09


「嘘には死を、誠には正義を」
「マオッ!」

 答えの無いマオに、勇者の剣が振り下ろされる。狭い通路では、巨大な剣から逃げる空間もない。
 叫ぶシスを横目に、ようやくマオは口を開いた。

「『シスが俺を勇者だと思っているなら』勇者である」

 ピタリ。

 勇者の像は、剣を振り下ろそうとする体勢のまま止まり、壁たちと同じように動かなくなる。
 シスはホッと胸をなでおろすと、勇者の像を蹴り上げているマオに半眼を送った。

「素直に言えばいいものを……ひねくれ者め」
「はっはっはっ」

 笑っているが、もう少しで死ぬところだったのだ。マオが命を失ってしまったらと考えるだけでゾッとする。
 そんなシスの心境も知らず、像の隙間から先へ進むマオは、事もなげに言う。

「まあ、死んでもお前が生き返らせてくれたらいいだけだし」
「だからといって、命を軽んじていいわけではない」

 確かにシスは蘇生の術を使える。マオにも説明したことがある。
 だが、この世界で使える者が五人もいない高度な術は、発動する際のリスクも大きいのだ。指輪の話は、聞いた瞬間奪われそうなのと、調子に乗りそうだという理由で話していないが。
 死なないならそれが一番良いことを、この男は分かっているのだろうか。
 細い道はしばらくの間、くねくねと続く。
 そして、十数分歩いた先に見えた光へ近付いていくと、ようやく開けた空間に出てきた。
 真ん中には池が張られており、その中央には真っ直ぐと伸びた眩い銀が煌めいている。

「これが、光の剣……」

 シンプルに飾られた剣は、決して派手ではないが、唯一無二のものであることを主張するように突き立てられていた。
 その光景に惚けていたシスだったが、我に返ると、ぼんやり立っているマオの背中を押した。

「貴様の剣だ。早く抜いてこい」
「へいへい」

 マオは、気だるげな態度を隠しもせず、ズボンのポケットに手を突っ込みながら池に近付く。その後ろ姿は、今から光の剣を手にする勇者の姿には見えない。シスは、美しき光景に不釣り合いなマオへ半眼を向けた。
 それでも浅い池の中を進み、中央の剣の柄を握り締めれば、それなりに様になる。
 ようやく光の剣が手に入るのか。
 高揚感に胸中を躍らせながら、シスはマオの一挙一動に目を瞠った。
 だが、待てど待てど、剣が抜かれる気配は無い。

「おい、何をしている」
「抜けねえ」
「はぁっ!?」

 予想外の言葉に、シスは慌ててマオに近寄った。
 そして、未だ柄を握りもしていなかったことに気付くと、苛立たし気に叱りつける。

「ふざけるな! こうして引き抜けばいいだけの話――」

 マオが一歩下がり、代わりにシスがその柄を掴んだ時だった。
 お手本とばかりに振り上げた手は、握った剣と共に頭上に掲げられる。

「…………あ」

 辺りを静寂が包んだ。

「てってれーん、シスは光の剣を手に入れた」
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ……っ!」

 本日二度目の悲鳴が響き渡る。シスが剣を引き抜いた。つまり、剣はシスを勇者だと認めたわけだ。
 ぴこん、と特殊アイテムのダイアログが開かれる。持ち主欄には、シスの名前が記されていた。
 シスは、据わった目でマオに剣を差し出す。

「……マオ、持ってみろ」
「むり。近くにあるだけでも眩しいのに、触ったら火傷しそう」

 降参とばかりに両手をあげて首を振るマオの顔には、珍しくおどけた様子はない。
 むしろ、剣を前に冷や汗すら流しているぐらいだ。
 勇者の証である光の剣は、持ち主である勇者以外を圧倒するオーラを放つ。持ち主がシスのせいか、勇者であるマオすら怖気づく様子には、ため息しか出なかった。

「どうするんだ……光の剣は勇者にしかその力を発揮しないんだぞ」
「まぁ、一応ブツは手に入れたんだし、なんとかなるだろ」

 この世界の魔術士であるシスは、剣の属性である光を扱うことはできない。闇の属性である魔王にトドメを刺せるのは、光しか無いというのに。
 これではどうやって魔王にトドメを刺せばいいのか。頭を抱えたくなるシスだったが、呑気に歩くマオを見ると、だんだん心が落ち着いてくる。
 イレギュラー続きで忘れがちだが、こんなクズでも勇者は勇者。
 勇者は魔王を倒すために現れたのだ。多分、おそらく、きっと、クズパワーとかそんなので、いい感じにやっつけてくれるに違いない。
 子供レベルの思考で楽観視するシスは、己の現実逃避スキルが、いつの間にか大幅に向上していることなど知らず、道を引き返すマオの後ろを追いかけるのだった。
 とにかく、ついに魔王を倒す時が来たのだ。


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(C)siwasu 2012.03.21


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