01


 二亜が仕事手伝ってくれるようになって日常にも余裕を取り戻しつつある日のこと。
 たまに廊下で会った五月蝿いカッパ巻きから逃げつつセクハラ委員長から逃げつつ二亜のしつこい付き合えコールから逃げていたら、逃げられない人物との遭遇を果たしてしまった。

「西崎様あぁぁぁぁぁぁ」
「…っ」

 俺は何も見ぃひんかった。うん、何も見てない。そう脳内で繰り返し言い聞かせながら踵を返し生徒会室へ向かう。
 が、幻覚はそのまま体重を乗せるように俺に突撃してくると逃がさないとばかりに腕を回した。

「西崎様今無視しましたよね?しましたよね?」
「離しなさい」
「無視って罵声を浴びせられるより傷つくの知ってます?今、僕のガラスのように脆いハートにヒビが入りましたよ?」
「今まさに貴方も私の言葉無視してますよね?」
「あっ、いたたたた、叫ぶと傷に響く…っ」
「………ええ加減にせーよ。3秒以内に離れなお前のドタマかち割って鳩の餌にすんぞ」
「やっ、やだなぁ。ちょっとしたスキンシップじゃないですかぁ。てへぺろっ☆」

 俺の低い声に焦ったように瞬時に離れる俺より遥かに低い身長のこの男は郡八恵(こおり やつえ)と言って俺の親衛隊長だ。
 十瑠と同じく男のいちゃこらを見るのが好きな腐男子というやつで、可愛い顔してる癖によく生徒の逢瀬を覗き見てはそいつらと一緒に風紀に連行されている問題児である。

「西崎様、ここ廊下なんだからあんまり素出しちゃ駄目ですよー?」
「アホか。ちゃんと周り見とるわ」

 伺うような上目遣いに冷めた視線を向ければ「僕はむしろバレて新たな萌えが生まれることを望んでますけどね!」と返ってきたので頭に拳固を落としておいた。
 こーゆーのは放置するとつけ上がるからあかん。

「で、何なんですか用って」

 後ろに生徒の気配を感じて副会長としての俺で問えば郡は思い出したかのように掌に拳を落としてまた俺に泣き付いてきた。よけたけど。

「もうあのマリモほっんと腹立つんですけど!西崎様が自分に靡かないからって『あいつが俺を避けてんのはお前等親衛隊のせいやで!』って八つ当たりしてくるんですけど!他の役員も一緒になって睨んでくるし、キーッ!思い出しただけでもムカつく…!」
「で、私にどうしろと?」
「僕の愚痴を聞いて頭撫でてください!!」
「嫌です」
「即答!?」

 わざとらしくショックを受ける郡に溜め息をつきながら俺はとりあえずこの面倒なのから逃げる算段をしていると後ろから頭に重みがかかった。振り返るとあまり見たくない顔を確認してまた溜め息をつく。
 嗚呼、厄介なんが来おった。

「何やってんだ。職員室に見積書渡しに行ったのかよ」
「…行きましたよ。それより会長、重いです。あと馴れ馴れしいです」
「お前なぁ、二人の時は二亜って呼「あー!あー!あー!!」…あ?」

 ア・ホ・か!!!
 俺が言葉を遮るように大声を上げれば、不思議に思った二亜がようやく俺の前にいる郡を確認した。おそらく俺の身長が小さい郡の姿を隠していたのだろう。
 当の郡はと言うと目をしばたきさせて二亜を見ている。そして嬉しそうに表情を綻ばせると(ファンが見たら卒倒しそうだ)声にならない叫び声を上げながら俯いた。
 あかん。これは絶対バレてる。
 そんな中、二亜はそれを確認しながら気まずそうに俺に乗せていた腕をどかすとごまかすように頭を掻いた。そして俺にそっと耳打ちする。

「あー…誰だ?これ」
「俺の親衛隊長や」
「あぁ、あの噂の。おい、それよりお前…」
「こいつは知っとる」

 言えば、二亜は俺の返事に不満げな表情を見せた。

「何だよ、知ってんの俺だけじゃねーのか」
「お前にしか教えてないとか一回も言うたことないやろ」
「…ちっ」

 二亜は舌打ちだけすると面白くなさそうに郡を睨みつけた。
 ようやく復活したらしい郡は、それとは逆に二亜を期待に満ちた眼差しで見つめている。

「はじめまして皇会長。僕、西崎様の親衛隊長を務めさせて頂いてる郡八恵と言います」
「あっそ」

 いくら機嫌が悪いからといって挨拶を返すことなくそっぽを向く二亜の大人気ない行動を半眼で睨みつける。
 けれど郡は気にした様子なく、むしろ大きい眼を更に見開いて鼻息荒く俺に、正確には俺の後ろにいる二亜に近付いた。

「あの、不躾な質問をお許し頂きたいのですが、皇会長は西崎様の本来の話し方をご存知で…?」
「だったら何か文句でもあんのかよ」

 気に入らない質問だったのか、二亜が口悪く返事をする。
 流石にそれはないやろ、と俺は二亜に注意するべく口を開いた時だった。


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(C)siwasu 2012.03.21


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