「あ、無理。一回イくわ」 「は……? あっ」 ぴゅっ、びゅ〜〜っ、びゅぴゅっ。 昨夜からいつでも射精できる状況でありながら耐え続けたマオの逸物は、既に限界だったようだ。 男としては失態のみこすり半で終わった行為に、シスは何が起きたのか分からず、ぽかんと口を開いている。 射精後の賢者タイムに突入しかける自分を奮い立たせて、マオはへらりと笑った。 「今のなし」 「……え、待て。まさか今のは……達した……のか?」 「なしって言っただろ」 「なしも何もあるか! 断りもなく中で達するなど外道のすることだぞ!」 誤魔化そうとするも、シスは狼狽えながら震えている。 既に何回か済ませている以上、中出しなど今更気にすることでもないと思っていたが、意識がはっきりしているシスにとっては看過できない問題らしい。 マオはため息をつくと、仕方ないとばかりに口を開いた。 「分かったよ、じゃあこれからはガンガン中出ししていくからよろしくな」 「よろしくな、ではないっ」 「俺も流石に傷ついてんだからちょっとは優しくしろよ。ほら、また大きくなったしこのままもっかい、な?」 「ふざけるなっ!」 シスはいつもの調子で激昂すると、疲れたのか大きく息を吐いて、苦しそうに顔を歪めた。 「状況が状況なだけに許したが、まだ体調が優れない……せめて、再開は回復を待って欲しい」 言い方ひとつでこれほど業務的になるものなのか。情緒のない言葉に落ち込むも、マオは理解できず首を傾げる。 「めちゃくちゃ元気に見えるけど」 「僕のステータスを見ろ」 言われて、マオはシス個人のステータスを開いた。本来は本人しか開くことが出来ないが、他人のステータスを見るスキルを持つ彼には関係ない。 シスはマオを険しい表情で見つめている。 様々な個人情報が並ぶ中、マオはふと、ひと際数値の下がっている部分に目を止めて驚きの声をあげた。 「うっわ、魔力値すげえ下がってんじゃん」 「分かったなら休ませてくれ。貴様のせいでまた熱が上がったようだ」 「お前が勝手にギャーギャー喚いてただけじゃん。本当、口だけは死んでも動いてそうだよな」 この世界で魔力値とは生命力の値でもある。年を取るとこの数値が緩やかに下がり、老死に至るようだが、シスの数値は元の半分以下に減っていた。これは本来なら意識を失うレベルの低下であるが、流石シスと言うべきだろう。 その口減らずなところも、減ってくれていいのではないか。 マオはこちらに向けられるジト目を受け止めて、シスの中から逸物を引き抜くと、ため息をついた。 「よし、じゃあ続きは起きてから。それまではお前に手を出さない。それならいいんだろ?」 ようやく解放され、力を抜いたシスが寝袋に体重を預ける。 そして、まるで糸が切れたようにぐったりとしながら、ジト目はそのままにマオを睨みつけた。 「その言葉、忘れるな……よ」 そう言って、事切れるように浅い呼吸を繰り返しながら意識を失ったシスを見て、今度はマオがジト目となった。 「こいつ、マジで分かりにくいな。ブラック企業で過労死するまで気付かれないタイプの限界社畜かよ」 辛いなら辛いなりの態度を見せてくれと思いながら、起きないことを確認すると辺りを見回す。 予想通り、リビングスペースの隅では緑色の生物がこちらを窺っていた。近付けば、びくりと体を揺らして土下座する。 『あの、魔王様』 「ほっんと、うぜえな……死ね」 『あとで、と言われたから待ってたのにっ』 踏みつぶそうと足を持ちあげたが、蜥蜴は器用に逃げて距離を取る。マオはそれを睨みつけながら、唸るように言った。 「……俺はお前らと話すことなんてない。そもそも、俺は魔王城をぶっ潰しに行くつもりなんだからな」 その言葉に蜥蜴は何度も頷く。 『ええ、ええ。それが魔王様のお心なら従いましょう。ですが、突如魔王城の玉座に現れた謎の人間は、我々を地下牢に押し込み、毎日のように魔王はどこだと騒いでいるのです』 「玉座に現れたんならそいつが魔王じゃねえの」 『まさかっ、あんな眩しい光の魔力の持ち主が魔王様であるはずない! 禍々しい闇の魔力を持つ貴方様こそが、正真正銘、本物の魔王様でございます』 そう言って平伏す蜥蜴に、マオは閃きを過ぎらせた。 魔王城に現れた光の魔力の持ち主と、女神の祭壇に現れたどうやら魔王であるマオ。 「はーん。なるほどな。大体の状況は読めてきたぜ」 今頃魔王城で怒り狂っている相手を想像して、マオは少しだけ魔物たちに同情した。 魔王城に現れた者も、おそらく自分と同じようにここへ呼ばれたのだろう。ただし、本来の役割とは逆の場所で。 「で、お前は地下牢に閉じ込められた魔物の手下ってところか」 『尻尾だけならアヤツに見つからず、抜け出すことが可能でした。上級の魔物たちは既に皆復活しており、魔王様を探し求めております』 蜥蜴はそう言って躊躇いがちに近付くと、地面にめりこむほど頭を深く下げた。 『魔王様、どうかあの忌々しい敵を倒してくださいませ。あれを倒せるのは貴方様しかおりません。そして、その上で魔王城を壊滅させるというのなら、我々はその結末を喜んで受け入れます』 マオにとって、この魔物たちに仲間意識はない。それはセドリアにいる人間たち相手でもそうだ。 どちらが自分にとって都合がいいか。少なくとも現時点では、報酬を用意すると約束されている人間側だろう。 だが、この状況なら魔物側もこちらに利のある報酬を用意する可能性がある。ならば、魔物側の提示を聞いてから、どちらにつくか考えても遅くはない。 「事情は分かった。敵がどうであれ、どうせ魔王城には行くんだ」 そう言ってマオは蜥蜴に人差し指を突きつけた。 「だから、お前らはダライアに着くまで今後一切、俺たちの前に姿を見せるな。セドリアの地に足を踏み入れるな。分かったな」 現時点で一番厄介なのは、シスに状況を知られることだ。 バレれば怒られるどころかその場で敵にもなりかねない。 蜥蜴はマオの言葉にもう一度深く頭を下げなおして言った。 『それが命令であれば従いましょう』 これで根回しは済んだ。ダライアまでは比較的安全な旅を続けられる。慕われる姿を見られなければ、疑われることもない。 マオは指を返すと、手のひらを蜥蜴の方に差し出した。 「……で、持ってきたアイテムは?」 『テントの外に』 「よし」 テントの外に足を向け、蜥蜴の言葉通り献上品であるレアアイテムが並んでいることを確認する。そして戻ってくると、地面でこちらを見上げる蜥蜴を引っ掴んで掌に力をこめた。 『あの、魔王様、何を――ギィ……ッ』 手に黒い炎が上がり、蜥蜴は訳も分からぬまま黒い炭、そして靄へと変わっていく。 そうして手のひらを広げ、残った靄をはたき落とすと、マオは満足そうに頷いた。 「これで証拠隠滅は完了っと」 昨日の蜥蜴との会話を知っていたことを考えると、情報は繋がっているのだろう。なら、わざわざ生かして帰す必要もない。 シスにはこいつの存在を見られているのだ。また理由を付けられて周りをうろつかれてはかなわない。 マオはテントの外で並ぶアイテムを仕舞いこむと、寝室スペースに戻りシスの様子を確認する。額を触ってみると若干熱い。本人が言った通り、また熱が上がってきたのだろう。 少し考えて、自分の寝袋を重ねてかけてやると、マオはその横に寝転がって大きな欠伸を零した。 「ふぁ……俺も寝よ」 問題が片付いて落ち着いたせいか、急速に眠気が襲ってくる。 昨夜は一睡も出来なかったのだから当然だろう。 マオはそのまま午後まで眠りにつき、その日は一切起きないシスの様子を見ながら、一日を過ごした。 実は彼なりに汗を拭ってやったり、ステータスで状態を確認したり、合成した薬を飲ませてみたりしていたのだが――意識のないシスにはそんな甲斐甲斐しい看病がされていたことなど、知る由もなかった。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |