「よお」 俺は引き攣る頬の筋肉を必死に押さえながら扉の前に立っている男を見上げる。一層このノブを引いて視界から消し去りたかったが、後ろに風紀副委員長の姿が見えて何とか思い留まった。 「…おはようございます会長。何か御用でしょうか?」 「一緒に登校しようぜ」 真顔でサラリと述べる男に、聞こえたのか通りがかった副委員長の顔が驚きに変わった。そりゃそうだろう。俺達の関係は周囲に不仲と認識されている程にはつんけんしている。 次は頭か、と朝から痛みに苛立ちを覚えていると急かされる様に腕を掴まれ、俺は慌てて振り解くと仕方なく部屋を出て隣についた。 「お前、何考えとんねん」 エレベーターで二人きりになってから二亜を遠慮なく睨みつけるも、素知らぬ体を装う姿にそのまま膝裏を蹴り上げる。 しかし予想していたのか踏ん張る力に思わず舌打ちが出た。 「余計なことすんな、アホ。誤解されたらどうすんねん」 「誤解して欲しいから迎えに来たんだろうが」 「はぁっ!?誰がんなこと…っ」 頼んだ、と続けようとして1階に到着したらしくゆっくりと開くエレベーターの扉に口を閉ざす。 そして俺達に気付いたロビーに見える幾人かの生徒に優しく微笑みかけると、所々で黄色い悲鳴が上がった。 「おっ、おはようございます、西崎様!」 「おはよう。今日もよろしくね」 「あ、あの、西崎様!今日も業務頑張ってくださいっ!」 「うん、ありがとう。君も頑張ってね」 俺は声を掛けられるままに返事を繰り返していると、知らずに歩く速度が落ちていたらしい。「遅ぇ」と二亜に腕を引かれる。 引きずられそうになるのを何とか追い付くことで防げば、後ろからは案の定疑問の声とざわめきが上がった。 「あれ…何で会長様が西崎様と…?」 「あの二人仲悪いんじゃ…」 背後で繰り広げられる言葉を耳にしながら、俺はこめかみに浮かびそうになる青筋を抑えつつ腕を払うと二亜から距離を取る。 「もうちょっとこっち来いよ」 「遠慮しておきます」 「昨日と雰囲気が全然違うな」 「話し掛けないでください、馬鹿が移ります」 さりげなく近寄る肩にこちらも負けじと幅を開ける。 そのまま斜め前方に向かいつつようやく生徒会室に入れば、俺は振り向き翳す拳を二亜に向かって叩き込んだ。 残念ながら受け止められてしまったが。 「っと、猟奇的な恋人を持つと大変だな」 「だ、れ、が、恋人や!!」 怒りのまま噛み付くように顔を近付けるが、何を勘違いしたのか合わさる唇に勢い良く背を逸らす。 こいつ、やっぱり油断出来ん。 「じゃれ合うのもいいけどよ、先に仕事終わらせよーぜ」 しかし次はどこを攻撃しようかと相手の体を見定めていれば、そんな真っ当な言葉が降ってきて脱力してしまう。 「…お前にだけは言われたないわ」 悔し紛れに呟きながら、入口に置いてある机から書類の束を取り席に向かう二亜に続くと、俺は昨日からまた増えた書類を渋々手に取った。 「あれ?」 その時感じた違和感に束を見れば、最近の中では相当少ない。 そのまま二亜の机に視線を向けると俺の倍以上ある書類を積み重ねていた。 「二亜?」 「お前は副会長の仕事だけしてろ。後は俺がやる」 意図を察したらしく書類から視線を外さず返ってきた言葉に思わず喉がなる。 それから流れる沈黙に、俺は耐え切れず必要はないと思いつつも礼の言葉を口にした。 「あー、ありが…」 「今までよく頑張ったな、一星。悪かった。他の役員もそのうち戻ってくるよう言っておく」 「…っ」 思わず胸が高鳴ったのは嘘だと思いたい。 振り払うように急いで自分の席につきながら、俺は単純ながら二亜への見解を改めようと思った。 「おい一星、先に珈琲出せ。ブラックな」 …前言撤回。 偉そうな俺様に変わりはなかったようだ。 end. [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |