不良×会長[R18]



強姦/NTR/バッドエンド注意。



【デイブレイク・ルースター】

 常盤(ときわ)は眼前に広がる光景がまるでモノクロの別世界のように感じて瞑目した。そしてゆっくりと瞼を開き、漸く色付いたそれと耳障りな音に吐き気が込み上げるまま口元を抑える。それは競り上がってくる異物の為ではない。
 叫びそうな声を、抑える為だった。



 常盤は世間一般から評価されるならば「不良」に属される男だった。父親は幼い頃に蒸発し、残された母親は子供の為に否応なく体を売る。子供の頃はそれこそ毎日帰るなり洗面台に駆け込み嘔吐する母親を気持ち悪いと感じていたが、今では純粋に尊敬していた。
 母親は、高給の為に風俗の世界の中でも最も過酷な行為を強いられる種類の仕事についていた。
 思春期の頃はそんな母親を忌み嫌っていた時期があることを今の常盤は恥じている。だからこそそれに報いたいと勤勉に向かっていたが、結局は自身の低脳さと金銭的な理由で高校には通えたものの所謂名ばかりな場所に全てを諦めた常盤は不良行為を働くようになった。
 幸いと言っていいのか、入学した寮付きの高校は男子校の為常盤が一番許せない行為として断固守り続けている女性への暴行は一切ない。その代わりとばかりに度の過ぎた悪巫山戯のような弱い生徒への性的暴力は蔓延を極めていたが、常盤の中では女性よりも強い筈の男が泣き喚き最終的には甘受するその脆弱さを嫌ってさえいた。
 そんな下劣な輩を隔離する為か、学校側は成績が低い者や非行を働く者などを一般校舎より少し離れた旧校舎に籍を置かせている。常盤もその一人だった。自身を振り返っても反論出来ないまま、授業も半分しか出ないような生活。惹かれるまま自分よりも強い男のグループに籍を置き、彼の気まぐれに付き合いながら堕落した生活を送る毎日。
 変わったのは、一人の男と出会ってからだった。
 その男は一般校舎だけでなく旧校舎でも有名な男で、塩谷(しおや)と言う名を持っていた。そして常盤は一般校舎と旧校舎の間の人気ない中庭で昼寝をしているそんな塩谷と鉢合わせ出会った。特筆することのない、普通過ぎる程の出会いだった。
 それでも相手はそう感じなかったらしい。一般校舎で見ない雰囲気の常盤に興味を持ち積極的に絡むようになった。いつの間にか自身が所属しているグループの溜まり場で集まった仲間と話すより、塩谷との会話を優先するようになった常盤。噂に聞いていた塩谷とは正反対のその姿に常盤も彼への認識を改めながら接し、今では会う度に気持ちが昂揚している自分を隠せない程に塩谷を好いていた。
 きっかけは思い出せない。
 ある日ふと塩谷から口付けが落ちたのは鮮明に覚えている。長身の常盤と変わらぬ身長をした彼は、端正な顔の中にある眉を下げて謝罪した。
 そこで常盤は、塩谷が自分に欲を孕んだ好意を持っているのだと気付いた。
 常盤は、実はその派手な見た目に反して臆病な男だ。塩谷の好意に返事が出来ぬまま、逃げるようにその場を立ち去った。塩谷の自分に向ける感情に戸惑う常盤は、翌日から彼に会いに行くことを躊躇い久しぶりに元いたグループの輪に帰った。彼氏か、と茶化すリーダーの須賀(すが)に曖昧な返事だけを返す。胸に滞る燻りはチリリと肺を焦がした。
 体の中に眠るすっきりとしない靄に、常盤は暫くしてようやく自身も塩谷が好きなのだと気付いたのはそれから三週間後。けれど今彼がいつも会う場所にいるという確信はない。それに怯えた常盤は、塩谷に会いに行くことも出来ずざわついた胸を隠すように喧嘩に明け暮れた。
 けれど常盤の予想以上に塩谷は積極的な男だったらしい。
 ある日の深夜、自宅通学の塩谷が彼の寮部屋を訪れ罵りながら常盤に殴りかかってきた。噂では聞いていたが、不遜で暴力的な彼を見るのが初めてだった常盤はそんな塩谷に驚きつつも癖のまま反撃を繰り出し、喧嘩になり、そのまま勢いでお気持ちを吐露したのは三ヶ月前のことか。そして初めて体を繋げたは三日前だ。気丈に振舞う彼の姿に自分の中に潜む欲情を抑え込み繋がったのは、今思い出しても常盤の中を幸福感で包み込んだ。



 脳裏で過去を巡らせながら、常盤は自身の呼吸が止まっていることに気付いた。それでも上げそうになる悲鳴は、喉に張り付いたままだ。眼前の光景は未だ変わらぬまま、須賀が常盤を見ながら嘲笑った。それに恐怖を感じて後ろに一歩下がるが、仲間が制するように背中を押す。鼻につく臭いに吐き気を覚えた。閉じたいと、逃避したいと訴える瞼が重く瞳にのしかかる。
 常盤の恋人であり本校の生徒会長を務めあげる塩谷は、目の前で須賀に蹂躙されていた。
 カーテンから差し込む光が薄暗い部屋を仄かに照らす。埃の舞う空気は、そこにいる男達によって吐き出された煙と共に空間を陰湿なものへと変えていく。この空き教室は須賀とそれに従順する生徒達の溜まり場のようなものだった。常盤も授業に出ない時の大半はここで無気力で無意味な時間を過ごしている。けれどその空間は今いつもと違う下卑た雰囲気を撒き散らしていた。
 肌にひりひりと焦げ付くような緊迫感を感じる。常盤は口から手を離すと溜まった唾を呑み込んで腕を擦った。鳥肌の感触に、背筋に蚯蚓が這い回る様な嫌悪感を覚えた。
 誰も話すことのない無言の空気の中で呻き声だけが常盤の耳を刺す。
 須賀の下で揺さぶられる塩谷は、ビニール紐で後ろ手に縛られた両の掌をまるで請うように頭上に向けていた。その掌が律動に揺れる度に見える小さく丸い火傷の跡。額はソファーの肘掛に押し当て、瞼を固く閉じていた。繋がりそうな程に寄せられた眉はくっきりとその皺を刻んでいる。頬骨に見える痣は殴られたのだろう、うっすらと血も滲んでいた。固まりかけた鼻血は上唇に張り付いている。口に噛ませられた布は声を抑える目的よりも、舌を噛まぬようにと回されているように見えた。須賀によって一際大きく揺らされた塩谷のシャツがずり上がる。腹部から押し付けられたであろう火傷の跡と痣が見えた。接合部から見える赤が作り出した黒と白のコントラストに眩暈がする。
 ソファーの手前に置かれたローテーブルに並べられたものを見て、漸く常盤は全てを把握した。
 次こそ濁流のように訪れた嘔吐は、手で抑える間もなく床を汚していく。立ち眩みがして膝をつけば、汚いと罵る仲間が背中を蹴った。前方から笑い声がする。常盤は先程胃に収めた昼食が床に散らばる光景を他人事のように感じながら、胃酸の香りでひくつく鼻を目の前の光景に向けた。
 媚びた血の臭いと、煙草の香り。淀む埃の臭いと、アルコールの香り。独特の性行為に漂う臭いと、不愉快な胃酸の臭いが帯びるこの空間が地獄だと常盤は瞑目した。それでも嗅覚は現実を突き付け、聴覚は責め立てる。拳を固く握って耐えるしかなかった。
 須賀はそんな常盤を楽しそうに、けれども射るような視線で睨みつける。そして塩谷の髪を掴み引っ張ると窘めるように何で教えてくれなかったんだ、と常盤を責めた。抵抗する力のない塩谷は引かれるまま顔を逸らせる。音を聞く限り何本か抜けたのだろう髪の痛みで見開いた目尻から涙が溢れていた。喉から絞り出される音のない悲鳴が部屋を木霊する。
 常盤はそんな塩谷を見つめながら返す言葉を探せず口をただ金魚のように開閉させて終わった。須賀はそれに片眉を上げて訝しげな表情を見せるがすぐに笑うとこれを寄越せ、と言いながら腰を揺らした。塩谷の閉じた唇から漏れる息は、痛みを耐えるように何度も吐いては喉を詰まらせている。固まった血のせいで上手く呼吸が出来ないのか、鼻息がひゅーひゅーと音を鳴らした。
 須賀は寄越せ、と繰り返して口の端に挟んでいたフィルターを指で摘むと溜まった灰を塩谷の露になった背中に落とす。熱の残ったそれは焦げた音こそしないものの塩谷を刺激するには十分だったらしい。大きく仰け反る姿に一種の倒錯的なものを感じて常盤は目を奪われた。
 逃避した思考を戻したのは後ろにいる仲間だった。頭を蹴られ、避けることが出来ず吐露した汚物に顔を突っ込んだ常盤はそのままゆるゆると顔をあげた。須賀の敵意を持った視線が刺さる。喉の奥から悲鳴が漏れて、肩が竦む。
 須賀は天井に顔を晒した塩谷の首を掴み握り締めながらこれが最後だと言わんばかりに寄越せ、と呟いた。獣のような目が拒絶を許さないと殺意を向ける。そんな彼を少なくとも敬畏していたのは常盤だ。
 そこで漸く常盤は自身の身の程を知った。
 殺意に孕む嫉妬が瞳をちりちりと焦がす。そういえばと朧げな記憶を手繰り寄せれば、須賀が塩谷に関心を持っていることを思い出した。他愛もない雑談の一つ。けれどそれは確かに須賀の中の真実だった。
 常盤は困惑と共に懺悔するように額を床に擦りつける。それで許して貰えるなどとは思っていなかった。けれども、内にあるものはただただ恐怖しかなく、気付いた時には彼に是の返事を渡していた。満足そうに鼻を鳴らす音が聞こえる。
 そして言い知れぬ後悔を胸中に含ませたままこっそりと視線を上げて、常盤は息を呑んだ。
 須賀とは比べ物にならない鋭く尖った牙のような塩谷の瞳が、ぎょろりと動いて常盤を捉える。この目に常盤は心当たりがあった。臆病者と怒りのままに殴り込みにきたあの日。言い訳がましく文句を繰り返す常盤に刺さる視線。それと同じだった。
 裏切り者と、卑怯者と罵ってくれた方が何倍もマシだと常盤はその視線から目を逸らさず顔を歪める。臆病者を見る目は赤く赤く燃えたぎっていた。
 夜明けのような眩しさは、何を映しているのか分からない。

 鶏の鳴き声に似た叫びが、空気を揺らした。



end.



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(C)siwasu 2012.03.21


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