03


   *****


「なぁ、お前どっから来てんだよ」

 食後のゼリーを美味しそうに味わうゴリラに声をかけるも、勿論言葉の話せない相手から欲しい答えなんて返ってくるはずもない。
 大きめの皿に移し替えたおかげで食べやすくなったゼリーは、最近お気に入りのようだ。傷もすっかり癒え、心配だった楠も業者が綺麗に手入れしてくれたらしい。
 苦情を入れても無視されていたのに、今更になって「ついでだから伸びきった枝も剪定しましょうか?」と寮長に聞かれたが、昔とは違い今はゴリラが部屋に来る為の手段となっている為、俺は曖昧な返事で誤魔化すことしか出来なかった。
 すっきりした裏庭は折角なので、と各委員会が活用方法を考えているらしい。頼むから虫が寄り付かない活用方法にしてくれ。
 飼育小屋は勿論のことだが却下しておいた。

「いいよな、お前は。悩みなんかなさそうで」

 今日も申請書や企画書などを片付けていると、帰宅する頃にはすっかり日が暮れていた。
 俺は凝り固まった肩をほぐしながら、ため息とともに愚痴をこぼす。
 気付いたゴリラが、視線だけ上げて俺を見た。

「会計の仕事は全く終わらねえし――まぁ、あれはどう考えても一人でする量じゃねぇの分かるけど」

 そう言えば明日までに提出しなければならない申請書があることを思い出した。考えれば考える程憂鬱だ。

「今度の会議では、文化祭の予算大幅に削られた委員会のやっかみを受けるの分かってるし、次の選挙の準備も進んでねえし。夏休みの部活動申請だって処理できてねえし……佐藤はあれからずっと冷たいし」

 自分で言って悲しくなってきた。思わず語尾も小さくなっていく。
 あれから、佐藤は俺に対してどこかよそよそしい態度を見せてきた。
 今までは、どちらかと言えば俺のほうがつい憎まれ口を叩いて佐藤を困らせていたのに、最近では他の役員伝いに用件を済ませようとしてくるし、話しかけても曖昧な反応しか返ってこない。一歩距離を置かれているような気がする。
 俺も俺で、そんな佐藤に余計当たりのきつい言い方をしてしまうし、悪循環にも程がある。

 はじめに距離をおいたのは俺の方なのに、こうして向こうから距離を置かれると、勝手に傷ついて落ち込んでしまう。
 あいつが、少なくとも俺を友人だと思ってくれていたのなら、俺が離れた時もこんな風に悩んでくれていたのだろうか。

「いや、あいつだって人間なんだから、少しは傷ついたり悩んだりするよな……というかそうであって欲しい」

 じゃないとこの気持が不毛過ぎる。
 机に突っ伏してあーだこーだ女々しくしていると、ゼリーを食べ終えたゴリラが近付いて覗き込んできたので、頭を撫でてやる。
 嬉しそうに目を細めるゴリラに、つい俺も顔がほころんだ。

「佐藤がお前ぐらい感情表現豊かだったらなぁ」

 だったら少しはあいつの気持ちが分かったかもしれないし、俺もあんなに冷たい態度を取ることもなかったかもしれない。
 と、いうかゴリラより気持ちが分かりにくい佐藤ってなんなんだ。

「一層お前と佐藤が逆なら良かったのに……」

 そう呟いた所で、ゴリラは撫でられていた手をそっと離すと、立ち上がって俺を見下ろした。

「な、なに」

 身長もそうだが、体格がしっかりしている分、目の前で見下されると威圧感を覚える。
 いつもの穏やかな空気はなく、どうやら怒っているようで、俺は戸惑いながらゴリラを見上げて固まった。
 口を三角に尖らせて眉間にしわを寄せたゴリラは、黙ったままの俺をしばらく見つめ続けて「コッコッコッ」と鳴くと踵を返す。
 慌てて後を追うが、リビングにあるいつものソファーに見向きもせず、そのまま窓枠に手をかけて出ていこうとするゴリラに、やっぱり怒ってるんだと確信する。

「な、なぁ待てよ」

 呼び止めるもゴリラは俺を一瞥しただけで、窓を開くと躊躇いもなく枝に飛び移りあっさりと部屋を去っていった。

「ま、まじか……」

 まさか、怒って出て行ってしまうなんて思わなかった。
 残された俺は、呆気にとられたまま窓から入ってくる心地いい風を受け止めて立ち尽くす。

 それはゴリラと俺の、初めての喧嘩だった。


[ ←backtitlenext→ ]


>> index
(C)siwasu 2012.03.21


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -