マオとシスはついに魔王を討伐――出来なかった。 魔王を倒すために旅をしてきた勇者こそが魔王だと、誰が思うだろうか。 いや、実際に思い当たる節はいくらでもあった。 極悪非道、倫理人道とは程遠い人間性に加えて、守銭奴のサディスト。他の冒険者がいれば、勇者には相応しくないマオという存在を訝しんだはずだ。 だが、彼と苦楽を共にし、旅を続けてきた仲間はシス一人。 勇者に心酔する生粋の勇者オタクである彼にとって、神殿に現れた勇者が勇者ではない、という可能性は、考えられないものだった。そんな彼による、文字通り身を削った献身的な奉仕は実を結ぶこととなる。 本来なら魔王として世界を支配するはずのマオは、本物の勇者を返り討ちにしたあと、シスと共にいたいという想いのみで和解案を提示した。 とばっちりを受けたイサムを除くと、ハッピーエンドと言えるだろう。 ちなみに、勇者を倒したのだから、わざわざ和解案を提示せずとも、シスを無理矢理自分のものにすることは可能だった。 それでも彼の気持ちを尊重して、自分が嫌われないためにその選択を選んだ溺愛っぷりは、まだ本人に気付かれていない。 シスは、おそらく自分が好意を示したからマオも受け入れてくれた、程度にしか考えていない。想いが通じ合ったとはいえ、まだ彼の好意を肉欲からくるものだと思っているのだ。 だがそれはそれ、これはこれ。 結ばれたのなら、体を繋げたいと求めるのは、体から始まった関係としては不自然ではない。 「城の中ではここが一番豪華だったから、僕が掃除して寝室に使ってたけど……」 ところ変わって魔王城の最上階。 扉を開けて案内するイサムの後ろで、室内を見たマオが思わずジト目になる。 「どう考えても魔王の部屋だろ、これ。よくこんなところで眠れたな」 「なんと、おどろおどろしい……」 黒、黒、黒。ところどころ深紅。 全体を黒と赤で染め上げた陰鬱な室内に、二人はその趣味の悪さから入室をためらっていた。 「これでもここが一番マトモだったんだよ! 他の部屋は骨が転がってたり、ボロボロだったり、ヤバそうな標本ばっかりだったし……」 「まぁ、百歩譲ってビジュアル系……いや、ゴシック調だと思えば……やっぱ無理だ、俺の趣味じゃねえ」 「もうここは君の城なんだから、後でいくらでも改装すればいいんじゃないかな」 苦虫をみ潰したような表情を見せるマオに、心底どうでもいいと言いたげなイサムの言葉が投げられる。 それが気に食わなかったのか、マオはイサムの背中を蹴って転がったところを踏みつけた。 「豚が俺に意見してんじゃねーぞ」 「ぐべっ」 「マオ!」 マオに抱えられているシスの体重が合わさって、その重みに苦し気な声をあげるイサム。 シスは慌ててマオから飛び降りると、鋭い視線で睨みつけた。 「……わかったよ。豚、もういいから失せろ」 シスの目に気圧されて、マオは仕方なくイサムを開放する。 かさかさと、虫のような動きでマオから離れたイサムは、立ち上がって廊下に飛び出した。 逃げるなら今だ、と考えたのだ。 「い、言われなくたって……ッな、なにぃ!?」 イサムは、この隙に城から逃亡するつもりだった。 奴隷扱いされるのが分かっていて、監視の目がないのに大人しく待つ馬鹿はいないだろう。 このままセドリアに向かい「魔王が王子を監禁し、凌辱している」と伝えるつもりだった。 話を聞けば、すぐに国王は魔王城へ攻め込むに違いない。 その間に自分もレベルを上げ、次こそマオを倒す。 しかし、そんな考えは、残念ながら突然現れた三匹の蜥蜴によって阻まれた。 廊下を走っていたイサムの足を、待ち伏せしていたロープで引っかけ、倒れたところをいそいそと縛り始める。 「魔物か!?」 あっという間に身動きできなくなったイサムを見て、シスは腰の剣に手をかけた。それをマオが制止する。 「豚に負けて、地下牢にいるらしい手下の分身だ。右から五号、四号、二号」 「っ、よく見ればサラドゥーナじゃないか! 七つある尻尾には意思があると聞く。……初めて遭遇したが、想像よりも愛らしい見目をしているな」 シスの言葉に威嚇を見せるも、マオの視線に気付き頭を下げる小さな蜥蜴たち。マオはそれを見下ろしながら口を動かすが、シスに声は届かない。 魔物は音ではなく特殊な魔力で言葉を交わしているらしい。文献で見たことがある。勿論、人間や動物のように音を発しても伝わるそうだが、意味はない。 過去にプラントーブと会話が出来ていたのも、マオが魔物特有の魔力を扱えるからだろう。 ようやくあの時の疑問に答えが出る。 マオが口を閉ざすと、蜥蜴たちは恭しく一礼する。そして、小さい体のどこにそんな力があるのか、イサムを持ちあげると、廊下の向こうへと去ってしまった。 「ど、どこに連れて行く気だ」 「多分、地下牢じゃね?」 「なっ、まさか魔物たちが報復を……」 「俺の奴隷って伝えてあるから、酷いことにはならねえだろ」 心配する姿に、不機嫌な顔を隠しもせず冷たく言い放つマオ。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |