〈十〉 青紫の優しい花が、風に揺れている。 「これでいいのか?」 「うん、ありがとう」 昔のように庭園の世話をするようになった俺は、花の植え替えを手伝いながら、思い出深いネモフィラに視線を向けた。 「俺も部屋で花、育てようかなぁ」 何だか情緒を感じて呟けば、佐藤に睨まれる。 「別にいいけど、ネモフィラだけは反対」 「なんでだよ」 「浮気されてるような気分になるから」 いや、その浮気相手、結局はお前なんだけど。 半眼で見つめれば、ぶすっと唇を尖らせた佐藤がそっぽを向いた。 すっかり表情豊かになったと思うが、今でも生徒会役員や風紀委員からは何を考えているのか分からないと言われているので、こいつが変わったんじゃなく、俺が気付けるようになったのだろう。 俺は呆れるようにため息を吐いて、ふと思い出した。 佐藤の横にしゃがみ込んで、恨みがましげに睨みつける。 「そういやお前、なんで俺のことが好きなのに告白を無視したんだよ」 「え?」 不思議そうに首を傾げる佐藤に、俺は眉を潜めながら唇を尖らせる。 「俺は、ここで『佐藤のことが好き』って告白したぞ」 その言葉に、目を丸くさせた佐藤が、困ったように口元に手を置きながら考えて――あ、と声を上げた。 「もしかして、俺が珈琲は砂糖多めが好きか聞いたら頷いてた時のやつ?」 「う、ううん? そうだったかな」 なんせ告白するって決めて意気込んでいたから、それ以前に何の話をしていたかまではあまり覚えていない。 とりとめもない、いつもの雑談だったことは覚えているが。 「あれ、俺が恭平のこと好きすぎて『佐藤のことが好き』って聞き間違えたと思ってたから『砂糖のことが好き』って意味だと」 「…………は?」 固まること数十秒。 俺の一世一代の告白は、佐藤の中でいつの間にか砂糖にすり替わっていたらしい。 「しかも、その後俺は無糖派って言ったら翌日から急に冷たくなるから、てっきり甘党な恭平の怒りを買ったんだと思ってお詫びにケーキ持っていったら余計怒るし」 「当たり前だ、俺は甘いものが苦手なんだよ……つか、あれって嫌がらせだと思ってたぞ」 「俺が恭平のこと見るとすごく怒るし、目を合わせちゃいけないのかと思って、いつも会う度に視線を合わせないようにって、遠くを見るようにしてた。本当はいっぱい見つめ続けてたかったけど」 「な……」 俺は唇を震わせると、泣きそうになる瞳を両手で隠して俯いた。 佐藤の視線が痛い。 「なんか俺たち――盛大なすれ違いしてたみたいだね」 俺も同じ言葉を今、胸中で呟いていたところだ。 情けなくて恥ずかしくて、耳まで真っ赤にさせた俺の後頭部に、佐藤が触れるだけの口付けを落とす。 「ねぇ、もう一回告白してよ、ここで。――次は絶対間違えないから」 優しい声が、頭上から降ってくる。 それはまた一から始めようと言ってくれてるようで。 「――す、好き。俺は、佐藤のことが……好き」 「俺も、恭平のことが大好き」 顔を覆ったまま呟くように吐き出した告白は、両手を取って握りしめる恭平の笑顔で、ようやく報われた。 あれから真夜中の恋人は、姿を見せなくなった。 泊まりに来た時、こっそり朝まで起きて様子をみたりもしたのだが、どうやらもうゴリラになることはないらしい。 けれど、数か月に一回、真夜中に窓が揺れる時は、何故か決まって花が置かれていた。 青く可憐な、優しい花。 それが例えアイツじゃなかったとしても、俺は小さなその花にそっと口付けを落として、同じだけど違う恋人のことをいつも想う。 真夜中はゴリラが恋人。 そんな不思議で甘酸っぱい想い出は、これからも俺の胸で燻り続けているのだろう。 (了) [ ←back|title|next× ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |