07


「も、ほんまに大丈夫やから降ろして」

 寮に戻って来れて自分の部屋が見えると、ようやく安堵の息が漏れた。
 二亜の腕の中で体を揺らされていたせいか緊張の糸が切れたせいか、薬も余計に回って上手く頭が回らない。
 それでもこの男と部屋に上がるのはよろしくないと、本能でやんわりとした拒絶を見せたが、二亜は人の話を全く聞かず、俺のポケットを漁りだすと鍵を――鍵?

「あ?」
「え?」
「……何だよこれ」

 あああああああああ!!!!! それ、さっき親衛隊にもらったコンドーム!!
 訝しげに手のひらサイズのパッケージを見る二亜の表情はあまり見たくないので俯いていると、自分のポケットに仕舞いこんで俺のポケットから次こそ鍵を取り出すと部屋を開けて俺を抱いたまま上り込む。もう出て行ってくれなんて言える空気ではない。

「ここでいいか?」

 そう言って降ろしてもらったのは寝室のベッドで、考えたくないが考えてしまう俺の思考は間違っているのだろうかと混乱してくる。
 ベッドで横にならないよう座っていつでも抵抗できるように身構えていると、二亜は俺が怯えていると勘違いしたのか、安心させるように頭を撫でてきた。

「流石に処女レイプされそうになったお前をどうこうする気はねえよ――今のところは」
「いちいち引っかかる言い方すんなお前……」

 イラッとさせられながらも落ち着いてしまうのはこいつにある程度心を許している証拠なのだろうか。
 その後特に視聴覚室での件を追求されることもなくお互い無言でいると、数分で郡が保険医を連れてやってきた。確かに宣言通り早いが、興奮気味に俺と二亜を交互に見るのはやめてほしい。
 保険医も既に郡から事情を聞いているのか無言で肩を治療してくれて助かった。教師よりも生徒の権力の方が強いのはこの学園の特性だ。必要以上の質問はなく、ただ「今日は安静にするように」と痛み止めと安定剤を処方してくれた。
 そして用をさっさと済ませて出て行った保険医の後、残された二亜と郡が当たり前のように寝室で腰を落ち着ける。

「いや、お前らも帰ってくれへん?」
「はい!それでは僕はお先に失礼しま――ぐえっ」
「いや、やっぱお前は最後に帰れ」
「そんなぁ!」

 何故お前は親衛隊長なのにやたら二亜と二人きりにさせたがる。普通そこは何としてでも阻止するものだろう。
 半泣きで「どうか僕に萌えの潤いを」とか何とか言いながら縋り付いてくる郡の顔面を握りつぶそうと力を入れていると(薬のせいで効果がないのが悔しい)それまでだんまりだった二亜が不機嫌そうな表情で口を開いた。

「……庚か?」

 ぐ、と思わず息を詰まらせたのが、答えを言っているようなものだ。

「あいつ殴んのは俺やからな、お前は手出すなよ」
「そう言うと思ったから我慢してんだよ」

 見れば、二亜の手は握り拳を作っていて怒りに震えている。
 すぐプッツンキレて殴り込みそうな見た目してる割にめっちゃ冷静やんなこいつ。ちゃんと生徒会長してるだけあんねんな…なんか改めて考えると感動してもうた。

「あいつ、襲う前に俺がかっぱ巻きと前から知り合いやったみたいな言い方しとったし、聞かなあかんこと色々ありそうやねんな…」
「あのマリモとですか?」
「でもあんなん会おとったら絶対忘れへんと思うねんけどな…」

 郡が首を傾げて尋ねる仕草に同調して自分も首を傾げる。それを見て何故か肩を揺らす二亜に視線をずらすと、遮るように郡がパチンと両手を合わせた。

「とにかく、西崎様もお疲れでしょうしそろそろ心配されている方にもお電話を入れた方がいいと思うので、僕としては西崎様が皇会長にお清めセックスしてもらうのを期待したいし観察したいところですが、今日の所は我慢して皇会長と帰りますね」
「いや、我慢も何もないから。その言葉をいつ言うかと待っててんけど」
「なぁ、お清めセックスってな――」
「帰れ」

 言葉の意味を知らないのか、郡に尋ねる二亜の言葉を遮って俺は扉の方を指差した。
 不服そうにしながらも二人がすごすごと部屋を出るのを見送って、俺はようやく大きく深呼吸するとベッドの上で大の字になって寝転ぶ。

「疲れた……」

 何故襲われた時よりその後の奴らとの会話の方が疲れるのだ。
 ぐったりとしたところで完全に緊張や警戒の糸が切れ、頭の隅に追いやることで何とか冷静を保っていた熱がせきを切って溢れ出す。

「は、ぁっ」

 大きく息を吐いて、すっかり下着にも肌にも乾いてこびりついた精子の不快感に眉を顰めながら下着ごとスラックスを脱ぐ。着替えようかと思ったが、それよりシャワーを浴びたくて、でも完全に力の抜けた身体をまた奮い立たせて起こすのも億劫だな、と下半身丸出しの間抜けな格好のままポケットからスマートフォンを取り出した。一番上の見慣れた名前をタップすれば、二コールで慌てたような声が聞こえてくる。


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(C)siwasu 2012.03.21


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