『なあ、本当に引っ越さなきゃ駄目なのか?一星だけ残れないのか?』 『そんなん言われたかて、ゆうこおばちゃんがこの家は建て直しする言うてるから住むとこ無くなるし、お父さんが帰ってこい言うんやからしゃあないやん』 『でも、だからって急すぎるだろ!お前は寂しくねえのかよっ』 『寂しいに決まっとるやろ。せっかく友達出来たのに、戻っても新しい小学校や言われたし、出来たらこっちおりたいわ』 『じゃあ一緒に一星の親父説得すればいいじゃん!もしかしたら残れるかも――あっ』 そうだ、世話になっていた伯母の家に来た合羽と玄関で話していた時だ。 俺は皆からもらった花束や手紙やキーホルダーを玄関の靴箱の上に置いていて、興奮した合羽が腕を振り上げた時にキーホルダーを地面に落としていた。 『ご、ごめん。あ……つけるところ、ちょっと壊れたかも』 『ええよ、わざとちゃうねんから。そこなおしといて』 『わ、分かった』 『一星くーん、あんまり時間無いから遊ぶのはやめてねー』 『はーい!……引っ越しの準備で忙しいねん。また手紙出すから、もう帰ってや』 『……うん、分かった。俺もわがまま言ってごめん。落ち着いたら昨日教えた住所に絶対連絡してくれよ!』 『うん、する。またこっち来たら一緒に遊んでや』 『おう!俺もその時まで練習してるから夢、叶えような。テッペン目指そうぜ!』 『……?ああ、うん』 その会話が最後で、それから合羽とこの学園で再会するまで会うことはなかった。手紙は一度だけ出したが返事はなく、鬱陶しいほど絡んできてたのに随分呆気ない友情だったなと少し落胆したことを思い出す。 こうして思い出せてもまだ俺が裏切ったという話は心当たりがない。むしろ、返事をくれなかったあいつの方が裏切り者ではないか。 そういえば合羽が壊したと言っていたキーホルダー、引っ越しの時にどっかいってなくしてもうたんやったな。せっかくサッカー部の皆がくれたやつやったのに。 探したけどどうしても見つからず、かといって黙っているのも悪いと思ってサッカー部の奴に手紙を書いた時、正直になくしたと謝罪したんだっけか。 ……思い出したけどあいつも返事くれへんかったな。いや、もうええけど。 そんなことを考えているうちに完全に集中力は切れたようだ。今日の業務は終わりでいいだろう。きっと明日の俺が頑張ってくれる。 そう自分に言い聞かせて俺は立ち上がると、冷蔵庫からペットボトルの炭酸飲料を取り出した。そして二亜の隣に腰を下ろすと一気に飲んでゲップする。二亜が隣で嫌な顔をしているが知るか。ここは俺の部屋だ。勿論、校舎ではキャラ的に炭酸がぶ飲みなんて出来ないので、こんな姿は自室でしか見せられない。 「うーん。やっぱり分からん。一体俺が何を裏切ったって言うねん」 「その辺りは聞く限り食い違いがありそうだからな。直接話すしかねえだろ」 頭を抱える俺にそう言ってまた漫画を読み始める二亜に、俺はふと気になってその横顔を見た。 「庚がチクんなって言ってたこと教えてよかったんか」 「ああ、だってバレても被害を被るのは俺じゃなくてお前だし」 「このペットボトルの中身お前にぶっかけたろか」 「それにお前に危ねえことあっても次こそ俺が守ればいいだけだし」 「…………」 その言葉に、飲み口を二亜に向けていた俺は固まった。動きが止まったのを見て二亜がニヤニヤしながらこちらを横目で見る。 「なんだ、惚れたか」 「腹立つなー、ほんま」 でも何より腹が立つのは否定できない自分に対してだ。ミジンコ程でもときめいてしまったのが悔しい。 代わりに二亜の脛を蹴ろうとしたが、予想されていたのか躱されてしまう。最近読まれているのか、二亜にはちょっとした攻撃が通じなくなっていた。 かなり思わしくない方向に進んでいるような気がして焦りを覚えるが、何故焦るのか分からなくてモヤモヤしてしまう。 そんな俺の複雑な心境を知ってか知らずか、二亜は続けるように「本当のことを言うと」と手に持った漫画を指さした。 「この二人が似たような状況で、結局主人公は恋人に誤解されたまま逃げられるんだよな。漫画だと絶対ハッピーエンドだから構わねえけど、現実的に考えたら言った方がいいに決まってるだろ。口裏合わせときゃバレねえんだし」 「は?なに、どういうこと?」 俺は二亜の発言が理解できずに眉を寄せて手の中の漫画を覗き込んだ。丁度開いたページでは男同士が抱き合ってキスして――って。 「何やねんこれ!!!」 「だから誤解して逃げた恋人が戻ってきてハッピーエンドになるところだよ」 「そうやなくて!」 俺はペットボトルをローテーブルに置くと慌てて二亜から漫画を取り上げ、パラパラとページをめくっていく。中身は十瑠が好きそうな所謂ボーイズラブ漫画だ。 何故お前がこれを読んでいる。……いや、やっぱり聞きたくない。 「十瑠がオススメだって言うから」 「それで素直に買うたんか!?」 背表紙を見たら四という数字が見える。つまり四冊目。……あかん、こいつの部屋に全巻揃ってるなんて考えたくもない。 頭痛が酷くなるだけだ。 「まだ最後まで読んでねえんだから返せよ」 「俺が構われへんからってお前と十瑠で話させるんやなかった」 これを買ったのは二亜で、つまり二亜の持ち物だ。持ち主に返せと言われたら返したくなくても返すしかない。 渋々差し出すと、二亜はまた続きを読み始める。背表紙にカバーがされているので気付かなかったが、思い返せばここ最近読んでいる漫画には全てカバーがついていた。 確か十冊ほど一気に持ち込んで読んでいたこともあったな。 「まさかそれ以外にも買っとるんちゃうやろな」 「ああ、とりあえず十瑠が薦めてきたタイトルは全部買った」 あかん、もう手遅れや。 中身に全く動じずまるで少年漫画でも見ているような表情をしているが、中身は男同士がセックスしている卑猥な漫画だ。同じ行為を男女がしていると年齢制限がつくのに、なぜ男同士だと年齢制限がないのか。その昔、十瑠の部屋にあった漫画の中にモザイクどころか白抜きや黒塗りのないモロなものがあったがあれはいいのか。十八歳未満が読んでいいものなのか。 十瑠には「これはエロ漫画とちゃう、恋愛漫画や!」と言われたこともあったが、正直違いが分からん。露骨なセックスしてる時点でどう考えてもエロ漫画やろ。 「お前がそれに手を出す日がこようとは」 「十瑠がやたら熱弁するから気になってきたんだよ」 腐女子のパワーおそるべし。俺は最初に読まされたのがあまりにも過激すぎて無理だったのでそれからは頑なに読まなくなったが。 真剣に読み始めた二亜はもう俺のことなど視界に入っていないようだ。ハッピーエンドになるところってことはクライマックスに迫っているのだろう。俺は残りの炭酸飲料を飲み干すと、キッチンにおやつが残っていなかったか物色を始めた。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |