01


 マオとシスはついに魔王を討伐――出来なかった。
 魔王を倒すために旅をしてきた勇者こそが魔王だと、誰が思うだろうか。
 いや、実際に思い当たる節はいくらでもあった。
 極悪非道、倫理人道とは程遠い人間性に加えて、守銭奴のサディスト。他の冒険者がいれば、勇者には相応しくないマオという存在を訝しんだはずだ。
 だが、彼と苦楽を共にし、旅を続けてきた仲間はシス一人。
 勇者に心酔する生粋の勇者オタクである彼にとって、神殿に現れた勇者が勇者ではない、という可能性は、考えられないものだった。そんな彼による、文字通り身を削った献身的な奉仕は実を結ぶこととなる。
 本来なら魔王として世界を支配するはずのマオは、本物の勇者を返り討ちにしたあと、シスと共にいたいという想いのみで和解案を提示した。
 とばっちりを受けたイサムを除くと、ハッピーエンドと言えるだろう。
 ちなみに、勇者を倒したのだから、わざわざ和解案を提示せずとも、シスを無理矢理自分のものにすることは可能だった。
 それでも彼の気持ちを尊重して、自分が嫌われないためにその選択を選んだ溺愛っぷりは、まだ本人に気付かれていない。
 シスは、おそらく自分が好意を示したからマオも受け入れてくれた、程度にしか考えていない。想いが通じ合ったとはいえ、まだ彼の好意を肉欲からくるものだと思っているのだ。
 だがそれはそれ、これはこれ。
 結ばれたのなら、体を繋げたいと求めるのは、体から始まった関係としては不自然ではない。

「城の中ではここが一番豪華だったから、僕が掃除して寝室に使ってたけど……」

 ところ変わって魔王城の最上階。
 扉を開けて案内するイサムの後ろで、室内を見たマオが思わずジト目になる。

「どう考えても魔王の部屋だろ、これ。よくこんなところで眠れたな」
「なんと、おどろおどろしい……」

 黒、黒、黒。ところどころ深紅。
 全体を黒と赤で染め上げた陰鬱な室内に、二人はその趣味の悪さから入室をためらっていた。

「これでもここが一番マトモだったんだよ! 他の部屋は骨が転がってたり、ボロボロだったり、ヤバそうな標本ばっかりだったし……」
「まぁ、百歩譲ってビジュアル系……いや、ゴシック調だと思えば……やっぱ無理だ、俺の趣味じゃねえ」
「もうここは君の城なんだから、後でいくらでも改装すればいいんじゃないかな」

 苦虫をみ潰したような表情を見せるマオに、心底どうでもいいと言いたげなイサムの言葉が投げられる。
 それが気に食わなかったのか、マオはイサムの背中を蹴って転がったところを踏みつけた。

「豚が俺に意見してんじゃねーぞ」
「ぐべっ」
「マオ!」

 マオに抱えられているシスの体重が合わさって、その重みに苦し気な声をあげるイサム。
 シスは慌ててマオから飛び降りると、鋭い視線で睨みつけた。

「……わかったよ。豚、もういいから失せろ」

 シスの目に気圧されて、マオは仕方なくイサムを開放する。
 かさかさと、虫のような動きでマオから離れたイサムは、立ち上がって廊下に飛び出した。
 逃げるなら今だ、と考えたのだ。

「い、言われなくたって……ッな、なにぃ!?」

 イサムは、この隙に城から逃亡するつもりだった。
 奴隷扱いされるのが分かっていて、監視の目がないのに大人しく待つ馬鹿はいないだろう。
 このままセドリアに向かい「魔王が王子を監禁し、凌辱している」と伝えるつもりだった。
 話を聞けば、すぐに国王は魔王城へ攻め込むに違いない。
 その間に自分もレベルを上げ、次こそマオを倒す。
 しかし、そんな考えは、残念ながら突然現れた三匹の蜥蜴によって阻まれた。
 廊下を走っていたイサムの足を、待ち伏せしていたロープで引っかけ、倒れたところをいそいそと縛り始める。

「魔物か!?」

 あっという間に身動きできなくなったイサムを見て、シスは腰の剣に手をかけた。それをマオが制止する。

「豚に負けて、地下牢にいるらしい手下の分身だ。右から五号、四号、二号」
「っ、よく見ればサラドゥーナじゃないか! 七つある尻尾には意思があると聞く。……初めて遭遇したが、想像よりも愛らしい見目をしているな」

 シスの言葉に威嚇を見せるも、マオの視線に気付き頭を下げる小さな蜥蜴たち。マオはそれを見下ろしながら口を動かすが、シスに声は届かない。
 魔物は音ではなく特殊な魔力で言葉を交わしているらしい。文献で見たことがある。勿論、人間や動物のように音を発しても伝わるそうだが、意味はない。
 過去にプラントーブと会話が出来ていたのも、マオが魔物特有の魔力を扱えるからだろう。
 ようやくあの時の疑問に答えが出る。
 マオが口を閉ざすと、蜥蜴たちは恭しく一礼する。そして、小さい体のどこにそんな力があるのか、イサムを持ちあげると、廊下の向こうへと去ってしまった。

「ど、どこに連れて行く気だ」
「多分、地下牢じゃね?」
「なっ、まさか魔物たちが報復を……」
「俺の奴隷って伝えてあるから、酷いことにはならねえだろ」

 心配する姿に、不機嫌な顔を隠しもせず冷たく言い放つマオ。


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(C)siwasu 2012.03.21


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