05


「あ……」
「勇者なら俺がやっつけたぜ。生きてるけど」

 マオの言葉にシスは目を凝らした。確かに体が上下している。
 自分を殺した相手とはいえ、死んでいないことに少しだけ安堵した。

「そ、そうか……ん? だとしたら、これは今どういう状況なんだ?」
「そーだなぁ……勇者が倒されて、これから俺がこの世界を支配しようってところかな」
「そうか、マオが世界を…………はあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 マオが無事であることにシスは喜びを噛みしめる。
 しかし、マオの言葉を反芻して、それを理解すると、信じられないと言わんばかりに声を荒げた。

「あーうるせえ。うるせえけど嬉しいから今は許す」
「いや、待ってくれ! おかしいだろ、何故貴様がそのようなことを……」
「そりゃ、俺が魔王だからに決まってるじゃねえか」

 言われて、シスは目を瞬かせて頬を引き攣らせた。
 そう言えば死ぬ前にそんなやり取りもあった気がする。

「ゆ、勇者では……」
「勇者はそこに転がってる、俺は正真正銘の魔王」

 そう言い切る自慢気なマオ。――もとい魔王。シスは、現実逃避に飛びそうになる思考を繋ぎ止めて、話をまとめた。
 マオは勇者ではなく、魔王だった。イサムは魔王ではなく、勇者だった。そして、今ここに立っているのは魔王であるマオで、倒れているのが勇者であるイサムで。
 ――つまり、勇者は魔王に敗れたのだ。
 その現実に直面した途端、シスは顔を青褪めさせた。シスを見下ろすマオは、魔王らしく下卑た笑みを浮かべる。

「残念だったなァ、お前が守りたかった国は、俺が丁寧に壊してやるよ。はは、めちゃくちゃになった世界の頂点はさぞ気持ちいいだろうよ」
「ぐううううううぅぅぅぅぅうぅぅぅぅ……ッッッ」

 やっぱりこの男を助けるんじゃなかった。人生最大の後悔に、シスは身を戦慄かせる。
 今からでも自分がこの男を葬れば、世界は平和になるのではないか。そんな画策を巡らせるシスに、マオは話を続ける。

「……と、まぁ、ここまでが魔王のテンプレ行動なわけだ」
「は?」

 そう言って髪を弄るマオは、どこか気恥ずかしそうにも見える。
 そして、呆けるシスを見てため息をつくと、勿体ぶるように人差し指を立てて言った。

「この国の王子であるお前には、特にシモの意味で世話になったからな。条件次第で譲歩してやらんこともない」
「ほ、本当かっ」

 シスの中で立ちこめた暗雲に光が差し込む。

(そうだ、この男は魔王かもしれないが、今まで勇者として旅を続けてきたのだ。きっと、その間に人間らしさが生まれたのかもしれない……!)

 目を輝かせるシスに、マオは口の端を持ちあげる。

「聞くか」

 シスは首を何度も縦に振って、続く言葉に期待した。

「先に譲歩の部分だが――人間と同盟を結んでやる。そして、同盟があるうちは人間を襲わないことを誓おう」
「願ってもないことだ!」

 間髪入れず返事するシスは、弾けるような笑顔を浮かべた。
 魔王が現れる年は、戦いの中で怪我人や死人も多く出る。争わずに済む方法があるならば、それに越したことはない。

「で、譲歩に対する条件だが」
「なんだ、できることなら何でもする」

 眩い笑顔を向けるシス。
 マオは目を細めると、今まで見せたことのない甘い笑みを浮かべた。





「――シス、お前、同盟の証として俺のところに嫁にこい」





 その瞬間、マオを見つめていたシスの体は石のように固まった。
 鼓膜を響かせた台詞があまりにも突拍子すぎて、脳が処理できない。目の前の男がマオだと認識できない。
 しばらく沈黙したのち、ようやく出たシスの声は、あまりにも間抜けなものだった。

「…………はぁ?」
「……やっぱ言い方を変えるわ。俺のオナホ奴隷になれ」
「はあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 シスが処理落ちしたことに気付いたのか、マオは真面目な顔でとんでもなくゲスな言葉を口にした。
 悲しいことだが、それでようやくマオの条件を理解したシスは、顔を真っ赤にさせて唇を震わせる。

「極悪非道の魔王にしてはめちゃくちゃ優しい譲歩じゃねえか。……俺ってやっぱ勇者なのかも?」
「いや、それはない。……じゃなくて」

 独り言を呟くマオにツッコミを入れながら、シスは提示された譲歩と条件を噛み砕いた。
 そのまま難しい顔で黙り込む様子に、マオは片眉を吊り上げながら言う。

「んだよ、嫌なのか?」
「……すまない、感情論を抜きにして言えば、有難い申し出だ。だが相手は魔王、僕の身一つでその同盟が本当に成立するのかどうか――」

 その顔は、マオと旅を続けてきた魔術士としての表情ではない。
 国を守る責任を背負った、王族の顔だった。尊厳と誇りを纏ったシスを見て、マオは乾いた唇を舌で潤しながら笑みを作る。

「それなら問題ねえよ。俺、お前のことめちゃくちゃ好きだから。しがみついて『まおうさまぁ〜 シスのために人間おそわないでぇん』って腰振られたら、秒で頷く自信あるわ」
「〜〜っっっ、なっ、ぁっ、あぅ」

 マオの言葉に厳めしい顔が赤く染め上がる。
 同性恋愛が常識となっているこの世界で、シスは分かるはずもなかった。マオは、今まで性行為も恋愛も女性としか経験が無い。
 そんな男が、初対面でシスを性的に見ている時点で、とっくに恋愛対象として意識していたのだ。


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(C)siwasu 2012.03.21


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