03


 シスはようやく落ち着くと、テントのリビングスペースから外を見る。三日前から変わっていない野宿地、川が見えるこの場所。
 次に直面した予想外のトラブルに、頭を抱えて大きなため息をつく。

「はあぁぁぁぁぁ」

 本来なら、すぐ近くの木にいるはずの二頭の馬。そこには巻き結びをしたロープしか残されておらず、肝心の馬がいない。
 マオの話では、シスが熱を出している間に現れた上級の魔物が連れ去ったらしい。

「何故、抵抗しなかった」
「お前が使いもんにならねえのに、一人であんなのと戦えるわけがねえだろ」

 睨みつけるシスに、マオは肩を竦める。
 それを言われてしまっては、シスも口を閉じるしかない。勝算が無いのに戦って死なれるよりは確かにいいだろう。
 馬のいる範囲まで結界を張っていたはずだが、テントが襲われなかっただけでも良かったと思うべきだ。
 だが、魔王が復活した以上、一刻も早くダライア地方へ向かわなければならない。そんな状況で三日も時間を無駄にし、その上足である馬を奪われた損失は大きい。

「とにかく、これ以上無為に時を過ごしている場合ではない。すぐに出発するぞ」
「えー、せめて一発ヤってからでも」
「あれだけしておいてまだ足りないと!?」

 聞こえてきた不平にシスは目を見開いて叫ぶ。
 熱で朦朧としていたため、はっきりとは覚えていないが、片手では足りないほど行為に及んでいたはずだ。
 際限のない性欲にドン引きしていると、唇を尖らせたマオが上目遣いでシスを見る。

「だってよぉ、お前のケツマン気持ちいいんだもん。オナホとしては最高級だと思うぜ」
「……それが本気で誉め言葉だと思っているのか」

 マオの言葉に、シスは頬を引きつらせる。
 これ以上の会話は不毛だ。シスは行為に及びかねないマオから逃げるように立ち上がると、そそくさと寝室へ向かった。
 換気はしたが、長く交わった寝室からはまだ雄の臭いが漂う。
 シスはべたつく衣類を脱ぎ捨てると、アイテムボックスから新しい服を取り出し、袖を通した。
 三日間着替えもせずにいた服は、汗や体液で異臭がする。

「これで看病していたとよく言えたものだ」

 シスは、三日前の出来事を思い出して、苦虫をみ潰したような表情を見せた。
 憧れだった勇者に抱かれた。
 その言葉だけ見れば幸せであるように思えるが、問題はその勇者の中身が、シスの抱いていた理想から大きくかけ離れていたことだ。それが悔しくて仕方がない。
 もしマオが、伝承にある通りの勇者であったなら、このようなやるせない気持ちにもならなかったのに。
 優しく、勇敢で、正義感が強く、弱気を助け悪を許さぬ者。
 シスは想像する。
 使命を果たすため苦難に立ち向かう横顔、顎から首筋にかけての美しい曲線、引き結ばれた薄い唇、鼻筋が通りすっきりした顔立ち、風に舞う艶やかな黒髪、その間から覗く耳飾り。
 そして、その中でひときわ輝く烏羽色の瞳は力強く、決意をこめて真っ直ぐと前を見据えている。

「っ」

 脳内で思い浮かべたマオの姿に思わず顔が熱くなる。
 確かにそこにいたのは、シスが憧れ続けた勇者の姿。
 しかし、残念ながら現実は顔がいいだけのクズなので、想像は妄想でしかない。

(せめてマオが理想の勇者であれば、アダルトアイテムもやぶさかではないのだが)

 そう胸中で独りごちる。
 だが、そもそもの前提として、シスの憧れる勇者はそんなことをしない。悲しいことに、その指摘をする者がシスの隣にいないことが悔やまれる。
 シスは、憂鬱なため息を落としながらボタンを留めた。
 そして体を捩った時、突如ある一点がひりつく痛みを覚えて思わず動きを止める。

「……っ」

 シャツの胸元を緩め、それを見る。何かに戸惑っているようだ。
 しかし、リビングスペースから聞こえる物音に急かされて、シスは慌ててアイテムボックスを開いた。



「なんだ、着替えてたのか。てっきり尻ほぐして準備してくれてんのかと」
「すぐに出発すると言っただろう」

 リビングスペースに出ると、マオはのんびり合成を始めていた。
 最近はアイテム修復スキルも覚えたようで、スキルアップには余念がない。この勤勉さは、クズで守銭奴でドSなこの男の中で唯一感心できる部分だ。
 とはいえ、出立準備をする気配のない様子に、シスはこめかみがひくつく。
 しかし、深呼吸して怒りを鎮めると、相手をする時間が無駄だと言わんばかりの態度で川に近付いた。
 髪を濡らし、べたつきを取りながらマオを盗み見る。本当なら体の汚れも流したかったが、後ろにいるクズに発情されても困るので、次の村まで耐えるしかない。
 ちなみにその後ろでは、体を洗う気配のない様子に落胆した勇者がいたので、シスの自衛は正しかった。
 シスは、濡れた髪を適当に乾かしてマオをテントから追い出すと、出発の準備を始める。
 そして、抗議するマオを「宿に着いたら奉仕する」と宥めながら進むこと五日。
 ようやく次の村へと辿りついたのだった。


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(C)siwasu 2012.03.21


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