◆◆◆ 「ようこそおいでくださいました、勇者様」 呼び鈴を鳴らして、初老の女エルフに集落を案内されてから一時間後。質素な洞窟内には似つかわしくない、煌びやかな祭壇の前で、集落の長だと名乗る、着飾ったエルフの少女が膝を曲げる。 「あの、そちらは……?」 「ああ、放っとけ。ちょっと嫌なことがあって現実逃避してるだけだから」 「もういやだ、かえりたい、花に囲まれた庭でクラリスの作ったシュトゥルーデルを味わいながら他愛無い会話に花を咲かせていたい、僕の平和はそこにある」 長が戸惑い気味に視線を向ける先では、膝を抱えて蹲ったシスが、地面を見つめながらぶつぶつと呟いている。 長は、何度もマオとシスを交互に見たあと、マオの言葉に従うことにしたのか、気を取り直して姿勢を正した。 「勇者様の剣は、私たちドルーフが、来たるべき日に備えて代々管理をしております。魔王の誕生、それは私たちにとっても脅威であり――」 「あーうん、能書きはいいからさっさと寄越せ」 緊張感が張り詰めた空気。厳かに言葉を紡ぐ長の言葉を遮って、マオはいつもと変わらない調子で手を差し出す。 それに虚をつかれた長は、一瞬呆けつつも数度咳き込むと、重々しく言った。 「勇者の証である剣は、勇者の資格を持つ者に。原初の勇者に託された試練を乗り越え――」 「いや、いいからさっさと寄越せって」 二度目の遮りは、場に気まずい静寂を与えた。 あからさまに苛立ちを募らせている長を知ってか知らずか、マオは蹲るシスの首根っこを掴むと、祭壇の奥へと突き進む。 「この奥に試練っつうのがあるんだろ、ちゃっちゃと終わらせてくるわ」 「まっ、お待ちなさい! まだ話は――」 「あぁ、帰ってから聞くからー」 クズは空気を読むことすらしないようだ。 呼び止める長に、マオは背中を向けながら手を振ると、そのままシスを引き連れて闇の中へと消えていった。 「ふざけんなっ、人の話は最後まで――ってもう! 何なのよあの勇者……!」 残された長は、それを見て悔しそうに地団太を踏んでいたことなど、マオには知る由もない。 「いい加減自分で歩けよ。ボックスの中に仕舞うぞ」 「むしろあの暗闇の中が僕のいるべき場所なのかもしれない。あそこは暗くて冷たくて何もないが、少なくとも僕を貶めるようなことはないのだから」 「お前、一回落ちると面倒臭えタイプなのな」 壁に僅かな明かりが灯るだけの薄暗い廊下を、マオとシスは進んでいく。ようやく落ち着いてきたのか、自分の足で歩き始めたシスに嘆息をつきながら、マオは見えてきた最初の試練に目を凝らした。 「なんだ、あれ」 立ち塞がるように現れた壁。そこに彫られた目の無い顔が、二人の存在に気付いたのか、厚みのある唇をゆっくりと開く。 「我は第一の試練。勇者たる者よ、この問いかけに正しき解を出せ」 「なぞなぞか?」 「マオ、ふざけた答えを言うんじゃないぞ。これは試練なのだからな」 試練を前にしていつもの調子に戻ったシスが、厳しい表情を見せる。マオがそれに生返事をしていると、唇はまた重々しく動き出した。 「クラスにいる大人しい少年。彼は友達がおらず、いつも昼休みは一人で寂しそうに弁当を食べている。さて、あなたがその少年にかける言葉は?」 「なぁ、お前の奢りでちょっくら俺の昼飯買ってきてくんね?」 「ノオォォォォォォォォーーーーー!!」 答えを遮るようにシスが叫び声をあげた。耳を塞いだマオが、不愉快だと言わんばかりの表情を向けてくる。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |