◆◇◆ 妙な音がする。 それに気付いたのは、微睡む意識の中だった。 マオは瞼を開き体を起こすと、既に暮れかけている陽を見て驚く。どうやら仮眠をとるつもりが熟睡していたようだ。 そして隣の寝袋に視線を向けて、そこに目的の人物がいないことに眉をひそめた。あの状態で回復し、一人で動けるようになったのだろうか。 そんな考えはテントの入り口を見て霧散する。 「っ」 倒れたまま地面を引きずるように移動するシスと、その足に絡んだ見覚えのある触手。プラントーブに引きずられてテントから離れようとしているシスに駆け寄ると、マオは剣で触手を叩き切った。テントの外で蠢く二 体のプラントーブは、マオを見て歓喜に震えはじめる。 『魔王様だ、魔王様だ』 『魔王様、戻ってきた』 「くそっ、なんだって急にうじゃうじゃと……」 ダライアに近付いた証拠だろう。今まで一体も現れなかった上級の魔物たちに、マオは舌打ちをこぼす。 陽は徐々に隠れ、火もつけていない周囲は闇に溶け込んでいく。 夜は魔物が活発になりやすい。 シスが魔物除けの術を施しているとはいえ、上級の魔物相手に効果がないことはあの蜥蜴で証明済みだ。 それなのに、テントを開放したまま眠ったのはまずかった。これでは襲ってくださいと言っているようなものである。 マオは剣を構えながら、足でシスを蹴り転がしテントの中へと戻す。ぐえ、と悲鳴が聞こえたが、声を出せる程度の元気はあるということだ。 それに少しの安堵を覚えていると、プラントーブたちは触手をシスの方へ伸ばしてくる。 それを切り捨てながら、マオは苛立ち混じりに言った。 「ふざけんなよ……何勝手に手ぇ出してんだ」 『お腹減った』 『それ、食べたい』 『魔王様、人間食べない、知ってる』 『僕たち、人間食べる。それ、食べる』 どうやら腹をすかせているプラントーブは、シスを捕食するつもりらしい。 うぞうぞと動く触手の大群を見ながら、マオは昨夜の出来事を思い出すと、ぎりり、と歯を食いしばった。 「くそ……くそが、ふざけんなよ。これは俺のだ。どうしても欲しいってんなら、こいつ以上のオナホを持ってこい!」 シス以上のもんなんてあるわけねえけどな。 荒げる声のままそう続けようとして、マオは固まった。 そもそも、何故シスにここまで固執するのか。元々、用済みになれば捨てるつもりだった。 いくら己の性欲を処理するアイテムとはいえ、度が超えている。 と、いうかアダルトグッズに執着する自分は流石に引く。 冷静になった方がいい。何ならシスをこいつらに渡してしまおうか。いなくなれば、案外スッキリするかもしれない。 苛立ちと戸惑いに混乱するマオを余所に、プラントーブは何か言いたげにもぞもぞと動いている。 『でもそれ、母様が印つけてる』 『もうすぐ死ぬ、だから食べる』 「……は?」 二体の言葉にマオは怪訝な表情を見せたあと、慌ててシスに振り返り、俯せで倒れている体を転がした。 苦しそうな表情と呼吸は朝からなにも変わっていない。むしろ、今朝は赤かった顔が青くなっている。 おそらく昨夜のプラントーブに毒を盛られていたのだろう。 ただの熱ではないことに気付くと、マオは解毒薬の入った瓶を取り出してシスの口に流し込む。しかし、飲む気力がないのか、口から零れるばかりで喉が動く気配はない。 マオは二体の方へ視線を向けた。 様子を窺っているだけで何もしないところを見ると、マオに危害を加えるつもりはないようだ。 やはり、マオが魔王だからか。 言葉から察するに、この二体は昨夜のプラントーブの子供たちだ。母親が盛った毒の匂いを辿り、獲物を回収しにきたのだろう。 『魔王様、それ、食べたい』 『それ死ぬ、魔王様いらない』 「んなわけねえだろ! まだヤり足りねえんだよ……っ!」 地面に拳を落としながら、マオはそう叫んで立ち上がった。そして二体のプラントーブを睨みつけると、雑木の方向を指さす。 「あそこにいる馬、あれなら持っていってもいい」 そこには二頭の馬が、落ち着きなく木の周りをウロウロとしていた。魔物の出現に興奮しているのだろう。 おそらくこの二体はシスを回収するまで粘るつもりだ。子供だからなのか、魔王様と呼ぶくせに萎縮する気配がない。自分たちの食欲に忠実だ。 もし人間の方がいいと言われたら戦闘もやむを得ない。 シスのサポートなしで、子供といえど上級の魔物二体を相手に自分の力が通用するのか分からない。 剣を構えて返事を待つ。 プラントーブたちは、シスと馬を交互に見て少し考えたあと、ゆっくりと馬の方へ移動した。 マオの提案に乗ったらしい。それぞれ暴れる馬を蔓で捕まえ抱えると、雑木の中へ消えていく。 しばらく待ってみるが、戻ってくる様子はない。マオはようやく肩の力を抜いて、地面に転がるシスを抱きおこした。 「おい、シス。生きてるか」 「う……」 「折角ランクアップしたのにアビリティも試せてねえんだぞ。死ぬなよ俺のオナホ」 「オナホ言うな……」 反論の声は聞こえてくるが、ただの条件反射だろう。目は虚ろで意識は混濁している。 マオは自分の外套でシスを包むと、抱き上げて寝袋へと運んだ。 そして川辺でもう一度水を汲んでくると、周囲を見回しながらテントを閉め、シスに水を飲ませる。 「うっ、ごほっ」 しかし、解毒薬の時と同じく上手く飲むことが出来ず、咳き込みながら吐いてしまう。 思い返してみれば、違和感はいくつかあったのだ。 いくら魔物に襲われたとはいえ、優秀な魔術師であるシスなら精神異常や体を回復する術は既にかけていたはずだ。それなのに、痺れて立ち上がることすら出来ないと言っていた。 あの時点でもう毒は回っていたのだ。 その後の抵抗を見ても、どこか覇気が無かった。あれほど頑なに貞操を守り続けていた男にしては、あまりにも呆気ない。 子供でも騙されないような嘘を信じたのも、既に意識や思考力が落ちていたのだろう。 逆に考えてみれば、おぼろげな意識の中でもあれほど口が回ったのは、流石魔術師様と言うべきか。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |