04


「どんなに走っても二十日以上はかかるぞ」
「分かっている。だが急を要しているんだ、なるべく早く届けて欲しい」

 村に着くなり、さっさとベッドで横になりたいと宿に駆け込んだマオを見送って、シスは村で唯一の運び屋に手紙を預けていた。
 この手の商売は独自の移動ルートを持っている。
 それでも一か月近くかかると言われて眉を寄せるが、魔王が現れた情報は早く王宮に伝えておきたい。
 追加で金貨を出すシスを見て、運び屋も仕方ないとばかりに肩を落とした。

「十五日だ、それ以上は俺の身がもたない」
「感謝する」

 手紙を受け取り、駆け足で立ち去る運び屋の背を見つめながら、シスは村を見回した。賑やかではないが、閑散ともしておらず、穏やかな様子だ。まだ上級の魔物はこの辺りをうろついていないらしい。
 それでもいつ襲われるか分からない。魔王が侵攻してくる可能性もある。実際、過去にはいくつもの村や町が滅ぼされてきた。
 シスは気を引き締めながらも、眩暈を覚えて首を振った。
 とはいえ、ここから先は村もほとんど存在していない。
 野宿が続くことになるだろうし、ゆっくりと体を休める機会も減るだろう。疲弊した体で魔王に勝てるはずもない。今日は休養を取るべきだ。
 ふらつく体で宿屋に向かったシスは、先に向かっていたマオの部屋を店主に聞いて扉をノックした。

「開いてるよ」

 返ってきた声に入室すれば、既に身を清めて眠っていたらしいマオが、億劫そうな目を向けてくる。

「いい気持ちで寝てたのに起こすなよ」
「すまない」

 部屋に着いて安心したのか、押し寄せる疲労からマオの暴言に噛み付く元気はなかった。
 シスは謝罪して外套を脱ぐと壁にかけ、近くの椅子に腰かける。
 最初の町以来、いつも二人部屋をとっているが、宿によって内装はまちまちだ。寝具もダブルベッド一つなのか、シングルベッド二つなのかでシスの安眠は変わる。
 喜ばしいことに、この宿の二人部屋はシングルベットが二つ。
 しかもベッドが数十センチとはいえ離れている。これなら、寝相の悪いマオに蹴りつけられることも殴られることもない。
 予定通り十分な休息を取れるだろう。
 シスは、その場で舟をこぎそうになる体に鞭打って立ち上がると、湯浴みの準備を始めた。
 それを横目で見ながら、マオは尋ねる。

「どこ行くんだ」
「体を洗ってくる。清めたら僕は寝るから、食事は気にせず一人でとってくれ」

 本当なら今すぐにでもベッドで横になりたかったが、十日近くまともに洗っていない体は限界だった。
 基本的に、旅の間は濡れたタオルや道中見つけた水場で身を清めている。とはいえ女性ではないので、汚れが我慢できなくなったら、というレベルだ。
 王宮にいた頃は清潔を保っていたが、潔癖症でもないシスは、効率と身の安全を優先して今は身だしなみを二の次にしている。
 だが、プラントーブに襲われた夜以来、タオルで拭き取ることしかしていない体は流石に不快が強く、すぐにでも汚れを洗い温かな湯に浸かりたい気持ちでいっぱいだった。
 べたついた体にボサボサの髪は、到底王子には見えない。
 王宮に近い町はともかく、王族を見たこともない辺境のこの村では、シスが第三王子だと気付きもしていないはずだ。
 あの運び屋も、シスのことを魔術士の冒険者かなにかだと思っていることだろう。
 シスはタオルと着替えを持ち、浴場を借りるための銅貨を掌に乗せる。そして扉に向かおうと足を進めたが、後ろからシャツの裾を引っ張られてベッドの上に倒れ込んでしまう。

「っ、用があるなら声をかけろ!」

 乱暴な扱いに、シスは怒気を孕みながら顔をあげた。
 しかし、先に体を清めさっぱりした表情のマオは、その反応に眉を吊り上げて苛立ちを滲ませる。

「宿に着いたらヤってもいいって言ったよな」

 その言葉に、シスはぎくりと肩を揺らした。

(確かに、そんな話をしたような気がする)

 すっかり忘れていたシスに、マオは不機嫌そうな顔で詰め寄ってくる。

「わ、分かった! だが先に湯浴みに行かせてくれ」

 シスの上に乗り上げ、耳に唇を寄せてくるマオをそう言って押し返すが、びくともしない。それどころか、太ももに膨らみかけた股間をおしつけてくる始末だ。
 考えてみれば、今まで二日に一回は彼の性欲を発散させてきたのだ。そんな性欲お化けが、むしろよく五日も我慢できたと思う。
 そんな彼の忍耐に報いるべく、こちらも交わした約束は果たすべきだと分かっているのだが、この不潔な体に触れられることがどうしようもなく我慢できない。
 耳の裏を舐められて、ヒッと喉を引きつらせる。


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(C)siwasu 2012.03.21


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