02


「やっぱりここだよな」
「なんだ、会長じゃん」

 屋上は原則立ち入り禁止で鍵がかかっている。職員室でその鍵をもらってきた俺は、開いた扉の向こうで携帯を弄っている庚を見つけてため息をついた。
 庚が以前勝手に合鍵を作ったことは本人から聞いている。快適な生徒会室があるのに、わざわざ風が強くて夏は暑く冬は寒い屋上なんかに行きたいとも思わなかったので最初に誘われた時無視したが、こいつは頻繁に使っているようだ。座りやすいようにクッションまで用意してやがる。

「なに、会長まで生徒会に戻ってこいって言う気なの〜?」

 携帯を仕舞ってへらへら笑う庚に近付くと、横にクッションを置かれたのでそこに腰を下ろす。
 屋上なんて実行委員が行事の垂れ幕を下ろす時ぐらいしか使うことがないので俺は初めて訪れるが、庚が入り浸るのは分かる気がする。
 風は思ったほど強くないし気温も心地よく、何より静かで悪くない。言葉を待つ庚を横目で見て頭を掻くと、俺は吐き出すようにため息をついた。

「いや、戻るか辞めるかは好きにしろ。けど、子供みたいな癇癪はやめとけって言いにきた」
「なにそれ。副会長に泣きつかれでもしたの〜?」
「泣きつくぐらいなら未練なくここを去ってるだろうよ」

 そう言えば、庚は一瞬息を飲んで視線を逸らした。
 そう、だから一星は厄介なのだ。生徒会にも学園にも執着がない。あるのは十瑠のみ。今までも、そして今も意地で続けているようだが、それに疲れたらきっとあっさり退学して俺たちの元を離れ喜んで関西へと帰っていくだろう。

「俺たちも李九みたいに捨てられるのかな」

 呟いた言葉は小さかったが、ギリギリ耳に届いた。俺は確信した。こいつは戎に盲目になっているわけでも、生徒会に愛想を尽かしてるわけでもない。
 俺の表情を見た庚が小さく笑った。

「なんで分かったんだよ」
「順番だよ。最初は俺、次に六実と七実。橘で、最後に生徒会を離れたのがお前」

 俺はあの一星が顔色を変えるほどの相手に興味を持って戎に絡んだ。話してみれば聞き慣れないイントネーションやテレビでしか見たことがないような方言が新鮮で一緒にいるのが楽しくなった。橘は聞いた理由が理由なので除外として、六実と七実も似たようなものだろう。
 けれど庚は初めて会ったはずの戎に対して初めから馴れ馴れしいというか、好意的だった。
 今のキャラを考えれば違和感はないが、元々キレやすく不特定の友人を作りたがらないコイツがそんな態度を取っていた時点で気付くべきだったのだ。戎と庚が知り合いだったということに。

「お前、俺たちの中で真っ先に戎と親しげにしてたけど、最後まで生徒会の業務はサボらなかったじゃねえか。俺や六実七実は戎の言葉に乗せられたところもあるけど、いつもすました面してる一星への嫌がらせみてえな部分も正直あった。でもお前、そういうつもりはねえってか、今思えばむしろ一星と戎の間を取り持ってたようにも見えたんだよな」
「俺別に隠してたつもりはねえけど。気付くの遅すぎじゃね?バカなの?」
「うるせえな。そりゃ、あん時は確かに……ああ、バカ、バカだったよ。反省してる」

 思い返すと自分の行動が恥ずかしくなってくる。皆に選ばれて、自信満々に就いた会長職をたかが副会長が冷たいからって理由でボイコットしてたんだ。

「俺のやってたことも、結局は子供の癇癪みてえなもんだよ」

 こうして振り返れば、既にあの頃から一星を意識していたのだろう。俺たちがいなくなって一人になれば、流石のあいつも困るだろう、泣きついてくるだろうと思ってた。泣きついてきたら、仕方ねえなって戻ってやるつもりだった。

「でも結局は全部一人でこなして、挙句の果てにぶっ倒れるんだもんな」

 あいつを追い詰めていなければきっと三亜に付け込まれることもなかった。全部俺が招いたことだ。
 過去の己に自省していると、横から喉で笑う声が聞こえてくる。

「副会長が俺に最後に言った言葉知ってる?『あなたも無理せず戎くんと遊んできていいですよ、あとは私一人でやっておきますので』だよ。流石にブチギレたわ」
「あいつもあいつで意地張ってたっつうか、主に戎の方言に苛ついてたんだろうな」
「それは副会長が悪いよ。李九にあんなこと言っといて、きれいさっぱり忘れてるんだから」
「それは」

 庚の言葉に反応して口を開きかけた俺だったが、一本の人差し指に阻まれる。唇に当たる感触はずっとここにいて流石に冷えているのか冷たい。

「やだなあ。会長と一緒にいるとつい口が滑っちゃうよ〜」
「お前が仲介すれば全部解決する話だろ。なんでそこまで一星を追い詰めようとするんだ」
「李九が可哀想だからだよ」

 庚の声音が真剣なものに変わる。その表情には怒りすら滲んでいて、俺はそれを無言で見つめ返した。

「李九には副会長が初めて出来た友達なんだ。その友達に裏切られて、皆からずっと虐められてたってのに、副会長との約束を信じて待ち続けてたんだよ。ここにいるって分かった途端親を説得して転校までしてきて、なのにあいつは全部覚えてないんだ。ふざけるなよ。なんであいつだけのうのうと彼女まで作って楽しそうにしてるんだよ」

 絞り出すような、苦しそうな声だった。嘘ではないのだろう。嘘ではないからこそ、一星から聞いた話と矛盾する。
 せめてそれがおそらく誤解であることを伝えようと口を開くが、声は授業終了のチャイムによってかき消された。
 立ち上がった庚はクッションを手に取ると、俺が座っていたクッションも奪って塔屋の中に仕舞う。なるほど、そこがお前の屋上用ロッカーか。

「……おしまい。やっぱり口が滑っちゃった。副会長には言わないでね、言ったら今度はレイプだけじゃ済まないから」
「お前」

 口元は笑みを浮かべているが目は笑っていない。俺は沈めていた怒りが一瞬にして噴き出してくるのを拳を握りしめることで抑えながら庚を睨みつけた。
 そんな俺の反応を見て庚が小馬鹿にするような笑みを浮かべる。

「なんとなくそうかなって思ってたけど、やっぱり副会長に惚れてるんだ。なに、もうしちゃった?」

 あれ、でも副会長って彼女いなかったっけ?
 そう言いながら小首を傾げる庚に、俺は大きく深呼吸して自分を落ち着かせると口を開いた。

「そうだよ。お前が余計なことをしたせいで気付いちまったんだから責任取って戻ってこい。多分五発ぐらいで許してもらえるはずだ」
「あ、ああ、そうなの?ははっ、ごめんね、殴られるのは嫌だな〜」

 目を丸くさせた後噴き出したいのを誤魔化そうとしているのか頬を引きつらせる庚に怒りを覚える。
 冗談だと思っているようだが本気だぞ。しかも五発ってのは顔面に、だ。あいつは鼻が折れようが構わず殴ると思う。俺は止めない。
 庚は笑いの波が治まったのか、扉に向かい始める。

「そろそろ次の授業始まるよ、行こうよ」
「なんだ、受けるのか」
「嫌味まで言うようになるなんて、会長も変わったね〜」

 眉を寄せる庚の言葉に、昔ならこんな一言を口にすることはなかったことを思い出す。明らかに一星の影響を受けている。

「惚れた相手の真似するのは仕方ねえだろ」

 俺は庚に聞こえないように、そう呟いた。


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(C)siwasu 2012.03.21


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