01


 秋晴れの空に見守られながらようやくやってきた体育祭。昨日整備された広いグラウンドは生徒たちが集まって紺と白の体操服で染まっている。
 整列したそれを壇上の下で眺めながら、俺は今すぐ横になりたい気持ちを我慢して背筋を伸ばしていた。

「一星、顔が死んでるよー」
「あはは、眼鏡ずれてる」
「静かにしなさい」

 小声で話しかけてくる隣の双子を睨みつけながら、俺はブリッジを持ち上げて眼鏡の位置を直す。誰のせいでこんな顔なっとるう思ぉとんねん。
 こともあろうに、この二人はギリギリまで遊び呆け手を抜きまくり俺に尻拭いをさせていた。そして二日前になってようやく本気になったと思ったら全ての業務を終わらせたのだ。
 前からこいつらはテスト前日に本気を出して高得点を出すような一夜漬けタイプだと知っていたが、最近忙しすぎてすっかりその特性を忘れていた。
 要するに、癖というか性分で手を貸し続けていた俺の行動は全て徒労だったのだ。
 それもこれも、全て庚のせいである。あれ以来あいつの嫌がらせはエスカレートしていった。特殊性癖の噂を信じて群がってきた変態を焚きつけたり、小学生のイジメのような小細工をしてきたり、それに対応しながら自分の業務をこなしつつ双子の手伝いまでしていたのだから俺ってとても凄いのではないか。
 もう俺が学園で一番じゃないか。一層俺が会長でいいのではないか。
 そんな錯覚を抱いていたのだが、双子の本気を見た瞬間それは脆くも崩れ去った。
 ずっと双子に手を貸さない二亜にネチネチ嫌味を言っていた自分を殴ってやりたい。あいつは最初から分かっていたのだ。
 おまけに二亜が俺のミスを黙ってフォローしていたことを昨日橘から聞かされて、プライドはズタボロである。
 ……うそ、ごめん。死ぬほどときめいた。めちゃくちゃキュンってした。
 あかん。もうこれは完全にあかん。ていうか今までアホな裸の王様だと思っていたのに、真面目になったら格好いいとかズルい。ズル過ぎやろ。

「はあぁぁぁぁぁ」

 盛大なため息をつくと、双子とは反対側の隣にいた二亜が目線を向けてくる。それに気付かない振りをしていると、壇上で説明を続けていた委員会の話が終わったらしく二亜が壇上に移動して生徒に喝を入れていた。
 あいつの口調や声は低くもハッキリしていて、相手に緊張感と高揚を上手なバランスで与えている。
 その存在だけで相手のメンタルに影響を及ぼすスキルは素直に尊敬できる。
 こういうのをカリスマって言うんやろうなあ。そういや組長やってた伯父さんがこんな感じやったわ。俺には無理やな。
 耳は二亜の言葉に傾けつつ、視線を前方に向けたままそんなことを考えていると、列の間から合羽の姿を見つけた。目が合ったがすぐに逸らされて、俺は気まずさを覚える。
 ボールは友達作戦での会話以来、合羽は俺に会いに来なくなった。というより、徹底的に俺を避けている。
 原因が分からない以上下手に接触して藪蛇を突くのも嫌なので俺はようやく出来た時間を生徒会業務にあてていたが、やはり合羽のことが気になって仕方なかった。
 数か月しかいなかった小学校の友人の連絡先なんか残っていないので当時のことを他の奴に聞くことも出来ないので、八方塞状態だ。
 せめてヒントだけでももらえれば分かるんだろうなあと思いながらも、唯一状況を合羽から聞いているらしい庚は俺を完全に敵視している。
 あと一人、既に謎を解いているらしき人物がいるにはいるが、出来れば頼りたくない。……絶対頼りたくない。
 二亜の話が終わったのか、体育祭が始まり生徒はクラス毎の場所に移動していく。
 体育祭はクラス対抗に加え赤青にチームが分かれており、俺は赤チームのエリアに向かった。クラスの違う双子と二亜、それに庚と合羽は青チームとなっており、仲間は橘一人である。

「さしずめ西軍と東軍といったところですか」

 呟くと、隣の橘が小さく頷く。周囲の生徒は聞こえていないか、聞こえていても精々歴史になぞられた意味としてその真意は分からないだろう。
 お互い人前なので大人しいが、内面はこのチーム分けが判明した時からずっと闘志満々である。
 この戦い、西の代表として俺たちは絶対に負けるわけにはいかない。副会長である俺の熱意にあてられているのか、赤チームのモチベーションも上々のようだ。
 とはいえ午前中はクラス対抗、昼食をはさんで余興と赤青対決。クラス対抗は当日動くことの多い実行委員会と風紀委員会、それに生徒会は除外となるので、出番はまだ先になる。
 赤チームの代表に選ばれた三年のクラス委員が皆を鼓舞しているが、やはり二亜に比べると弱い。
 向こうは大きな円陣を組んで叫んでいるというのに、こちらはまあ、やる気はあるがまだ団結力はないようだ。
 午後になってから俺からも一言かけとくか、と考えていた時である。

「大変!」
「大変だよ一星!」

 青チームの輪から双子が飛び出してこちらに走り寄ってきた。

「どうしたんですか」
「会長が!」
「倒れちゃった!!」
「はぁっ!?」

 思わず出た俺の大きな声に、グラウンドの生徒が何事かとこちらを見ている。
 俺は赤チームの輪から離れると、青チームの方に足を速める。
 まだ円陣を組んでいるが……なるほど、そういうことか。俺は円陣の間から中央に向かうと、そこには合羽に支えられてぐったりした二亜がいた。

「い、一星!どうしよう、急に二亜が……っ」
「保健担当の実行委員は?」
「今、先生を呼んでます!」

 円陣を組んだ生徒の一人である二亜の親衛隊長が答える。なるほど、円陣はこいつの提案か。周りに混乱を招くこともないし、輪を乱せばすぐに隣の奴が気付く。賢い判断だ。
 橘も遅れて俺たちの元に駆け寄ってくる。

「分かりました。では戎くん、会長をこちらに。青チームはそのまま持ち場についてクラス対抗に励んでください。会長は一度救護所に運びます。橘くん、手伝ってください」

 頷いた橘は会長を軽々しく俵担ぎで持ち上げる。俺の手、必要ないやん。
 会長の顔を覗き込めば青白い顔をしているが何とか意識はあるのか俺を見て眉を寄せると苦々しい表情を向けてきた。重症ではないが、今日は何も出来ないだろう。
 俺は心配そうにこちらを見る双子と合羽、それに動揺を見せる庚を一瞥して後を任せた。
 そして輪から少し離れた丁度その時、見回りに出ていた三亜が様子を聞きつけたのか姿を見せる。


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(C)siwasu 2012.03.21


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