この世界において、人間の住む地とされているセドリアは、王宮のある王都を中心に貴族である領主が町を治めている。 勇者が現れてから数日。 伝令によって瞬く間に広がったマオとシスの存在は、どの町でも知らない者はいないと言われるほど、有名になっていた。 勇者が現れ、グレゴリー家の血筋を引く魔術の申し子、第三王子シスリウスが魔王討伐の旅に同行した。 何故、王族が勇者のパーティーに加わったのか。 そんな疑問や無粋な噂は様々な人の間で囁かれたが、そんな大人たちを見上げながら少年は不思議に思っていた。 目の前に答えを持つ人がいるのに、どうして直接聞かないのか、と。 「ねえ、王子さまは、なんで勇者さまと一緒に旅をしているの?」 昼下がりの表通りを歩いていたマオとシスは、近寄るなりそう言って首を傾げる少年に視線を向けた。年は七つほどだろうか。 鬱陶しいと言わんばかりに顔を歪めるマオと違い、シスは微笑みながら少年の背丈に合わせてしゃがみこむ。 近付いた美しい顔に照れたのか、慌てた少年は顔を染めて視線を逸らした。 シスは目を細めて穏やかな口調で言う。 「魔王を倒しに行くためだよ」 「なんで? なんで冒険者じゃなくて、王子さまなの?」 「それは……」 そこで虫けらを見るような目をしている勇者が、冒険者の同行を断ってシスをオナホ代わりに連行したからだ。とは、流石に言えない。 どう説明しようか。 考えるシスに、少年の父親らしき男が慌てて近寄ってきた。 少年を抱き込むと、膝をついて頭を下げる。 「も、ももも、申し訳ありませんシスリウス様!」 「構わない。顔をあげてくれ」 立ち上がるシスの言葉に、男は顔をあげてもう一度頭を下げた。 少年は、シスと父親を交互に見ながら首を傾げる。 「パパは、王子さまが勇者さまと一緒にいるのは、王族が勇者さまに取り入りたいからだ、って言ってたけど……本当なの?」 「ひっ」 慌てて少年の口を塞ぐが、時すでに遅し。 笑みを浮かべたまま固まるシスに、男の顔が蒼白になっていく。 王族と民衆の関係は、決して悪くはない。 代々親しみやすく、民の心を重んじる王族は、民衆から信頼され慕われてきた。 しかし、下世話な噂や世間話の種になるのはどうしようもない。 シスは怒りこそないものの、立場上、笑って済ませることも出来ず、曖昧な表情を浮かべた。 (兄上たちなら軽口で上手く躱すのだろうが) さて、どうしたものか。 考えるシスの横で、ため息が聞こえる。視線を向ければ、マオが呆れた顔を親子に向けていた。 「馬鹿か。取り入りたいだけの役立たずなんか、連れて行くわけねえだろ」 「じゃあ、王子さまは冒険者よりも強いの?」 マオの言葉に、男の腕の中にいる少年は疑問を投げ続ける。 焦った男が少年を叱りつけるが、子供の好奇心を殺せるはずがない。 煩わしさを隠しもしないマオは、シスを一瞥して小さく頷いた。 その反応に、少年は目を輝かせる。 「すごいなぁ! シスリウス王子はとっても強いんだね!」 少年はそう言って純粋な瞳をぶつけてきた。シスは苦笑交じりに礼を言う。 「ありがとう」 「魔王退治、がんばってね!」 「ああ」 「……なあ、もういいか?」 シスに意識が向いた少年は、まだ話したいとばかりに体を揺する。父親である男は気が気でないのか、俯いたままだ。 そんな中、早くこの場から立ち去りたいのか、マオが強引に話を区切らせた。ここで最も深く安堵の息をついたのは男だろう。 歩を進めるマオに、シスは少年と握手を交わすと、遠目にこちらを窺う様々な視線を浴びながら、その後を追う。 「鬱陶しいガキだったな」 隣に並べばマオがそう言って顔を歪める。 この男が今更そんな態度をとっても驚きはしない。シスは眉を顰めると、せめて声を潜めろと窘めた。 「あんなくだらねえ噂する奴らなんか、首でもチョン切ってやれば良いのに」 「馬鹿なことを言うな。王族として、世間話の種にされるのは仕方のないこと。それに僕たちがこうしていられるのも、民あってのものだ。身分に差はあれど、人は皆平等。その立場に驕っていれば、いつかフィリ様の加護も離れていく」 セドリアの信仰する女神フィリは愛と平等の神なのだから。 そう続けると、マオは不愉快そうに唾を吐き捨てた。 フィリ神と同じ顔をしているだけに、シスにとってその光景は苦痛でしかない。胸中に苛立ちが募る。 元々、少年に声を掛けられ足を止めた二人は、常備食の買い出しに行く途中だった。行き交う人々も、シスを見てマオが噂の勇者であることに気付くと、不躾な視線を送ってくる。 だが、話しかけることはない。 本当は激励の一つでも送りたいのだろうが、二人の空気が常にピリピリしているせいで、遠巻きに見ることしか出来ないからだ。 普段穏やかなシスが、眉間に皺を寄せているのも理由の一つだろう。 旅に出てから四つ目の町ともなると、お互い距離を測りかねているような気まずい空気にも慣れてくる。 とはいえ、王族として民を不安がらせるような態度を取り続けるのはよくない。そう思い、シスが眉間を指で揉んでいると、マオが無表情でこちらに顔を向けてきた。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |