07


   ◆◆◆



「ようこそおいでくださいました、勇者様」

 呼び鈴を鳴らして、初老の女エルフに集落を案内されてから一時間後。質素な洞窟内には似つかわしくない、煌びやかな祭壇の前で、集落の長だと名乗る、着飾ったエルフの少女が膝を曲げる。

「あの、そちらは……?」
「ああ、放っとけ。ちょっと嫌なことがあって現実逃避してるだけだから」
「もういやだ、かえりたい、花に囲まれた庭でクラリスの作ったシュトゥルーデルを味わいながら他愛無い会話に花を咲かせていたい、僕の平和はそこにある」

 長が戸惑い気味に視線を向ける先では、膝を抱えて蹲ったシスが、地面を見つめながらぶつぶつと呟いている。
 長は、何度もマオとシスを交互に見たあと、マオの言葉に従うことにしたのか、気を取り直して姿勢を正した。

「勇者様の剣は、私たちドルーフが、来たるべき日に備えて代々管理をしております。魔王の誕生、それは私たちにとっても脅威であり――」
「あーうん、能書きはいいからさっさと寄越せ」

 緊張感が張り詰めた空気。厳かに言葉を紡ぐ長の言葉を遮って、マオはいつもと変わらない調子で手を差し出す。
 それに虚をつかれた長は、一瞬呆けつつも数度咳き込むと、重々しく言った。

「勇者の証である剣は、勇者の資格を持つ者に。原初の勇者に託された試練を乗り越え――」
「いや、いいからさっさと寄越せって」

 二度目の遮りは、場に気まずい静寂を与えた。
 あからさまに苛立ちを募らせている長を知ってか知らずか、マオは蹲るシスの首根っこを掴むと、祭壇の奥へと突き進む。

「この奥に試練っつうのがあるんだろ、ちゃっちゃと終わらせてくるわ」
「まっ、お待ちなさい! まだ話は――」
「あぁ、帰ってから聞くからー」

 クズは空気を読むことすらしないようだ。
 呼び止める長に、マオは背中を向けながら手を振ると、そのままシスを引き連れて闇の中へと消えていった。

「ふざけんなっ、人の話は最後まで――ってもう! 何なのよあの勇者……!」

 残された長は、それを見て悔しそうに地団太を踏んでいたことなど、マオには知る由もない。









「いい加減自分で歩けよ。ボックスの中に仕舞うぞ」
「むしろあの暗闇の中が僕のいるべき場所なのかもしれない。あそこは暗くて冷たくて何もないが、少なくとも僕を貶めるようなことはないのだから」
「お前、一回落ちると面倒臭えタイプなのな」

 壁に僅かな明かりが灯るだけの薄暗い廊下を、マオとシスは進んでいく。ようやく落ち着いてきたのか、自分の足で歩き始めたシスに嘆息をつきながら、マオは見えてきた最初の試練に目を凝らした。

「なんだ、あれ」

 立ち塞がるように現れた壁。そこに彫られた目の無い顔が、二人の存在に気付いたのか、厚みのある唇をゆっくりと開く。

「我は第一の試練。勇者たる者よ、この問いかけに正しき解を出せ」
「なぞなぞか?」
「マオ、ふざけた答えを言うんじゃないぞ。これは試練なのだからな」

 試練を前にしていつもの調子に戻ったシスが、厳しい表情を見せる。マオがそれに生返事をしていると、唇はまた重々しく動き出した。

「クラスにいる大人しい少年。彼は友達がおらず、いつも昼休みは一人で寂しそうに弁当を食べている。さて、あなたがその少年にかける言葉は?」
「なぁ、お前の奢りでちょっくら俺の昼飯買ってきてくんね?」
「ノオォォォォォォォォーーーーー!!」

 答えを遮るようにシスが叫び声をあげた。耳を塞いだマオが、不愉快だと言わんばかりの表情を向けてくる。


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(C)siwasu 2012.03.21


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