03


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 朝練に励む生徒たちの、勢いある声が聞こえる。
 俺は朝食も取らず校舎に走ると、中庭を抜けて生徒会室と反対方向に急いだ。部活動に賑やかな運動場を抜け、弓道場の裏に回れば、香りが鼻をくすぐって引き攣る。

「っ、まだ来てないか」

 小さな庭園に広がる花畑に、まだ目的の人物が来ていないことを確認して、俺は荒くなった呼吸を整えた。
 胸中では馬鹿らしい、と思いながらも拭えない不安は、どうしようもなく焦燥感を駆り立てられる。
 このまま待っていてもいいが、せめて一度生徒会室に鞄を置きに行こう。俺は冷静になりながら踵を返した所で、弓道場の角から人影が見えて息を呑んだ。

「蓮見?」

 俺が庭園にいることが意外だったのか、目を丸くさせる佐藤に大股で近付くと肩を抱き寄せる。

「おはよ、う?」
「おう、おはよう」

 挨拶を適当に返しながら背を伸ばすと、後頭部に触れて頭を撫でるように目的のものを探した。
 佐藤が、毎朝髪をまとめないまま庭園に直接くることは知っていた。
 校舎に戻ると、教師や風紀委員達に髪を束ねろと注意されるので、確認するならこのタイミングがいいと思ったのだ。

「悪いけど、もうちょっとかがんで」

 身長は佐藤の方が高いので、抱き寄せた肩に体重を乗せてしゃがませる。

「あ、あの、蓮見……何?」

 佐藤は困惑したような瞳で俺を見上げるが、それに返事はせず、癖の入った髪をかき分けて――俺は、ヘアピンを乱暴に引き抜いた。

「痛っ」

 一緒に髪が何本か抜けたようで、ヘアピンに絡まる毛に悪い、と謝罪する。
 手の中にある、小さな星のパーツが三つ並んだヘアピンの裏には、見覚えのある文字が書かれていた。

 信じたくなかった。嘘であってほしかった。

 ぐっと握り込んで俯く俺に、佐藤は怪訝そうな表情を見せながら俺の手元を見て、ぼんやりと庭園に視線を向ける。

「それ、蓮見の?」
「…………」

 返事はしなかった。したくなかった。

 佐藤は大きくため息を吐いて、頭を掻く。こいつが考えていることは、いつも何も分からない。
 けれど、少なくともアイツは、俺を誑かすような奴じゃない。

「……昔は、よくここに来てたのにね」

 その目は過去を懐かしんでいるのか、何も考えてないのか、やはり俺には分からなかった。

「別に。来る必要がないだけだ」
「昔だってなかった癖に」

 責めるような物言いに、俺は思わず叫びそうになった声を抑え込む。
 ここに来ていたのは、お前がいたからだ。
 お前に会いたくて、少しでも時間を共有したくて、俺を見て欲しくて、俺に話しかけて欲しくて、だからこの庭園に足繁く通っていたんだ。

 ここで振り絞った告白は、こいつの中ではなかったことになっているのかもしれないが、俺にとって庭園は失恋の場所だった。そんな辛い思い出に、進んで訪れる奴はいないだろう。
 叶わぬ恋だと分かって、それでも心は振り回されて、乱されて――ずっと諦めきれなかった気持ちは、新しい恋でようやく消化されるものだと思っていた。
 なのに、結局俺はお前から逃れることが出来ないのか。

「ずっと俺を振り回して、お前は何がしたいんだよ」
「え?」

 不思議そうに見つめる瞳に影は見えない。
 俺は、自嘲気味に笑って庭園に視線を向けた。一角に、見覚えのある青い花が可憐に咲いていて、唇を噛みしめる。

「お前、いつも夜は何してんだ?」

 確認のつもりで聞いた質問は、佐藤の中で意味を理解できなかったらしい。困ったように疑問を浮かべて、口を開く。

「花も寝るから……俺も、寝てる」
「あっ、そう」

 予想していた返事だった。
 おそらく、佐藤に夜の記憶はない。あれば、例え何を考えているか分からない男でも多少の変化が見られるだろうし、花のことしか考えていない不器用な男が、しらを切るような計算高さを持ち合わせているとは到底思えなかった。
 アイツと佐藤は同じだが、違う。

 だったら、俺が選ぶ相手は決まっていた。

「昔はよくここで話したよね」

 寂しそうにぽつりとこぼす佐藤に、俺は小さく舌打ちした。

「今と昔じゃもう、違うんだよ」

 そう言えば、何を考えているのか分からない表情を見せる佐藤が小さく頷く。
 そして、そのまま遠くを見つめてぼんやりし始める姿を尻目に、俺は無言で庭園を離れて校舎に戻った。
 背中に少しの未練と罪悪感が訪れて足取りは重いが、振り返ることはない。

 お前のこと、本当に好きだったよ。
 胸中で呟いて、ツキリと傷んだ胸に蓋をした。


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(C)siwasu 2012.03.21


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