医者×会長



「攻が医者の設定で攻めが長い期間片想いしてきた会長受け」という診断結果から作った話。



「スロウフリッカー」

 体が倦怠感に襲われていると気付いた時には上体が傾いていた。机に肘をついて支えながら、心配そうに近付く役員を睨みつける。

「大丈夫だ」
「全く大丈夫そうじゃありませんけど」

 断固として大丈夫、を繰り返す俺についに呆れたのか副会長が大きな溜息をつく。じんわりと始まった頭痛を堪えるようにこめかみに指を押し付けて目を閉じれば、少し痛みが治まってきた。

「問題ない」

 落ち着いた上体を起こして姿勢を伸ばし毅然と振る舞う。そして机上の書類に目を通し始めた俺に、役員は何か言いたげな空気を俺の前に置いていった。よくあることなので問題ない。
 単純な話、俺は体が弱い。健康な、むしろ風邪など引きそうにない見た目こそすれ週に二度のペースで熱を出しては周囲に迷惑をかけている自覚はあった。いや、ただ役員達が俺に過保護過ぎる節もある。
 無茶はしていない、ただ自分の限界地点を知っているだけだ。
 まだ訪れないそれに内心安心しながら俺は残り数枚の執務を片付けていく。そして十数分で終わった自分のやるべきことに安堵の息を漏らしながら背もたれに体を預けた。生徒会長に就任して三ヶ月。まだ覚えるべきことは山のようにあるがこれが自分の限界だ、無理をするべきではない。

「お疲れ様です」

 綺麗になった机上にハーブティーを置く副会長に片目で視線を向けながら礼の言葉の代わりに右手を軽く振る。一礼して下がる男に空気の読める奴だ、と漂ってくるカモミールの香りを堪能した。こんな男が自分の上に就いている現状は彼の尊大なプライドを擽っていることだろう。
 多少申し訳ない気持ちを感じながらカップに口を付けた時、大きな音と共に目の前の生徒会室の重厚な扉が勢いよく風を舞い込んだ。

「ちぃちゃん大丈夫!?」

 耳慣れた声と視界にまず入ってきた白衣に俺は顔を確認する前に役員の方を睨みつけた。全員目を逸らしている。犯人は誰だ。

「誰も呼んでない」
「ちぃちゃんはね。ほら、行くよ」

 不機嫌な声を漏らしても目の前の男には効果がない。差し出された手を拒絶するように視線を逸らし椅子に掛ける体重を意識すれば、呆れた男が二の腕を掴んで持ち上げた。浮く体が男によって支えられる。

「なんだ、もう立てないんじゃないか」
「気持ち悪い」

 腰に回された手に吐いた言葉は身体の具合を意味することではないのに気付いているのだろう、男が若干傷ついたように苦笑しながら俺を引き摺って廊下へと進んでいく。
 心配そうに見守る役員の視線に惨めになった心がまた気持ち悪い、と呟いた。







 連れてこられた保健室に保険医はいなかった。それに眉を顰めながら男を見上げれば偶然だよ、とベッドに下ろされる。
 この男、成尾(なるお)は家が寄越した専属医だ。幼い頃から体の弱い俺をつきっきりで看ている、変態男だ。

「必要以上に触んな」

 額に触れてこようとする成尾の手を払いのけて、代わりに体温計を渡せと手を伸ばす。受け取った昔ながらのそれにシャツを寛げればこくりと喉のなった成尾が体を硬直させた。睨みあげて、後ろを向けと指示する。
 こいつが俺をそのような目で見ている、と気付いたのは物心ついた頃だった。不必要に触れてくる手に違和感を覚えた小学生の頃、無理矢理射精を強いられた中学生の頃、今は戦っているつもりなのであろう理性を繋ぎ止める為何度も深呼吸している。気持ち悪い。

「微熱だ。寝るからカーテンの向こうにいろ」

 布団を捲り上げ滑り込む俺の言葉に、成尾は曖昧に頷いてカーテンの向こうに消えた。
 白い布から見える影が逆に不気味に思える。一層部屋を追い出すべきだったか、と考えるがそれよりも先に訪れる倦怠感からの睡魔に溺れて俺は意識を手放した。

 俺が成尾のことを家族に話さないのは信じてくれないだろう、という確信があるからだ。温厚で真面目な成尾と病弱な癖に偉そうで悪さばかりしていた俺。それも計算に入れているのだろうか。
 けれど成尾は決定的な所で俺に手を出さなかった。触れていた頃はたどたどしい手つきだったし、射精を強いられた時も嫌がる俺を膝の上に乗せながら何度も謝罪を繰り返していた。
 つまる所、変態野郎の癖に臆病なのだ。その場の勢いに任せて手を出すも後で後悔する。恐らく世間体や職を失うリスクを考えているのだろう。吐き気のする程卑怯な男に、俺はこれ以上許してなるものかと拒絶を露わにするようになった。
 こちらが警戒さえしていればこの臆病な男は何もしてこない。いや、出来ない。

「ち、ひろ、君…」

 だからぼんやりと浮上した意識の中、カーテンの向こう側にいた筈の成尾が俺の頬を優しく撫でているこの現状は、有り得ない。

「好きだ、よ」

 今まで聞いたことのないような声が半分開いた窓から注ぐ光に霧散して、消える。
 頬から頭に移った掌の温度に今までのような嫌悪感は感じなかった。ただ無償の優しさだけが俺の心を満たしていく。心地いいそれにまた曖昧な意識がふんわりを宙を舞った。ゆっくりと離れる温度に、物足りなさを感じる。

 成尾の寂しそうな声は、それが最後だった。目覚めた保健室にいたのは俺と、僅かに残る温度と、出先から戻ってきた保険医。
 あれから契約を切って去った成尾の気持ちは結局の所俺には分からなかった。ただ残されたのは心の中に燻る?き毟りたくなるような衝動と、困惑と、最後の言葉だけ。

「これ、委員会に持っていけ」

 完成した書類を役員に押し付けながら、俺は慣れた執務を淡々と進めていく。キーボードを打つ音、機械音、たまに漏れるような欠伸、静かだが穏やかな空気。
 暫くして終わった執務に首を回して凝りを解す。タイミング良く持ってくる紅茶に礼の代わりに手をあげて応えた。黙って頷く副会長が自分の席へと戻っていく。
 俺は考えた。成尾は卑怯で臆病だ。その感情を露わにしながらも決定的な所で逃げていた。そんな男に、残念ながら俺をくれてやる気はない。

 ただ、いつか真正面から向かってきた時はいくらでも受け止めてやる。
 あれから調子のいい体を伸ばして、紅茶の香りを楽しむ。
 悪くない気分だと、笑みを、こぼした。



end.



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(C)siwasu 2012.03.21


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