「誰にだ?」 「っ」 あ、あー……即答するんやなかった。 頭で考えるより先に口にした言葉は、確かに本音だ。けれどそれは無自覚だった部分を引っ張り出されたような形で、俺は今すぐ頭を抱えて唸りたい気持ちをぐっと堪えて三亜ホモを見つめ返す。 「彼女か?俺か?それとも二亜か?」 そんなん、お前相手に言ってる時点で分かっとるやろ。 何も言わない俺に、三亜ホモはようやく距離を置いてくれた。ずっと息が詰まるような居心地の悪さを感じていた俺はそこでようやく安堵の息をつく。三亜ホモは、何を思ったか携帯を取り出してディスプレイを少し見つめた後こちらに視線を戻した。 「来月の体育祭が終わるまでに生徒会を元に戻せ、誰一人今までと負担が変わらず機能している状態にな。今もお前たちからの対応が遅くなっていることに何かしら思っている連中は多い。閉会式で生徒会役員が揃っていなければ、リコールの話は進めさせてもらう」 「は……っ」 はあぁぁぁ!? それ今言う?このタイミングで?? 思わず口が開いたまま固まる俺に、コイツは仕返しが出来たと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべる。 「会計の庚以外は皆業務に戻っているらしいな。半月あれば残り一人ぐらいどうとでもなるだろう?」 あ、コイツ全部気付いとんな。 それが一番難しいということを先日の件で気付かされたのに、まるで俺以上に事情を把握しているようだ。 「あの……せめてヒントをいただけませんか?」 「さあな。俺は聞いたことしか知らん」 試しにカマをかけてみるが、引っ掛かりつつも教える気はないことが分かって俺はその長い足にローキックを食らわせる想像をすることで怒りを飲み込む。 俺が胸中で地団駄を踏んでいることに気付いたのだろう、意味深な笑みが返ってきて嫌な予感を覚えた。 「そうだな、どうしても知りたければ条件がある」 「キスだけはもう二度としませんよ」 思い出したくもない記憶が脳裏を過ぎって反射的にそう言えば、三亜ホモは呆れたような視線を返してきた。 「あれは揶揄っただけだ。本当にするとは思わなかったからな……そのいつも暑苦しそうな首元、緩めてみろ」 揶揄っただけだとあの時そのせいで俺がどんな苦労をしたのかも知らないでのうのうと言う三亜ホモに殺意が沸いたが、それよりも条件として出した言葉の方に動揺して肩が跳ねる。 「どうした、別に手を出すつもりはない。ただ、『その首元』を緩めればいいだけの話だ」 「……」 それは下手な質問をするよりも一番効果があると確信している言い方だ。副会長のキャラを作っている上で服をキッチリ着込んでいたので違和感はないと思っていたが、もしかして念入りにアイロンをかけた襟やいつもよりネクタイの位置を上げたことに気付いたのだろうか。 最早条件なんて関係なくそうしなければならない空気に、俺は降参した。ここでバレてんのに意地張るより、コイツが持ってる情報のが気になるし。 黙って首元に手をかけると、ネクタイを緩めてキッチリ止められたボタンを二つはずし、首元が見えるようにシャツを開く。そうすればあら不思議、そこには俺の魅力的な鎖骨――と、あの時二亜に散々つけられた噛み跡や鬱血が誤魔化せないほど強く残っている。あんなにブチギレてたくせに、制服で隠せないところには跡を残さなかったところが意外というか、優しいというか、いや襲っといて優しいってなんやねん、俺のアホ。 「誘ってるのか?」 「おま……ッ、……貴方が、緩めろと言ったんじゃないですか」 すぐにからかわれているのが分かって冷静になると深呼吸する。つまらなさそうに半眼で首元を見る目は冷たい。二亜と違ってコイツは何を考えているのかイマイチ掴めない。視線が痛いしそろそろ元に戻したいのだが。 しばらく無言が続く。ずっと手を襟にかけているのも恥ずかしくてゆっくり下せば、ようやく三亜ホモの視線が動いた。 「お前、小学生の頃サッカー部に入ってたそうだな」 「へ?あ、あぁ、はい」 唐突な質問と内容に俺は間抜けな顔で頷く。何故それを知ってるんだ。 「その時『もうお前なんか友達ちゃうわ』って誰かに言ったそうだな」 「……?」 なんやそれ。そんなん言うたっけ? 首を傾げると鼻で笑われてムッとしたが、一応それがヒントのつもりなのだろう。俺は記憶を辿りながら当時のことを思い出してみる。……あかん、全然覚えてない。 「何気ない言葉のつもりでも言われた方は傷つくことがある」 「はぁ」 言った記憶がないのでよく分からん。 けれどお互いふざけ合ってる時につい言ったことがあるかもしれない。あまりにも範囲の広いヒントに、俺は生返事をしながらもう一度思い出してみようと視線を宙に彷徨わせた。 けれど視界の端に影が出来て肩を揺らす。いつの間にか三亜ホモがまた至近距離でこちらを見つめていた。 「あの、近いです」 「その反応を見るにお互い誤解が生じてるようだな」 「は……ッ?」 誰と誰が、と聞こうとしたが突然頬を捕まれて声が詰まる。顔が近付いてきて反射的に首を逸らせば晒された首に勢いよく――噛みつかれた。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |