05


「悪くなかった」

 十数分後、読み終えたらしい二亜が漫画を閉じて満足そうにそう呟いた。
 はあ、良かったですねえ……と、半眼で見つめる俺の視線に気付いていないのか、そのまま携帯電話を取り出すとどこかに連絡を取り始める。

「……その流れ、嫌な予感しかせえへんねんけどまさか十瑠に感想文でも送っとるんちゃうやろな」
「くれって言われたら送るだろうが」

 やっぱり。ポチポチと文章を打つ二亜に俺はため息しか出ない。

「いや、おかしいやろ。どう考えてもこの状況おかしいやろ。なんで誰も突っ込まへんねん」
「あ?お前が突っ込んで欲しいって言えばいくらでも突っ込んでやるぞ」
「意味分かっとるくせにわざとボケんなアホ」

 大真面目な表情で言ってくるものだから怒りすらおきない。さっき戸棚から見つけたスナック菓子を口に放り込みながら時計を見ると二十一時を過ぎていた。
 十瑠は今日から修学旅行でビデオ通話出来ないしやる気が起きる気配もしない。今日はもう風呂入って寝るのが一番だろう。
 流石に寝る時まで二亜と一緒というわけではない。ここ最近は夕食前に訪れて一緒に食事をとったら寝る前に帰るという形で落ち着いている。
 布団の中に潜り込まれていた時のことを考えればマシになった方だろう。
 俺はそろそろ帰れと口を開きかけた。しかし、それより早く頬に生暖かい感触が伝わってピクリと肩を揺らす。

「漫画読み終わったし帰るわ」
「あ、おう」

 ……だが帰り際に必ず頬やら頭やらにキスしてくるのはいただけない。甘々な恋人関係でもあるまいし。きっとこれに慣れた時が俺の敗北なのだろう。慣れてたまるか。
 そう思いながら睨んでいると、二亜は俺をじっと見つめて何を思ったかため息をついてきた。

「お前、いい加減その顔やめろよな」
「なにが?」
「俺のことメチャクチャ好きですって顔」
「なっ」

 二亜の言葉に顔中が沸騰するような錯覚を抱く。口をパクパクさせている俺を見て、二亜はまたため息をついて頭を掻いた。

「意地張ってるせいでこっちも生殺しになってんのいい加減分かれよ。もう問題の解決も根回しもお膳立ても済んでるんだから、あとはテメエが言葉にすりゃいいだけの話だろ」
「ちょ、ちょっと待って。問題の解決と根回しとお膳立てってなんや……?」
「俺と縁組して十瑠と結婚すれば十瑠がヤクザに嫁入りすることは無くなるだろ、お前の両親は十瑠が既に説得済みだし学園の連中も納得してるだろ、こうして毎日俺が来て告白しやすい空気を作ってやって――」
「ヘイヘイヘイヘイヘイ!!!」

 俺は思わず二亜の言葉を遮って叫びながら制止をかけた。なんて?今、なんて!? 

「ちょお待って、縁組の話はこの前聞いてたから分かるけど、おとんとおかんに説得?学校の奴も納得?どういうこと?俺聞いてへんけど!?」
「だから、まず俺が親に話して了承を得ただろ。それから十瑠がお前の親に話しただろ。そしたら双方利害関係も込みでアリだなってなったから来月会うことになってて――」
「知らんよ!?俺何も知らんよ!?」

 突然の衝撃事実に思わず頭がパニックになる。いや、十瑠が俺の親と仲が良いことは知っている。俺が学園に通っている間も週末はおかんとショッピングに出かけたりご飯食べに行ったりしていることも知っている。
 おかんも「ほんまはうち、女の子が欲しかったんや〜」って楽しそうに話していたぐらいだから俺の親は十瑠のことを娘のように思っていただろう。
 両親ともに十瑠なら嫁に来るのは大歓迎のはずだ。それは俺にとって願ってもないことだが、縁組の話は?俺、長男なんやけど!?

「そもそも代々ヤクザ稼業だっても、今時それで商売は成り立たねえだろ。元あった人脈と不動産で食いつないでたみてえだけどそれも限りがあるからな。だから関西にパイプが欲しいうちの親と、事業を広げたいお前の親の利害が一致して、最終的にお前んとこを次男の俺が吸収する形になった。要するに子会社化するってことだよ。それに普通養子縁組なら、お前とお前の親の親子関係も切れないから問題はない。分かるか?」
「いや、分かるけど。分かるけど急にそんなデカい話に広がるのおかしない?え?ていうかおとんはええの?西崎の血筋がおとんで終わることになるけどそれはええんか!?」
「十瑠から聞いた話じゃそこに拘りはねえみたいだな。老後と墓は十瑠が面倒見るって言ったら二つ返事で頷いたらしいぞ」
「ああああああちょっと待ってやっぱり待ってややこしい!この話思った以上にややこしいわ!!」

 そんな大事な話を俺抜きで進めとるんちゃうぞ!
 頭を抱える俺に「まあ難しいことはこっちでやっとくから気にするな」と言われたが気にするわ!まさか俺のこれからの人生そんな大事になるとは思わんやろ!

「ああ……頭が痛い、胃も痛い」

 実家が懐柔されているぐらいだ、学校の奴らにも既に話は通っているのだろう。
 俺のところの親衛隊長は説得以前に推奨していたぐらいだし、二亜のところの親衛隊長も今思えば呼び出しの時既に話は付けていたのだろう。

「つまりお前は庚と戎の件に集中してればいいんだよ」
「いや、そうじゃなくて……もうええわ。話続けてても終わらん気がする。目の前の問題片付けたら覚えてろよお前ら」

 二亜と十瑠のタッグほど怖いものはない。俺は先の見えない戦いに眩暈を起こしながら、早く一人になりたいと二亜を蹴り上げて追い出した。


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(C)siwasu 2012.03.21


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