「なんだよ、うっせえな」 「問いかけの意味はよく分からなかったが、貴様がろくでもない答えを言ったことだけは分かる! ……試練、今のは無しだ、こいつはちょっとお茶目なところがあるんだ」 「陰キャは普通に考えて財布一択だろ」 「貴様は少し黙っていろ!」 「……正しき解を出せ」 どうやら、第一の試練は今の答えを無効だと判断したようだ。 それに安堵の息をつきながら、シスはマオに顔を近付ける。 「いいか、どうやらこの問いかけは、友達のいない少年が重要となってくる。その少年の、閉ざされた心を開く言葉を考えるんだ」 「んなもん俺に分かるわけねえだろ」 「……よし、分かった。ならばこう答えるんだ」 クズに、孤独な少年の心を理解しろと言う方が無理な話だった。 耳打ちすると、心底嫌そうに顔を顰めたマオが、渋々試練の前に立つ。 「正しき解を出せ」 「よ、よぉ。お、俺と一緒に昼飯を食べねえか?」 大根役者も裸足で逃げ出すほどの棒読みだが、マオは教えられた通りの答えを一語一句間違えず言った。沈黙する唇に、シスは固唾を飲みながら反応を待つ。 (おそらく、少年は友人を欲しているはずだ。ならば、まずは昼食を共にし、世間話をしながら共通の話題を探していけば、きっと距離は縮まり、少年の心も開くはず) 数秒か数十秒か。長く感じる静寂を破ったのは、目の無い顔が彫られた壁だった。ずず、と重く引きずる音を乗せて、壁の先から道が現れると、唇はただの彫刻へと戻っていく。 「なんだ、チョロいな」 どうやら正解だったらしい。 シスが安堵の息をつくと、間違いを答えかけたマオは軽快なステップで先へと進む。 まさか試練とは、このような問いかけが続くのだろうか。 倫理人道を試されるような試練は、マオにとって苦難な――いや、逆立ちしたってムリゲーである。 シスは不安を胸に抱きながらも、軽やかに進む倫理人道とは真逆のような男の後を追った。 勿論、その予感は的中し、シスは与えられる試練をギリギリで乗り越えていく羽目になるとは、思わなかっただろう。 「第二の試練の解を出せ。少年と友人になったあなた。ある日二人で下校中、不良に絡まれる。非力な二人が敵う相手ではない。その時あなたがとった行動は?」 「少年を置いて逃げ」 「ノオォォォォォォォォォンッッ!! 自分が囮になって少年を逃がす!」 「なんでそいつのこと助ける必要があるんだよ」 「それが慈しむべき自己犠牲の精神だ!」 「我は第三の試練。問いに答えよ。毎日、下校途中に保育園まで妹を迎えにいく少年。ある日、補習で迎えが間に合いそうにない。その時にあなたする行動は?」 「少年を放って家にかえ」 「ンナアアァァァァァァッッィン!! 少年の代わりに妹を迎えに行く!」 「他人の家庭に口出すなよ、恨まれたり騙されたりして金むしられても知らねえぞ」 「困っている者には手を差し伸べてやるものだ!」 次々と出される問いかけに、ぶれることなくクズな回答を投げるマオをサポートしながら、二人は奥へと進んでいく。 シスが答えるばかりで、マオは試練を全く乗り越えていない状況だが、一応問題はないらしい。 そうして、やたら少年との友情が試される問いかけが七つ続き、最後である八つ目の試練を前にして、シスは唾を飲み込んだ。 今までは、道を塞いでいた壁が相手だったが、今回は五メートルほどの大きさの銅像――おそらく、原初の勇者を模したものだ。 細い道の先に立ち塞がっており、先へと進めなくなっている。 「最後の試練である。嘘には死を、誠には正義を」 「はいはい。また陰キャくんにごますってればいいんだろ」 「しっ」 シスは、厳かな空気を無視して茶々を入れるマオを窘めながら、銅像を見上げた。凛々しく正義感に満ちたその顔は、シスが憧れ続けた勇者そのものの姿。 しかし、たとえ銅像だとしても、あんなに焦がれた相手なのに、それを見てもシスの心はときめかない。 勇者の像は、マオたちを見下ろすと、問いかける。 「汝は勇者なりや?」 最後の試練は、どんな難解な問いかけだろう。緊張感に拳を握り締めていたシスは、その質問に肩の力を抜いて笑う。 「なんだ。そんな問いかけ、簡単じゃ……マオ?」 だが、頬を緩ませてマオに視線を向けたシスは、考え込む男の姿を見て眉を顰めた。 頷けばいいだけの問いかけに何を迷っているのか。 「おい、さっさと答えろ」 「いや……うーーん」 今までは正解から遠かったとはいえ即答していた。なのに、何故かマオは曖昧に笑っているだけで、答えようとしない。 勇者の像が、腰の剣を抜いて振り上げる。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |