***** ふと、目を開いて覚醒した頭に疑問符を浮かべる。 けれどすぐに納得して、ベッドで一緒に横になりながら、俺を見つめる深い緑色の瞳に微笑んだ。 自然に愛された森のような、優しい色。 「――俺は、お前に最初から、佐藤の影を見ていたのかもしれない」 恋人の頬に触れて、その柔らかい体毛を優しく撫でる。 「でも、お前のことが好きだって気持ちも、嘘じゃないんだ」 それは、その気持ちだけは、本物だった。 好きで、苦しいほど好きで、痛いほど好きで、辛いほど好きだった。どうしようもなく好きだった。 何も言わない恋人は、ただ優しい瞳だけを俺に向ける。 だから、気付いてしまった。 「俺は、佐藤のことが好き。お前が――お前も佐藤だって言うのなら、俺は、全部の〈佐藤〉が好きなんだ」 頬に触れた俺の手に、重ねるように恋人の優しい掌が置かれる。 佐藤とは違う温度。 人とは違う、熱い温もり。 俺は胸が締め付けられて、苦しさに瞳を閉じた。瞼の奥からこぼれる涙が止まらなくて、あふれ出す。 覚悟を決めて瞼を開ければ、恋人の目はどこまでも愛しさに満ちていた。 俺は子供のように駄々をこねて首を振る。 「いや、いやだ。俺は、佐藤が、お前が好きなんだ。好きだから――っ」 どこにも、行かないでくれ。 言いたかった言葉は、最後まで告げられず、嗚咽となって零れ落ちた。 ――分かっていた。 こいつが何故あの日裏庭にいたのか。何故俺の所へ訪れたのか。何故俺を愛してくれたのか。 何故真夜中だけゴリラになるのか、何故ゴリラだったのか。 誰よりも力強く勇ましいから繊細で、相手の気持ちを理解しようと一生懸命だから臆病で、優しさで守りたいものがあって、愛しさで触れたいものがある。 だからお前はあいつと遠いようで近い、そんな優しい獣。 それが、佐藤なんだろう。 「――っ」 女々しく泣く俺の目元に太い、人間とは全く違う大きな指が伸びてきて、そっと涙を拭った。 優しい瞳が細められて、微笑む。 お別れ、なんて言葉を聞かなくて済んだのは、幸いだったのかもしれない。 「せめて、朝まで一緒にいてくれ」 俺はそう縋って、胸に飛び込んだ。 震える腕がそっと、そっと硝子細工に触れるような優しさで背中に回る。 抱き寄せられない代わりに、背中をあやすように撫でられる。 いっそ、抱きつぶしてくれても良かったのに。 俺は少しの寂しさを覚えながらも、恋人の深い愛しさに、柔らかな毛衣を濡らしながら夢に沈んだ。 きっと朝になって、泣きはらして赤くなった俺の目を見た佐藤は、また嫉妬するのだろう。 想像して、少し笑った。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |