04


「あ、あっ、西崎様、こんにちは!」
「やぁ、こんにちは」

 昼休み。
 若干フライング気味で後輩である橘の教室に向かえば、驚きと安堵が混じったような表情を見せるクラスメイトが出迎えてくれた。
 俺の訪問の目的も分かっているのだろう、眉尻を下げて困ったように教室を振り返る。

「橘様は前の授業から姿を消していて……」
「橘くんが授業を休んだのですか?」
「は、はい。特にここ数日は毎日」

 おかしい。彼を最初に語るなら皆が真面目と口をそろえる程率直な人間なので、いくらキュウリボケしていたとしても、頻繁に授業を休む意味も理由もない筈だ。
 うーむ。なぁんか嫌な予感すんなぁ……。

「ありがとう、ちょっと探してみるよ」
「よ、よろしくお願いします!」

 俺の返事に緊張が緩んだのか、破顔して笑う橘のクラスメイトの顔には覚えがある。確か橘の親衛隊だ。
 実直な性格の者が多い親衛隊も現状の橘をもてあましていたのだろう。俺が様子を見に来たことにより生徒会が橘を見放したわけではないと安心したはずだ。
 まぁ本人は辞めるってゆーてるけど。
 橘のクラスから離れた後、背後の方でうるさいエセ関西弁が聞こえてきてギリギリエンカウントは免れたことに息をつきながら、俺は橘を探すべくまずは弓道部に向かった。



「お前はここしか居場所ないんか……」

 早速見つけた弓道部で、俺は呆れたため息を付きながら弁当を食ってる橘を覗き見る。
 一人寂しく食事をしている後ろ姿はなんだかいじめられっ子のような哀愁を漂わせていて、とてもカッパ巻きに引っ付いて楽しい学園生活を送っているようには見えない。
 てっきりあのキュウリに色ボケしているのだと思っていたが、どうやら違うらしい。妙に慣れた一人飯はむしろあいつから逃げてるように思える。

「どういうことやろ」

 しかしどのタイミングで橘に話しかけようか。
 扉からこっそり見つめていても拉致があかないのは分かっているが、この状況で何を話せばいいものか迷っていると突然電子音が鳴って肩が揺れた。
 慌てて自分のポケットを確認するが橘の携帯だったようだ。「なん?」と耳に当てて電話を受ける橘に聞き耳を立てるのもどうなのかと思いつつ凝視してしまう。
 元々無口で必要以上の会話をしない男だ。電話ではどうなのだろうか。

「やけん大丈夫だって言っとるやろ、あんま電話してこんで」

 んん?
 今何て言うたこいつ?

「は?明太子?……いや、いらんけん。俺別に食べんし……は?いや、いらんって言っとるやんか。てか、恥ずいからそういうのやめてくれん?」

 俺の存在に気付かない橘は、おそらく家族らしき親しい人物と話し込んでいるのだろう。
 迷惑そうにしてるが律儀に受け答えする後ろ姿を見ながら、俺はこっそり部室内に潜り込むと橘の後ろに座った。
 うん、気付かんもんやな。

「やけんさぁ、ここそういうところじゃないとって。庶民的なものとか持って行ったら逆に恥かくったい。……頼むけん余計なことせんで。もう切るけんな」

 最後は話途中の相手を遮って強引に通話を終わらせたようだ。
 携帯の黒い画面を見つめながら溜息を漏らす橘にすっかり親近感を覚えた俺は、ニヤけながらその様子を見つめる。
 食欲もなくなったのか、食べかけの弁当を仕舞い始めた橘は空になったペットボトルを取って――ようやく、視線に気付いて振り返った。
 瞳の中に俺の姿を映して唖然とした表情を見せる橘は新鮮だ。

「やあ、橘くん。久しぶり」

 副会長として笑みを浮かべながら手を挙げる俺に、橘は三十秒ほど固まると口を金魚のように開閉させて指をさす。

「な、ななななななな……っ」
「会長から生徒会を辞めるって聞いて、驚いたよ。理由を知りたくて探してたんだけど……教えてくれるよね?」

 首を傾げて目を細めれば、橘は絶望した表情で手を床についた。
 いやぁ、二亜が俺の関西弁聞いた時満面の笑みやった理由が今ならよぉ分かるわ。

 人の秘密知るの、めっちゃオモロいやん。


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(C)siwasu 2012.03.21


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