06


   *****


 ふと、目を開いて覚醒した頭に疑問符を浮かべる。
 けれどすぐに納得して、ベッドで一緒に横になりながら、俺を見つめる深い緑色の瞳に微笑んだ。
 自然に愛された森のような、優しい色。

「――俺は、お前に最初から、佐藤の影を見ていたのかもしれない」

 恋人の頬に触れて、その柔らかい体毛を優しく撫でる。

「でも、お前のことが好きだって気持ちも、嘘じゃないんだ」

 それは、その気持ちだけは、本物だった。
 好きで、苦しいほど好きで、痛いほど好きで、辛いほど好きだった。どうしようもなく好きだった。
 何も言わない恋人は、ただ優しい瞳だけを俺に向ける。
 だから、気付いてしまった。

「俺は、佐藤のことが好き。お前が――お前も佐藤だって言うのなら、俺は、全部の〈佐藤〉が好きなんだ」

 頬に触れた俺の手に、重ねるように恋人の優しい掌が置かれる。
 佐藤とは違う温度。
 人とは違う、熱い温もり。
 俺は胸が締め付けられて、苦しさに瞳を閉じた。瞼の奥からこぼれる涙が止まらなくて、あふれ出す。
 覚悟を決めて瞼を開ければ、恋人の目はどこまでも愛しさに満ちていた。
 俺は子供のように駄々をこねて首を振る。

「いや、いやだ。俺は、佐藤が、お前が好きなんだ。好きだから――っ」

 どこにも、行かないでくれ。

 言いたかった言葉は、最後まで告げられず、嗚咽となって零れ落ちた。
 ――分かっていた。
 こいつが何故あの日裏庭にいたのか。何故俺の所へ訪れたのか。何故俺を愛してくれたのか。
 何故真夜中だけゴリラになるのか、何故ゴリラだったのか。
 誰よりも力強く勇ましいから繊細で、相手の気持ちを理解しようと一生懸命だから臆病で、優しさで守りたいものがあって、愛しさで触れたいものがある。
 だからお前はあいつと遠いようで近い、そんな優しい獣。
 それが、佐藤なんだろう。

「――っ」

 女々しく泣く俺の目元に太い、人間とは全く違う大きな指が伸びてきて、そっと涙を拭った。
 優しい瞳が細められて、微笑む。
 お別れ、なんて言葉を聞かなくて済んだのは、幸いだったのかもしれない。

「せめて、朝まで一緒にいてくれ」

 俺はそう縋って、胸に飛び込んだ。
 震える腕がそっと、そっと硝子細工に触れるような優しさで背中に回る。
 抱き寄せられない代わりに、背中をあやすように撫でられる。
 いっそ、抱きつぶしてくれても良かったのに。
 俺は少しの寂しさを覚えながらも、恋人の深い愛しさに、柔らかな毛衣を濡らしながら夢に沈んだ。
 きっと朝になって、泣きはらして赤くなった俺の目を見た佐藤は、また嫉妬するのだろう。
 想像して、少し笑った。


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(C)siwasu 2012.03.21


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