マオは、トドメとばかりに左手を持ち上げる。 光に反射するダイオプテーズ。薬指にぴったり嵌った指輪は、シスが死に際に送ったものだ。 「ほら、婚約指輪まで貰っちゃったし。あんなプロポーズされてオチない奴はいねえよ」 「そ、それは……っ」 シスは言葉を詰まらせた。 いつか、勇者が現れたら贈ろうと思っていた指輪。膨大な魔力を溜めこみ、一回限りだが蘇生の効果があるそれは、マオに生きて欲しいと願って渡したものだ。ただし、意識が朦朧としていたので、どの指に嵌めたのかまでは確認していなかった。 烏羽色の瞳が、意地悪く細められる。 「……で、感情論を含めたら、お前的にどうなのよ」 「う、うぅっ」 シスの態度で既に分かっているはずだ。 それでも言わせようとせっついてくるマオに、シスは顔を俯かせて唇を震わせた。 「ぅ………………嬉しい」 「は? なんて? 聞こえなーい」 「ぐううぅぅぅぅぅっ」 いつもの挑発にシスは拳を握り締めた。だが、息を吐いてゆっくりとそれを解くと、意を決して顔をあげる。 羞恥に瞳が涙で潤む。 シスの赤い頬に、マオの手のひらが優しく添えられた。 「……嬉しいと、言ったんだ」 ようやく出てきた言葉は、まるで初夜を迎える処女のように慎ましやかなものだった。マオは大口を開けて笑う。 「はっはっはっ、だろうな。だってお前、最初から俺のことが大好きだもんな」 「もっ、元々惹かれていたのは勇者であって……あぁっ、くそ!」 何故このムードですら、ぶち壊せるのか。 いつものように、マオのペースに乗せられそうになったシスは、体を起こすと、薄い唇に触れるだけの口付けを落とした。 かさついた皮膚が触れ、すぐに離れる。 それに名残惜しさを感じつつも、シスはマオの瞳を覗き込みながら、柔らかく笑った。 「マオ……これからも、僕だけの勇者であり続けてくれ」 「…………あー……ムリ。今のめっっっちゃ……ちんこにキた」 「何故貴様は即物的な反応しかできないのだ……!」 一世一代の告白も、シスの太ももにおしつけられた熱い昂ぶりによって全てを台無しにされてしまう。 マオは、まだ何か言いたげなシスを宥めながら、横抱きで持ち上げると、イサムの元に近付いた。 「そうだな、とりあえず無事に解決したし、まずはベッドに行くか。おい、クソ豚。いつまで転がってんだ、寝室まで案内しろ」 「うぅぅ、なんで勇者である僕が敗れたのに、ハッピーエンドみたいな雰囲気出してんだお前らぁっ」 勇者の力で回復し始めたのか、最初に見た時よりも幾分か肌の色を取り戻したイサムが、悔しそうに暴れている。 そんな勇者を見下ろしながら、マオは唇の端を持ち上げた。 「そりゃ俺がまお――こいつにとっての勇者、だからな」 そう言って、シスの頬に唇が寄せられる。 赤くなって俯く姿に満足しながら、マオはイサムを踏みつけた。 「いいか、つまり勝利した勇者サマは朝まで姫とハメまくるんだよ。分かったらさっさと動け」 「いたいっ! 尻を蹴るな!」 泣き面で喚くイサムが、そう言ってマオを睨み上げる。 しかし、突然シスは、二人の会話を遮るように真顔で挙手をして、口を開いた。 「待ってくれ。即物的な性行為を拒否するわけではないが、普通に考えてまずは王宮に手紙を出すべきだし、魔物たちにも伝える必要があるのではないか? あと僕は姫ではなく王子だ」 そう言って、ボケているわけでもなく、ふざけているわけでもなく、至極真面目な表情でマオを見つめる。 微妙な沈黙が流れる中、イサムが呆れたようにため息をついた。 「え、てか一番ツッコミどころのある即ハメ拒否しないんだ……なんかこの王子、ちょっとズレてる」 「そこが可愛いんだよ」 イサムの言葉を否定するどころか惚気るマオが目を細めた。 その表情を見て、ようやくイサムは気付く。この倫理人道から外れた鬼畜男が、まさかの王子にべた惚れであることに。 (え……ちょっと待って。この流れって、つまり僕は) イサムの考えは当たっていた。 悲しきかな。つまるところ、この時代でこの世界の勇者は、ただの当て馬だったのだ。 「先は長いんだし焦らずいこうぜ、王子様」 こうして勇者を倒した魔王は、人間と同盟を結び、結婚した王子と、平和な世界で末永く、幸せに暮らしましたとさ。 おしまい。 ――と、すんなり終わるはずもなく。 「おい、マオ。婚姻を結ぶなら、アイテム登録はもう解除していいのではないか?」 「はぁ? 馬鹿かお前は。ここまで必死に育てた最高級のオナホを今更手放すわけねえだろ」 「……ん? ちょっと待て。その話しぶりだと、まるで僕の体が目当て――ぁあァッ、ンッ」 行為の後に、大喧嘩が始まるのは日常茶飯事となり、その度に世界滅亡の危機に瀕したようだが――それなりに、二人は楽しく過ごしているようだ。 ちなみに。 「あいづら、結婚すても変わらねえな」 「夫婦喧嘩は犬も食わねえっていうすな」 「だな。ほっとぐが」 度々流れてくる二人の噂に、あの時のエルフたちは、ほとほと呆れ果てているらしい。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |