「「一星!これどうするの〜?」」 「それは実行委員会の仕事です、あちらに投げなさい」 「副会長……テーピング、無くなったって」 「救護用具は体育倉庫に予備を用意していたはずです」 俺の心は迷いを見せていても体育祭は進んでいく。 寝不足と過労でぶっ倒れただけだった二亜はそのまま保健室に移動して仮眠している。 俺は二亜が抜けた分の全体の取りまとめを追われるようにこなしていた。 「そもそも実行委員会と風紀委員会は何をしてるのですか!」 「風紀は校舎で喧嘩してたグループを仲裁したり逃げた生徒追いかけてるって」 「委員会は進行と準備でもう手が足りないみたい」 実行委員会は一クラスにつき二人選ばれているはずだが、それでも人手は足りていないようだ。次の競技の準備のためにグラウンドの上を委員会があくせくと走りまわり、遅れている準備を放送部が繋いで誤魔化している。 俺はあちこちから飛んでくる問題に指示を出しながら、プログラム表とにらめっこしてずれたスケジュールを調整していく。 午前中のプログラムも終盤に近付き、競技に使われた道具は片付ける余裕もないのかとりあえずといった感じでテントの周りに積まれていた。 このままではテント前が塞がれるどころか、競技が行われるエリアに侵食されてしまうだろう。 「ねえ一星、委員会がここに置いてる道具はどうするの?」 「このままここに集まると邪魔になってくるよ〜」 「使い終わった分はなおしておいてください、まだ使うならテントの横に並べておいて大丈夫です」 俺は双子の言葉にプログラム表を見ながら指示だけ出す。 すると急に静かになったので視線を向ければ、二人は首を傾げながらこちらを見ている。 「……なおすって」 「どこを?」 この忙しい時に何を言ってるんだこいつらは。 なおすって言ったらなおすんやん! 頭痛を覚えながらも俺は丁寧に言い直す。 「ふざけないでください、体育倉庫ですよ。空いてないなら家庭科室横の特別教室が裏口使えたはずなので、そちらに仮置きしてもいいですから」 「う〜ん……」 「つまり、道具を体育倉庫でなおしてきたらいいの?」 七実の言葉に、俺は堪忍袋の緒が切れた。普段からふざけてはいるがTPOを弁えてしっかりしなければいけない時はしっかりしているのが椿兄弟だ。 そんな二人が珍しくこんな時に馬鹿なことを言い出すので、余裕のない俺は癇癪のように怒鳴り散らした。 「体育倉庫で、じゃなくて体育倉庫に、です!高校生にもなって日本語も使えないのですか?忙しいんですから真面目にやってください!」 「一星こそ真面目にやってよ!何言ってんのか分かんない!」 「だから、使い終わった道具は体育倉庫になおしてきなさいと……ッ」 そう言いながら立ち上がって、双子に近付いた時だった。 「副会長、副会長」 「何ですか!」 後ろから肩を叩かれて振り返れば、橘が難しい顔を見せている。 「『なおす』じゃなくて『仕舞う』じゃなかと?」 「は?」 「気付いとらんかもしれんちゃけど、『なおす』は方言とよ。片付けることは普通『仕舞う』って言うとよ」 そう耳元で言われて、俺はハッと気付いた。 俺は今、使い終わった分は『なおしておいて』と言った。俺の中では片付けておいてという意味だが、標準語の二人は『直す』つまり『修理する』と受け取ったのだろう。 そりゃお互いふざけていると思うはずである。 「すみません。六実、七実、道具を体育倉庫に仕舞ってきてもらってもよろしいでしょうか?」 「おっけーやで!」 「体育倉庫が空いてなかったら特別教室に『なおして』くんな!」 橘との会話が聞こえていたのだろう。少し離れた場所にいる実行委員に聞こえない程度の声でふざけた関西弁を使う双子を俺は責めることも出来ずギリリと奥歯を噛み締める。 自分の方が悪い分、こいつらにからかわれても怒れないのが悔しい……。 「橘、ありがとな」 「仕方なか、方言って日常的に使っとるけん気付きにくかもんね」 橘の助言が無ければ俺はこんな状況で双子を仲たがいを起こしていただろう。橘に感謝である。 それにしても『なおす』が関西弁やったとは……。これは知らんうちに関西弁出とるかもしれへんなあ。 これから気をつけねば。そう自分に言い聞かせながら、俺はふと違和感を覚えた。 昔、さっきの会話と似たようなことあったような気がするねんけど。 『ご、ごめん。あ……つけるところ、ちょっと壊れたかも』 『ええよ、わざとちゃうねんから。そこなおしといて』 『わ、分かった』 「……あ」 そうだ、引っ越す時に合羽とした会話。 あの時も確か、『なおしといて』と言ったはずだ。 それから俺は合羽と別れ、関西へと帰った。キーホルダーもあの時を境に見つかっていない。 俺はかなり重要なことに気付いてしまった。 「え、待って、つまり、合羽はキーホルダーを持ち帰って修理しようとしていた……?」 俺がキーホルダーを『そこなおしといて』つまり『靴箱の上に戻しておいて』と言った言葉を、合羽は『壊れた部分を修理しておいて』と受け取ったのではないか。 だから修理するために持ち帰り、そうと知らない俺はキーホルダーがなくなったと思い込んだ。 「しかも、俺がなくしたって手紙をサッカー部の奴に出して、なくしたキーホルダーを合羽が持っていて」 キーホルダーをなくしたと謝罪の手紙をもらったサッカー部は、そのキーホルダーを持っている合羽を見てどう思うだろうか。 小学生の発想だ。しかも、相手は周囲から避けられている(おそらく)俺以外に友達がいない合羽。 盗んだと思うに違いない。サッカー部がプレゼントしたキーホルダーを盗んだ合羽、それを弁明出来る奴は合羽以外に俺だけ。 だが誤解を解ける俺は遠い関西の地。違うと言い張る合羽に小学生なら何をする? 「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーッッッ!!!!!」 急に大声をあげるものだから橘や近くにいた生徒が驚いてこちらを見る。 だが俺はそれどころじゃない。 そうか!そういうことやったんか!! 俺はようやく庚の言葉や合羽の言動に納得した。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |