「戎くん、久しぶりにサッカーしませんか?」 翌日の放課後。俺はサッカーボールを持って合羽を迎えに行った。今度は俺が中島になる番だ。 合羽は目を丸くさせたあと嬉しそうに頷いて既に隣を陣取っていた庚に顔を向ける。 「うん!やりたい!庚も、な!ええよな?」 「ああ……うん、今度はそう来るわけ」 相変わらず人前では関西弁を続けているのか、下手なイントネーションでテンションを上げる合羽と違い、庚は頷いているものの内心複雑そうな表情を見せている。 庚は合羽が小学生時代を思い出させるような話題を避けようとする。話題が無理なら行動から引き出すまでだと実行してみたが効果はあるようだ。 「人目につくと皆が集まってしまうので、今日は校舎裏でパスや壁当てトラップぐらいで遊びませんか?」 「そうやな、本当は人数いた方が楽しいけど、一星人気者やもんな!」 実際、俺と仲良くしていることでお前を睨んでいる生徒はいるからな。 俺の親衛隊は話をつけているので手を出すことはないが、他の生徒たちまで話を通せるはずもない。現状、庚以外が生徒会に戻ったことや俺への信用で生徒は合羽に対して何も言わないが、それがいつまで続くのかも分からない。 今まで気にしていなかったが、どうやら生徒たちは生徒会を侍らせていた合羽にいい感情を持っていなかったようだ。面子が面子なだけに強く出ることは出来なかったが、今は俺と庚の二人だけ。しかも業務をサボっているのは庚だけだとくれば不満も表に出やすくなったのだろう。 今日は俺がサッカーボールを手にしていることでそちらの混乱が際立っているようだが。 「ほら、最近日が暮れるのも早くなりましたし、行きましょう」 生徒の目から逃れるためそう言えば、合羽は分かったと返事して庚の手を取ると俺の後をついてきた。 よし、まずは「ボールは友達☆サッカーを通して昔の友情を懐かしもう作戦」の第一関門突破だ。 あとはボールを蹴り合いながら小学生の頃の話で盛り上がれば、俺が裏切ったという話や合羽が虐められていた理由を聞けるかもしれない。 ……庚が邪魔さえしなかったらの話だが。 いや、この際庚から話を聞ければいい。あいつは何か知ってるみたいだし。 「んじゃ、俺から行くなー」 校舎裏に辿りついた俺たちは、ボールを地面に置いて黙々と蹴り始める。高校生にもなって三人でパス回しってこれ結構辛いもんがあるな。 いつもうるさい合羽は何も言わないし、無言も辛くなってきたので俺は自分から話を切り出すことにした。 「こうしてると、なんだかサッカー部の時を思い出しますね」 「あ、ああ。部活のない放課後はいつも二人でパス回ししてたもんな」 考えてみればこいつはいつも人の少ない放課後を狙っていた。昼休みの運動場や中庭は大体他の生徒が使っていたからな。 確かあの時は他の奴を誘おうと提案しても「俺と二人は嫌なのか」って言いだして他の奴を混ぜたがらなかったっけ。今思えばそれも既に違和感があったのだ。 「庚くんは確か初等部の頃からこの学園に通っていたんですよね。戎くんとはどこで知り合ったのですか?」 「そんなのあんたに言う必要あるわけ〜?」 「中学の時だぞ!夏休みにゲーセンであったんだよ。な?」 ナイスだ合羽。庚が小さく舌打ちしている。 二人のことは合羽が話してくれそうだ。 「五華って学園抜け出してはゲーセン行ってた不良少年だったんだぞ」 「李九だってゲーセン入り浸ってたじゃん。人のこと言えないよ不良少年〜」 「じゃあ二人はゲームを通じて仲良くなったんですね」 「そうそう、あの時は二人で対戦とかリズムゲームばっかしててさ、久しぶりに誰かと遊べて楽しかったんだよな〜」 「学校の友達とは放課後一緒に遊んだりしなかったのですか?」 ピタリ。 向かってきたボールが合羽の動きに合わせて止まる。俯いて沈黙する姿を見ると、やはり虐められていたという話は本当のようだ。 睨みつけてくる庚を無視して、俺は庚にボールを回しながら更に質問を重ねる。 「そういえば戎くん、手紙をくれって言ってたから送ったんですけど、届きましたか?実は返事がなくて少し寂しかったんです」 「それはっ」 合羽が顔を上げて眉を下げながら必死な表情を向けてくる。 てっきり「忘れてた、ごめんごめん」ぐらいの軽い謝罪が返ってくるものだと思っていた俺は、予想と違う反応に首をかしげる。掘り下げれば何か分かるだろうかと、質問を続けた。 「あと、引っ越しの日にサッカー部の皆からもらったキーホルダーを失くしてしまったんですが、戎くん知りませんか?私の記憶が間違いでなければ、確か最後に触れていたのは戎くんだったような気がするのですが」 「え……」 俺の質問に合羽が目を見開く。 そして口が開きかけたところで、俺は横から飛んできたボールを反射的に手で叩き落とした。 顔を狙って飛んできたそれはわざとだろう。見れば、庚がこちらを睨みつけている。 「あのさあ、いい加減にしろよ。素知らぬフリして李九を虐めるの、そんなに楽しい?」 「何のことですか」 「ふざけんな。李九が副会長を信じるって言うから大人しくしてたけど、もう限界。李九も分かったでしょ?やっぱりこいつ、李九を虐める気であんなことしたんだよ」 全く話が読めない。今の質問のどこに合羽を虐める要素があったというのだ。 ついていけない俺と違い、合羽は目に涙を浮かべている。これじゃ本当に俺が合羽を虐めているみたいじゃないか。 「待ってください、何か誤解してませんか。私は聞いただけで――」 「俺の時も李九の時みたいにからかって遊んでたんでしょ」 「は?」 駄目だ、話が読めない。庚から更に混乱するようなことを言われて俺は内心焦り始めていた。 距離を縮めているどころか、亀裂が走っている。絶対にこれは何らかの誤解が生じているはずだ。 その原因を探ろうと声をかけようとするが、もう二人は俺の話を聞く気がないらしい。ボールを突っ返されると、校舎裏から立ち去っていく。俺はその姿を追おうかとも考えたが、今言っても……余計話がこじれそうやなあ。 結局合羽と庚の姿が見えなくなるまで、俺はその場から動けずにいた。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |