01


〈六〉


「やっと終わったぁ」

 大げさに息を吐きながら、書類一つない机にダイブする藤島に、俺たちも一緒になって肩の力を抜いた。
 無事体育祭の準備も終わり、文化祭の予算も全て一から書かせて風紀委員会や実行委員、教師への提出もチェックも済ませ、地獄のような会議をこなした放課後。
 一先ず生徒会役員の大きな仕事は終わり、全員安堵したように息をついた。相澤が用意してくれた紅茶を飲みながら、軽口を叩き合って一時の休息を楽しむ。
 しかし、その穏やかな時間はノックと共に荒々しい男が舞い込んでくることで霧散した。全員半眼を向けるが、本人は全く気付いていない。

「蓮見恭平はいるか!」
「何でお前、いつもいつもフルネームで呼ぶんだよ。武士か」
「だから猫じゃな……っい、いや、今のは失言だ忘れろ!」

 毎回猫呼ばわりしているせいで、否定する返答が身についているのだろう。ニヤニヤと見つめていると、顔を真っ赤にさせた根子が荒々しく俺のデスクに近寄ってきた。

「お前、明日のこと忘れてないだろうな」
「明日?」
「午前中から公休を取って委員長と企業訪問する予定だろう!」
「あ、あー……あぁ、そういえば」

 最近学内活動が盛んなせいですっかり忘れていた。

 この学園の活動資金は、在学生の出資もそうだがOBによる融資が多くを占めている。
 融資への返済は、金銭的な面もそうだが、特にその企業にとって有益な卒業生を推薦するか、あるいは半ば強制的な引き抜きを黙認することによって温情をもらっていた。
 勿論、基本的には大学に進学して問題なく卒業することが条件だが、高校卒業と同時に就職先が確約されているのは有り難い話でもある。しかも高卒でもいいからすぐに来て欲しい、と声をかける企業もあるそうだ。

 育ちも良く教育の行き届いたこの学園内で、生徒会長を務める俺と風紀委員長を務める佐藤なんかは特に声がかかりやすい。場合によっては、企業同士の大岡裁きもどきが始まることもある。
 しかし、それは企業同士のトラブルにも繋がるため、学園側は委員会や重要な職務に就く役員を定期的に企業訪問させることで、本当にその人物が企業にとって必要か見極める機会を用意していた。

 実際入って上司と馬が合わなかったり、自分のスキルが発揮されないこともあったりするらしいので、こちらとしてもありがたい話なのだが、親の会社を継ぐ以外この企業訪問から就職先を選ばなければいけないという半強制的な威圧は、人によって苦痛を感じることもあるだろう。
 まぁ、俺は楽してでかい会社に入れるのなら喜んで企業訪問させてもらうが。将来安泰にこしたことはない。

 佐藤も確か次男なので、実家を継ぐことはないと言っていたはずだ。出来れば同じ会社に就職出来たらなぁ……なんて妄想が一瞬過ぎって頭を振った。
 馬鹿馬鹿しい。

「今日は訪問先の資料を教師から受け取ったお前が来るはずだ、と委員長が首を長くして待っているぞ! あまりに遅いので迎えに来てみれば、何を悠長に茶など啜っているのだ!」
「スマン忘れてた」

 そういえば一昨日ぐらいにそんな話を聞いた気がする。
 前倒しだとばかりに文化祭の予算案を急かし始めた小林に、俺もとばっちりを受けて悲鳴をあげながら処理していたので、企業訪問のことは完全に頭から吹き飛んでいた。
 まぁ、おかげで夏休みは学生らしく遊べそうなので感謝しているが。
 素直に謝罪したのに、顔を真っ赤にさせて怒った根子はデスクを叩き付けて睨みつけてくる。

「今すぐ資料を持って風紀委員室に来い! 折角用意した茶菓子も無駄になったではないか! くそ、これだから生徒会役員は……」

 そうか。お前、茶菓子を用意して待っててくれてたのか。それは悪いことをした。
 俺のことが気に喰わないはずなのに、妙な所で優しい根子は、なんだかんだ乱暴だが憎めないやつだ。

 冷たい佐藤と顔を合わせなければならない憂鬱さから逃避するように、俺は根子を優しい眼差しで見つめる。
 すると、何故か「気持ち悪い目で見るな、性欲魔人!」とドン引かれてしまった。誤解だ。俺はお前を性的な目で見ていたわけじゃないぞ。
 だから他の役員も腰を引くな、顔をひきつらせてこっちを見るんじゃない。

 逃げるように去っていった根子の後ろ姿を見送りながら、俺は椅子に深く座り直して大きくため息をついた。
 まだ業務に追われている時のほうが悩みはなかったように感じる。
 今年は親の会社を継ぐような立場の役職持ちが多いため、企業訪問はおそらく俺と佐藤の二人だけだろう。
 気まずさに全く足が動かずデスクに突っ伏していると、相澤がそっと新しい紅茶を用意してくれたので礼を言う。

 あれからゴリラが部屋に来なくなって二週間経つ。
 どうやって仲直りしていいか分からず、こちらから電話をかけることも躊躇われて、俺はすっかり謝罪の機会を逃していた。
 このまま会えなかったらどうしよう。考えれば考えるほど気分は落ち込んでくる。
 きっと、俺が佐藤とゴリラを比べるような発言をしたのがいけなかったんだろう。ゴリラだってプライドぐらいは持っているはずだ。

 気付けば佐藤に会いに行く気まずさよりもゴリラのことを考えていて、根子から怒りの内線が飛んで来るのはそれから三十分後のことだった。


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(C)siwasu 2012.03.21


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