウンドにテーブルと椅子を置き、ウェイターまで用意しておいて何が控えめなのか。弁当の中には伊勢海老の他にウニやカニと高級海鮮尽くしだ。 学校の行事で食べる弁当とちゃう。 だが生徒会の中でも一番の大富豪である椿家に言っても仕方ない。どうやら両親は普通なのだが母方の祖父が資産家とやらで、とにかく孫に甘いらしい。 一人娘の孫でしかも双子の男のこともなればそりゃ甘やかしたくもなるだろう。だがその結果がこれだ。 しかもこれで庶民に近付けたと思っているのだから質が悪い。 これ以上何も言っても無駄だろうと、俺はため息をつきながら箸を取ると無心で食べる橘に倣って弁当をつついていく。確かに美味い。だがこれじゃない。 「あ、ぼくカニ食べないから一星食べて〜」 「大阪には大きなカニがいるんでしょ、見てみたいなあ」 「道楽という単語の入ったカニ料理店ですか?」 「それそれ!」 「あとピエロのおじさんが太鼓叩いてるやつ!」 「はあ、冬休みは大阪旅行でもすればいいのではないでしょうか」 双子に話しかけられながらも、俺は弁当の中身を早々に空にする。 本当ならもっと味わって食べたかったが仕方ない、目的があるのだ。 「えっ、もう食べ終わったの?」 「もっとゆっくり食べなよ〜」 「あなたたち、何か忘れていませんか?」 「え〜なんだろう?」 「分かんな〜い」 「本当に薄情な人たちですね。会長ですよ。保健室に様子を見に行ってから少し校舎を回って戻るので、食べ終わったらちゃんと片付けるんですよ」 「あ、なんでお弁当二個余ってるんだろうと思ったら」 「会長と五華くんの分だったのか〜」 「……それ本気で言ってたら怒りますよ」 俺の言葉に双子が思い出したような表情を見せるので睨みつけると冗談だと笑われた。お前らの場合冗談に見えへんから怖いんや。 手を振る双子と頭を下げるウェイターに見送られながら、俺は保健室に小走りで向かう。 あまり時間はない。二亜の様子を見るのは本当だが、目的は合羽と話をすることだ。閉会式まで残り3時間半。それまでに合羽との誤解をといて庚を説得しなければ。 だが、そう思いながらも俺は心のどこかで間に合わなくてもいいのではないかと考えていた。 ここまで俺が苦労して生徒会を戻す意味はあるのか。生徒会の皆は嫌いじゃないが、こんなことになるまではどこか表面上の付き合いだったはずだ。 生徒会室以外で雑談を交わすことも無ければ、どこかに遊びに行ったこともない。ただ生徒のトップの集まりといった、仕事上の付き合いのような相手で、友達だと思ったこともない。 友達でもない庚にあんなことされて、許す必要はあるのか。戻ってきて欲しいとこちらから頭を下げるほどの相手なのか。 考えれば考えるほど、三亜の提案が脳裏を過ぎる。 俺がリコールに頷いて生徒会長になれば、きっと橘も双子も俺を恨むだろう。サボっていた俺以外は生徒会に返り咲くこともない。 時期的にも来期も含めた選抜になるはずだ。新たな、三亜の推薦する真面目な役員で構成された生徒会で、残りの学園生活を過ごす。 それはむしろ、良いことではないか。 俺は辿り着いた保健室の扉を開けながら、どんな顔で二亜に会えばいいのか分からなくなっていた。 保健室に入ると、初老の保険医が座って昼食を取っていた。 「いらっしゃい、どこか怪我をしましたか?」 「いえ、会長の様子を見に来ました」 「ああ、それならぐっすり眠っていますよ。三番の部屋です」 そう言って俺は鍵を渡される。 この学園の保健室は鍵がついておらず、ベッドもカーテンで挟んだ一般的なものではなく、個室のベッドとなっていた。 セキュリティとプライバシーの観点かららしいが、確かに保険医の留守中やトイレ中に寝込みを襲う奴がいないとは限らない。 天下の生徒会長が寝ているともなれば猶更だ。それにこれなら保健室で保険医がカギを管理しているため卑猥な行為も防げる。 俺は三のプレートが掲げられている部屋に鍵を差し込むと、静かに入室した。 病院の個室をこじんまりとしたような部屋のベッドの上では、布団が大きく膨らんでいる。近付いて覗き込めば、倒れた時よりは顔色が幾分かマシになった二亜が眠っていた。 これなら夕方には元気良く目を覚ましているだろう。閉会式に間に合うかは分からないが。 俺はそっと部屋を出ると、鍵をかけて保険医に渡した。 「良くなっているようで安心しました」 「ただの寝不足だったからね。閉会式前に起こした方がいいかい?」 「いえ、ゆっくり休養させてください」 首を振る俺に保険医は頷くとまた昼食を再開する。俺は頭を下げると、すっきりした表情で保健室を後にした。 俺は何を迷っていたのだろう。 二亜は、生徒会を戻そうとしていた。最初の動機は俺だったとしても、それが自分の中で納得出来なければもっと他の方法で俺にアプローチしていただろう。 少なくともあいつは、ぶっ倒れるまで対策を練り続けていたぐらいには今の生徒会を大事に思っていたのだ。 考えてみれば俺だって業務上の付き合いだと言いながらもなんだかんだで生徒会の面子といるのは楽しかった。 金銭感覚の狂った悪戯好きの椿たちに振り回されたり、無口な橘の言いたいことを必死で汲み取ったり、いつもへらへらして不真面な庚を嗜めたり、いつも俺様で傍若無人な二亜の尻拭いをしたり……あれ、やっぱええことないな。 でも、それでも引き継がれた二月からの三か月という短い間、生徒会が嫌になったことはない。生徒会が合羽によってバラバラになってからもう半年は経とうとしている。正直今から生徒会を戻しても残りの期間は三か月もない。 それでも、やっぱり戻したい。三か月だけでもあいつらと走り切りたい。 そのためには、庚との溝を解消しなければならない。そして、庚を説得するためには合羽との誤解をとかなければならない。そこまでして庚が無理だと言うのなら諦めよう。 俺は決意を固めて合羽と庚がいそうなところを手当たり次第に探し回った。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |