スライム理事長×会長[R18]



会長受けアンソロに寄稿したお話です。
スライム理事長妖怪に襲われる会長。



「ドロドロはーとびーと」

「ここが過去の各報告書で、こっちが風紀から送られてくる調書の複製な。割と役に立つから、何かあった時このあたり見ると大体どうにかなるぞ」
「はい」
「にしてもお前が生徒会長か。なるべくしてなったが半分、お前で大丈夫かって不安が半分ってとこだな」
「これでも支持率七十%以上の超人気者ですけど」
「そういうこと自分で言うから、不安半分なんだよ。謙虚って言葉知ってるか?」
「さぁ」

 明後日の方向を向けば、あからさまなため息が聞こえて、八柳(やなぎ)は眉間にしわを寄せた。
 前生徒会長となる彼は気さくな人柄だが、八柳とは相性が悪く、不愉快な感情を覚えることも度々あった。雑談を加えながら、だらだらと引き継ぎを進められる現状も好きではない。

「以上ですか?」
「まぁ、そうだな」
「では今までご苦労様でした」

 頭を下げれば、片眉をつり上げた前生徒会長が腕を組んで踵を鳴らした。苛立っている時の癖だ。
 引き継ぎで何度か見かけたおかげで、それが彼の爆発前の警告だと気付いてからは、それ以上刺激しないように言葉を選んでいる。

「俺も、会長のように人に尊敬されるような存在として努めたいと思います」

 先日、彼と同じクラスの先輩から陰口を聞いたことは黙っていよう。
 続けて深く頭を下げ、労いの意を示せば、気分が良くなったのか大袈裟に肩を叩かれた。出そうになった舌打ちは、歯列をなぞることで堪える。

「大変だと思うが頑張れよ!」
「はい」

 終わったなら早く出ていけ。
 何度も心中で繰り返していると、前生徒会長は数分ほど自慢話を押し付けてから、満足したのか最後に何度も背中を叩いて去って行った。生徒会室がようやくその内装に相応しい静けさを取り戻す。
 八柳は気配が消えたことを確認してから、イタリアンスタイルの豪壮な椅子に腰を下ろし、大きく息を吐く。そして背中を預けて、苛立つままに靴を履いた足を机上に乗せた。行儀がいいとは言えない姿勢で、ふてぶてしく舌打ちをしながら、彼が机に残した個人的な引き継ぎノートを開きもせず、傍のゴミ箱に押し込む。

「押しつけがましい、善人気取り、自分に都合のいい人間以外は皆、素行不良。総合格闘技のアマチュア優勝者ってだけで、周りを言いなりにさせてただけじゃねえか」
「聞こえてるよ。特に後半、声が大きくなってる」

 溜まった鬱憤を吐き出していると、扉がゆっくりと開いて穏やかな雰囲気の青年が入ってきた。左手に抱えたファイルを棚に戻しながら、八柳を見て困ったように笑う。

「確かに、ほめられた会長ではなかったけど」
「任期が二ヶ月早まったの、気付いてんのかね。まぁ、本人にバレないようにリコールを進めてたわけだけど」
「バレてたら君、ここで悠長に座ってられないでしょ」
「確実に顔面は変わっていただろうな」

 小首を傾げて答えれば、青年――柏木(かしわぎ)はため息をついて八柳の左隣の机に座った。

「ある意味その見た目のおかげってところもあるんだから、大事にしてね、生徒会長さん」
「副会長がお前だから大丈夫だろ。なんかあったら代わりに悪いヤツ倒してくれそうだし」

 八柳がからかい気味に言えば、柏木は力こぶを作る仕草をしながら笑った。けれど目は笑っていない。

「少なくとも見かけ倒しの貧弱八柳よりは強いからね、いつでも泣きついてくれて構わないよ」
「けっ」

 見た目とのギャップを皮肉ったつもりが自分に返ってきて、気まずくなった八柳は明後日の方を見ながら舌打ちする。
 柏木はおっとりした話し方から、中肉中背人畜無害の性格のように見えて、実のところ今時古いと言われる堅物の体育会系だ。柔道部の副主将を務めていて、前生徒会長ほどではないが腕に自信もある。
 生徒会長選挙で戦った時はライバルだったが、八柳に敗れた今は副会長として、これから共に学内を盛り上げてくれる仲間となった。これほど心強い副会長はいない。
 反対に八柳はがっしりした体格に高身長、精悍だが子供に懐かれない仏頂面を持ちながら、引きこもりの文化系だ。運動系の成績は赤点とまではいかないが、平均を下回っている。
 前年度は書記に就いていたためあまり知られていないが、調理部にも入っており、老舗和食屋を実家に持つ部長から称賛される腕前を持つほどだ。おかげで大食漢の柏木を唆して、本人に気付かれずリコールを進めることが出来た。
 体育会系の団結力は強い。文化部は半分程度しか動いてくれなかったのに大きな違いだ。八柳は心中でため息を漏らす。

「でも、これでこれからは正当な生徒会活動を行えそうだね」
「ああ。偏った部費も余計な経費も不当な会則も、全部を白紙に戻すから忙しくなるぞ」
「そうなると、まずは過去の資料から基本的な情報を集めないと」
「俺の残した不当なデータは個人フォルダに入ってるから、後でそっちに送る」
「ついでに風紀にもお願いしまぁす」
「分かってるよ」

 八柳は会議用のラップトップを開いて、メール画面を操作しながら、柏木のため息を耳にする。

「来月までに書記と会計も決めないと、だね」
「会計は前の会長とグルだったし、副会長は元々辞めたがっていたから仕方ないが……流石に二人で新年度を迎えるのは厳しいな」
「新年度までには生徒会の体制を整えておかないと、新しく入ってくる子が大人しいとも限らないしねぇ」
「せめて今週中には候補を選出しておく」

 前会長のような大柄な男が暴れる姿を脳裏に過ぎらせて、八柳は渋い表情を見せながら口をへの字に結んだ。

「じゃあ俺は風紀に報告書だけ出したら、一度部活に顔出してくるよ」
「頼む。……あんまり熱くなりすぎて扱くなよ?」
「うーん、後輩が鬼の居ぬ間になんとやらを実行してるって噂だから、それが本当なら三時間は戻らないかなぁ」
「三時間……」

 そんな長い時間、一体何をするのだろう。八柳には酢豚ぐらいしか思いつかない。
 いや、思いつかない方がいいのかもしれないと頭を振って、荷物は置いていくと告げた柏木に手を上げて返事した。
 また静寂が訪れた生徒会室で、八柳は背凭れに体重を預けると、豪勢な装飾が施された天井を見上げて思考に耽る。
 近年、生徒会は体育会系の者で構成され、横暴に近いやり方で生徒たちに圧政を強いてきた。八柳は知らないが、行事費用だからと、不必要な金銭の徴収が行われた年度もあったと聞いている。
 なんの偶然か文化部の彼が書記に就けたのも、計画性の弱いリコールが順調に進んだのも、更には自分が生徒会長という役職に就けたのも何かの縁だろう。
 責任あるべき生徒会を元の正しい職務に戻さなければと決意を固めて、八柳は視線を豪勢な机に向けると、何とはなしに上段の引き出しを開けた。

「ん? 開かないな」

 が、どうやら鍵がかかっているらしい。他の引き出しも調べてみるが、開かないのは上段だけのようだ。
 八柳は鍵を探す為に机の中を漁る。会長職に必要なファイルや前生徒会長の残したらしい筆記用具以外は、それらしいものが見当たらない。仕方なくセンター引き出しを戻した時だった。

「なんだ、これ」

 八柳は引き出しの下に連動して動く、もう一段の引き出しを見つけた。単純な操作で下段のみを引き出すと、見慣れないパソコンのようなものが出てくる。
 所謂、専門的な場所で使うコンソールドロワーに似たそのコンピューターのことは、引き継ぎで何も聞かされていない。
 電源を入れてみるが動く気配はないので、壊さないように慎重な手つきで触ってみると、タッチパッドが外れ裏側に張り付けられた鍵を見つけた。
 どう考えても怪しい。八柳は目を細めて、細長く表面に細かい凹凸が入っただけの鍵を見つめる。
 脳筋の前生徒会長のことだ。コンピューターの存在に気付かなかったか、それとも鍵がかかっていた上段を気にせずそのままにしていたか。どちらの可能性も有り得そうなことだった。彼が意図的に伝えなかったわけではないと判断して、八柳は鍵をまたタッチパッドの裏に貼り直すと、引き出しを元の状態に戻す。

「……開けてはいけないような気がする」

 が、見つけてしまったものは気になって仕方ない。
 意識を別にやろうと席を立ち、棚を覗いてみるが、脳裏に浮かぶのは隠されたコンピューターと鍵である。これについて説明されている資料があればと探してみたが、あるのは校則会則についての資料や、イベントや活動に関するものばかりで、不思議な引き出しについて書かれているものは一切見当たらなかった。
 男子は皆、すべからく隠された謎や秘密に弱い。特に、まるで何かの結社のような見慣れないコンピューターは、わくわくさせる以外のなにものでもない。
 八柳も例外ではなかった。

「……好奇心に勝てる奴っているんだろうか」

 そう呟くと、先ほどのコンピューターを出し鍵を手にする。
 おそるおそる上段の鍵穴に差し込んで回してみた。カチリ、と施錠が外れた音がして、唾を飲む。八柳はゆっくりと引き出しを開き、中を確認した。

「……あ?」

 が、出てきたのは薄っぺらく丸い形をした煎餅のようなもので、手に取ってみるも特に物珍さはなく、どちらかといえばゴミのような薄汚い物だった。

「拍子抜けだな」

 八柳は緊張で固まっていた体を弛緩させると、口の中が乾いていることに気付き、手に取ったそれを机上に置いて水を取りにいく。
 どうやら思わせぶりな設備は意味を成さないものだったらしい。給湯室で一口飲み、コップを手に戻ってくれば、机上のゴミは机の色に同化したように存在を隠していた。
 それを半眼で視界に入れながら、八柳は摘みあげるとゴミ箱に向かって放り投げる。
 しかし、そのまま円を描くように筒状の箱に入っていくはずの茶色のゴミは――何故か、軌道を変えて八柳の方に飛んできた。

「はっ?」

 その物体のあり得ない動きに、反射的に体をずらして衝突を避けようとする。
 だが、またもや軌道を変えた茶色いゴミは、八柳に狙いを定めると飛びついてきた。

「うわっ」

 咄嗟に目を閉じるが、何かに当たった気配はない。代わりに下の方からずずず、と啜るような物音が聞こえてくる。
 視線を向ければ、茶色い物体は八柳の手に持ったコップに入り込み、水を懸命に啜っていた。
 徐々に減っていくコップの中身を埋め尽くすように膨れ上がった物体が、その体積を狭そうに捩じらせている。

「み、みずぅ」

 八柳は状況が飲み込めないままだ。呆けながらその様子を見ていると、茶色く膨れ上がったものがどこからか声をあげてコップを這い出てきた。
 コップを持った手に、冷たくぶにぶにした感触を覚えて、我に返った八柳は慌てて中にいる謎の物体ごとコップを放り投げる。

「うぎゃっ」

 しかし、コップが絨毯に落ちる前に、中にいたそれは宙を舞うと、八柳の胸元にへばり付くように飛んできた。
 慌てて引きはがそうと掴むが、指の隙間をすり抜けて伸びた触手のようなものが八柳の眼前で揺らめく。

「ちょっとだけスイブン、わけてくださぁい」
「はぁっ? ……っ! ひ、ひぃっ」

 触手が何か言い出したかと思えば、突然目のようなものがぎょろりと一つ飛び出て視線が合った。
 悲鳴を上げて体を仰け反らせるが、触手は目を引っ込めると、八柳の開いた口に滑り込んでくる。

「んぐっ! うぐぅっ」

 慌てて引っ張り出そうと力強く掴むが、中に入った触手は八柳の唾液を余すことなく吸い上げて更には喉奥から体内へと侵入していく。
 咽頭反射に肩を大きく跳ねさせながら、八柳は体液を啜っているであろう触手を渾身の力で引っ張り出した。

「ぐえっ、えっ、お、えっ」

 ずるりと抜けた触手を叩きつけて崩れそうになる足を踏ん張ると、給湯室に走り、蛇口から直接水を含んでは数度吐く。
 過去に検査で胃カメラを経験したことがあるが、それよりも不愉快な感覚が尾を引いて寒気が止まらない。
 何度か胃を濯ぎ、ようやく新しいコップを手に取ってゆっくり飲み干すと、落ち着いたのか八柳は大きく息を吐いて壁に背中を預けた。

「何なんだ、あれは」

 意志を持って動くため、生物であることは間違いないだろうが、あんな生き物は見たことがない。その上、人間の言葉をはっきり話すという非現実的な存在に、八柳の頭は混乱を極めていた。
 頭痛を感じてこめかみを揉み解してやれば、少しましになったように感じる。

「だいじょうぶぅ?」
「おわっ」

 一先ず状況を整理するため、給湯室の扉を閉めて立てこもろうとした時だった。気遣うような声と共に、見知らぬ少年が八柳の様子を窺うように覗き込んでいる。

「な、ななっ」
「のど、カラカラでしにそうだったんだぁ、ごめんねぇ?」

 小首を傾げて謝る少年は、茶色い髪に幼さの残る容姿と出で立ちこそ普通だが、少し透けていて、明らかに人ではないことが分かる。
 その見覚えのある髪色に、八柳はすぐに気付くと、給湯室から出て距離を取った。

「さっきの生命体か……っ」
「スライムだよぉ、びょーん」

 続いて給湯室から出てくる少年を睨み付けながら後ずされば、両頬を人間ならあり得ない長さまで引っ張って笑った少年が頭を下げた。

「そのセツは、たすけていただいてどーもどもぉ」

 全体的に語り口がふざけているとしか思えない自称スライムに、八柳は眉をひそめて首を傾げる。

「で?」
「……で?」
「お前が何なのか……とか、何で閉じ込められてたのか……とか、色々説明すること、あんだろうが。つか、スライムって膨らむのかよ……乾燥わかめみてぇだな。いや、ナメクジか」
「ナメクジといっしょにしないでぇ!」

 どうやらナメクジと言われることに過剰な嫌悪感を覚えるらしい。不機嫌になったスライムをどうしたものかと、八柳は顎を掻いて見遣った。

「まぁ、とりあえず顧問を呼ぶか」
「せんせぇはしらないとおもうよぉ」
「なんでだよ」
「だって、ボクはせーとかいのひみつだもぉん」

 どこに自信を持っているのか、胸を張って得意げなスライムを八柳は半眼で見つめる。

「よく分からん」
「コンピュッタ、みてないのぉ?」
「付かなかったからな」
「あ、だんせんしてるぅ」

 机の下を覗き込んだスライムが、何本もあるコードの束の内の一つを手に取って八柳に掲げた。
 確かに断線しているらしく、反応がなかったのはそのせいかと納得する。

「えーとねぇ、ボクはこのガッコウのいちばんサイショのリジチョーなのです!」
「なんか頭打ったみたいだから保健室行ってくるわ」
「ハナシきいてぇ!」
「分かった! 分かったからその気持ち悪い触手を仕舞え!」

 五本の指から伸ばされた触手が八柳に伸ばされ、慌てて身を引きながら話を続けるよう促すことで、なんとかスライムの怒りを鎮める。

「ワカイオトコがいっぱい、シュチニクリン、ひゃっほーう! ってリジチョーたのしかったんだけどぉ」
「おい、おい待て」
「ん?」
「お前、ボクって言ってるから男なんだよな?」
「そだよぉ」
「……男、好きなのか?」
「ほーもっ、ほーもぅ」
「やめぃっ! 厳格で規律正しい歴史を誇る学校の真実なんか聞きたくなかった……!」

 両手を広げて飛び跳ねるスライムに、八柳は唸り声を上げて頭を抱える。

「でも、せぇとにてをだしてたら、ついにヤクインにおこられちゃってぇ」
「当然だ」
「ハゲたおいぼれクソジジィなんか、モチをノドにつまらせてしまえー! って、ノロイをかけたら……ボクがモチをノドにつまらせちゃってぇ……」
「なんだ漫談か」
「もっとワカイオトコに、かつしかほくさいのシュンガみたいなプレイしたかった……って、ミレンをのこしてしんだせいか、これまたどっきり。きづけばこんなフシギなすがたにぃ」
「よし、NASAにでも連絡しよう。報奨金がもらえるかもしれない」
「まってまってまって! まだつづきがあるのぉ!」
「……」

 突拍子もない話だが、実際八柳の前にいるのは体の透けた少年だ。携帯を取り出した手はそのままに、訝しみながらも最後まで話を聞けと訴えるスライムを横目で見つめる。

「んで、またワカイオトコにイタズラしほうだい、ひゃほーいって、サイショにいたせーとかいしつをとびだしたんだけど、でれなくってぇ……」
「せめて理事長室で目覚めればよかったのに」
「そのときはクビをつってしにますぅ……」
「首なんかねぇようなもんじゃねえか」

 茶々入れないで、と頬を膨らませるスライムに、八柳は適当に頷いて続きを促す。
 どうやら、聞いている間に拍子抜けして緊張が解れたらしい。現実的にあり得ない生物と普通に話している自分を遠くで失笑しながら、もじもじと体を揺らし始める少年を見る。

「とりあえず、ナニもしないのもアレだし、まいとしミタメがいいカイチョーにイタズラしてたら、せぇとかいのヨウカイってよばれるようになっちゃってぇ……」
(お祓いできないのかなコイツ)
「いつしか、ボクのおセワをすることが、せぇとかいちょーのシキタリになったのですぅ」

 話を聞くのが馬鹿らしくなってきた。
 何故か照れだしたスライムを半眼で見遣りながら、八柳は脳裏で生徒会室に塩はあっただろうかと考える。

「しかしハチねんまえ……ボクはカイチョーのユウワクによってワナにかかり、ひきだしのなかにフウインされてしまったのですぅ……うっ、カワイソウなボクぅ……」
「自業自得じゃねーか」

 涙を流しておいおいとしなだれるも、呆れて慰める気すら起きない。
 どうやらその封印を解いてしまったのが八柳らしい。この件に関する情報もコンピューターの中に入っていたのだろうが、断線していて確認することは出来なかった。この生物にそんな古い歴史があるのなら、紙で残していそうなものだが、おそらく情報は全てあのコンピューターの中に移動した後なのだろう。でも一応後で調べてみよう。
 予想するに、断線は前生徒会長の仕業だ。足元のコードが邪魔だと、よく中から机を蹴り上げていた記憶がある。
 記憶の中の前会長に殺意にも似た怒りを覚えながら、八柳は好奇心に首を突っ込んだことを後悔した。さながらパンドラの箱のようだ。
 せめて柏木がいる時なら冷静に判断できただろうと考えて、話を終え一息ついたスライムに視線を向ける。スライムは八柳を視認すると、ぐにゃりと姿を変えた。そして歪な球体になると、這いながら八柳に近付いてくる。

「ほんと、カイチョーのおかげでジユウになれたよぉ」
「悪いことは言わん。今からでも遅くないから、また乾燥わかめのように縮んで引き出しに戻れ」
「やだよぉ」

 不満そうな声を上げて体を揺らすスライムは、八柳の足元から伝い登ると、肩に止まって顔を覗き込んでくる。

「カンシャのきもちに、おれいさせてぇ?」
「いらん……嫌な予感しかしない」

 八柳は眉根を寄せると、明後日の方向を向いて肩のスライムを鷲掴み、引きはがそうと試みる。
 しかし、スライムはやはり先ほどのようにその指をすり抜けると、八柳の緩めた襟元からシャツの中に潜り込んでしまった。

「ひっ」

 冷たく気色の悪い感触に背筋が粟立つ。
 スライムは八柳の中でまた形を変えると、今度は触手を何本も出して体中に巻き付き自由を奪ってきた。暴れて抵抗を示すが、強く巻き付いた触手は操り糸のように八柳の右腕を後ろ手に固定してしまう。

「おい、だからそういうのはいらんと言って……っ」
「あい?」

 八柳は、空いた左手で嫌な動きを見せる胸元の触手を掴み、引きはがそうともがく。
 しかし、スライムはするりとその手の中から抜け出すと、襟元から現れて笑顔のまま小首を傾げた。同時に、足元に絡みついていた別の触手が膝を折り、彼を四つん這いの形で床に倒すと、頭を痛いほどの力で押さえ込んでくる。
 焦った八柳は力をこめて起き上がろうと踏ん張るが、その度にくすぐるように触手が動き回って、ただ体力を消耗するだけの徒労に終わってしまう。
 スライムは、無理な力の使い方をしたせいか息が切れた八柳の様子を満足そうに眺めながら、バックルを弄り、緩んだスラックスに自身の体を滑り込ませる。
 内股のひんやりとした感触に、この先の行為が脳裏を過ぎり喉の奥でひゅっと音が鳴った。

「ま、まてまて、待ってくれ。俺にそういう趣味はない。だからこんなプレイが好きな、特殊性癖を持った奴にしてやってくれ。少なくとも俺はいらん、断る、今すぐ解放してくれ。頼む、いやお願いします」

 まくし立てる声は狼狽えているのか震えていて威勢が弱い。
 面白そうに横顔を見つめるスライムの視線を頬に受けながら、八柳はそれでもこの状況に頼み込むしか術はなく、唇を噛みしめた。

「カイチョーなのによわいねぇ」
「会長が弱くちゃ駄目なのかよ」

 どうやら馬鹿にされているらしい。ため息が聞こえて、視線だけを横に向け睨み付ける。
 こんな軟体生物に負けている自分も悔しいが、今の八柳は陰茎の周りを陣取るスライムに貞操の人質を取られているようなものだ。先ほどから隙を見てはもがき逃げようと試みているが、滑りやすいスライムは彼の動きを上手く封じては床に押し付けてくる。
 最後の希望は柏木が戻ってくることだが、忘れ物が無い限り部活が終わるまで生徒会室に帰って来ることはないだろうし、忘れ物をするような抜けた男でもない。

(あと可能性があるのは顧問……は、嫌だな)

 性格の悪さと潔癖さで有名な生徒会顧問は、この状況を見ても失神するか、意識があっても八柳の状況を不純だと騒いで、会長職の辞任を理事に申請しかねない。
 八方ふさがりの状況で、八柳はそれでも必死に頭を回転させていた。
 けれどしばらくその様子を見つめていたスライムが、飽きたのか絡みついていた触手の動きを大きくしたことで、意識は現実に引き戻されてしまう。

「うぎゃっ!」
「きゃきゃっ」
「きゃきゃっ、じゃねーよ笑うな! だから離してくれって頼んでんだろ!」
「やーだーよぉー」

 噛みつくように怒鳴ればふい、とそっぽを向かれて苛立ちを感じる。

「強姦って知ってるか? ごーかん。お前のしてることは犯罪なんだぞ、は、ん、ざ、い!」
「しらない、ボク、ニンゲンじゃないしぃ」
「お礼って言ってたのは嘘か! ただお前がしたいだけだろ!」
「え? あ、あぁ、そんなことないよぉ」

 軟体生物から先ほどの少年の形に戻って茶化すように笑うスライムに、思わずこめかみがひくひくと動く。
 けれど、体を這う残った触手が感度の高い箇所を撫でてきて、迫り上がる性的興奮に八柳の怒りはすぐに焦りに変わった。

「ほっ、本当は何が望みだ!」
「のぞみぃ?」
「なんかこう、あるだろ。金銭的なこととか物品的なやつとか、出来ることなら何でもする!」

 この際、大学の費用にとかなりの額を貯めこんだ預金を全部渡してもいい。自分の持ち物なら何でもくれてやる。だからこんな非現実な状況で、しかもスライムに貞操を奪われることだけは避けたい。
 そんな八柳の願いはスライムに通じたのか、陰茎に絡みつこうとしていた触手が動きを止めて悩む素振りを見せる。

「そーだなぁ」
「なんか食いたいなら作ってやるぞ。飯の腕には自信があるんだ」
「んー、じゃあ……」

 飯という単語にぴくりと反応を示したスライムに、一筋の希望を見つけた。

「カイチョーが食べたいなぁ!」
「そんなエロ本のテンプレみたいな台詞を求めてたんじゃねーよ馬鹿か畜生!」

 が、笑顔で返ってきた答えに思わず拳を力強く叩きつける。
 憤りを床にぶつけている間に、触手は八柳の陰茎に巻きつくと、尿道にその先端をねじ込んできた。刺激が強い突然の行為に体は大きく跳ねる。

「ひぐっ」
「きもちぃ?」
「いっっ、ぎ、っんぐぅ……ぬ、ぬけ、ぇっ」

 スライムの問いかけは、自身に迫る刺激を堪えるのに必死で八柳には聞こえていないようだった。股を閉じて体を丸める意味のない抵抗を嘲るように、スライムは触手を更に奥へとねじ込んでくる。
 八柳は顔を赤くさせながらも歯を食いしばり耐えるが、自由な動きを見せる触手に際限まで中を弄られる。今まで感じたことのない強い快感に、限界の近さを訴えるように視界が瞬いていた。

「ひぎっ、ぐうっう、うっ」
「ガマンしなくていいよぉ?」

 言葉だけなら気遣っているように聞こえるが、ガマンさせるような行為を強いているのはスライムだ。
 拳を握りしめながら必死に首を振るが、抜き差しを繰り返していた触手はとどめと言わんばかりにぐるりと中を抉ってくる。八柳は強制的に排泄される感触に耐え切れず、生理的な涙を一つこぼした。

「あぐっ、ん、うぅっ」

 背筋が震えて下半身が揺れる。覚えのある射精の感覚は、けれどいつもと違う出すべきところにある異物によって新しい絶頂を引き出された。

「ひっ、ああっ! ああぁっっ!」
「いっぱいダしてるぅ」
「んぐっ、ひんっ、ひ、やっ、吸うなぁっ! あっ、あぁ!」

 触手の先端が開き、彼の射精した精子を容赦なく吸い出している。
 精液が外気に晒されないままスライムの体内に吸収される感覚は、当然ながら八柳にとって初めてのことで、射精したのかしていないのか分からない曖昧な爽快感に、膝が震えて体は脱力していく。

「ごちそうさまぁ」

 スライムの満足そうな声と共に、全て飲み切ったらしい触手はゆっくり八柳の尿道から出てくると、休みなく陰茎に巻きついて上下に扱いてくる。

「ひっ、は……ふぅ、う」
「きもちヨかったぁ?」
「い、いいわけっ……ひぐっ」
「よかったぁ?」

 顔を覗き込んでくるスライムの言葉に合わせて、陰茎を包んでいた触手の力が強くなる。
 鬱血しかけている赤黒い陰茎とつるような痛みに、八柳は固く目を閉じながら慌てて頷いた。

「きっ、もちよかった! 気持ち良かったぁっ!」
「じゃあ、もっときもちいいコト、したげるねぇ」

 叫び声に近い八柳の震える言葉を聞いて、スライムは嬉しそうに笑いながら、体を這い回る触手の一本を八柳の口の中に押し込む。
 思わず噛みそうになったが、喉奥まで突っ込まれると口を閉ざすことも出来ず嗚咽に肩が揺れた。

「おしりにおおきいの、いれてあげるぅ」
「んぐっ、んんうぅぅぅ!」

 聞き流すことの出来ないスライムの甘い声に、八柳は目を見開くと体を大きく左右に揺らし、もがき抜けようと暴れだす。
 この結果を避けるためにあらがってきたのだ。
 今までの中で一番強い抵抗に、スライムも負けまいと触手を巻き付かせて体を押さえ込む。

「むだなテイコーはやめて、おとなしくたべられなさぁい!」
「んんーっ! んぐぅっ、んう!」
「シンセンなセーシをよこせぇ」
「ん、ぐっ! ぷはっあ、はぁ、っ、せ、精子だけならケツ掘る必要ねぇじゃねーか!」

 八柳は首を横に振ってどうにか触手を口の中から追い出すと、スライムに疑問をぶつけて回避しようと試みた。
 けれど、スライムは形状を変えて体の一部を八柳のスラックスに滑り込ませると、下着ごと下半身の衣類をはぎ取って笑う。

「それは、ボクがきもちいーからシタイだけですぅ」
「はぁ? っあ、ふぐぅっ」

 八柳は素っ頓狂な声を上げて、視線を下半身に移動したスライムの方に向ける。スライムはすかさず丸見えになった尻を割り開いて肛門を曝け出すと、突起状になった先端でそこを突き僅かな刺激を与えてきた。
 しかし、ひくつく肛門につぷりと先を乗せて広げれば、力を込めた八柳に締められて、挟まれたまま動けなくなってしまう。

「ちょっとカイチョー」
「けっ、結局は全部お前の欲求じゃねえか! 生徒会のしきたりってのも嘘八百だろ……!」
「せぇとかいのシキタリは、ほんとだもぉん」

 八柳は暴れながら叫ぶが、スライムは不満そうな声をあげるだけで開放する様子はない。挟まれたままの突起状のそれは、中に入りたそうにもぞもぞと揺れていた。

「だって、マエのカイチョーはリコールされてタイガクでしょぉ?」
「は? 退学ってどういう――」
「ツベコベいいので、もういれますぅ」
「っや、やだっつって……っ!」

 スライムの気になる発言に気を緩めたのがいけなかった。
 隙を見逃さなかった軟体生物は、八柳の肛門に滑り込むように突起状の一部を挿入していく。
 慌てて大臀筋に力をいれるが、勃起した陰茎と違って形の自由なそれは、隙間からするりと入り込むと、中でゆっくりと膨張していった。

「ひ、ひぃっ! 気持ちわるっ」
「でもいたくないでしょぉ?」

 確かに痛みは全く感じなかったが、体内に異物が入っている感触に違和感を覚えて吐き気がする。
 中に入りきったらしいスライムの一部は、まるで人の陰茎に似た形を作ると、八柳の中で上下に揺れた。

「いっ、痛くないからいいってもんじゃ……」
「ちゃんときもちヨくするしぃ」

 そう言いながら、スライムは男性器となったそれをゆっくりと引き抜いて、また中に押し込みながら八柳の内壁を擦る。
 やはり痛みはないが、中を動き回る違和感に『掘られる側』は一体何が気持ち良くて受け入れているのだろうかと、八柳は下唇を噛みしめて屈辱を飲み込んだ。

「あれぇ? きもちくなぁい?」
「気持ち悪いっ」

 抜き差しを繰り返しながら体にまきついたスライムが、襟の間から顔を出して萎えたままの陰茎を覗き込む。そして空いた触手を絡ませると、上下に扱いて射精を促した。

「んうっ、う、うぐ、……ぅあっ」

 肛門と違って陰茎は快楽の受け入れ方を知っている。
 粘りつくスライムの分泌液に滑りの良くなった触手は、確実に彼を絶頂に導いていた。

「んんっ、んぐっ! っふ、ふうっ」
「こっちはスナオなのにぃ」

 からかいながら、いやらしい音を響かせる股間部分と連動させるように、スライムの陰茎は出たり入ったりを繰り返している。
 まるで尻で感じているような錯覚を起こしそうな感覚に、八柳は頭を振ったが、じわりと覚える内壁の快感にこみ上げる熱は、ゆっくりと脳を溶かしていった。

「あっ、うぅ、う」
「あ、オシリほぐれてきたぁ」

 喜びを見せるスライムの言葉は、認めたくないが確かにその通りだった。
 慣れてきたのか滑らかにピストン運動を繰り返すスライムの陰茎は、否定しようともがく八柳の性感を徐々に追いつめていく。

「んぐっ、んう、ぐ」

 強く下唇を噛めば、鈍い痛みが走った。
 スライムはそんな八柳の抵抗を余所に、律動の中で陰茎に硬さを持たせると、前立腺を優しく刺激する。陰茎を手淫しながら押し潰すように力を込めたそれは、彼にじわりと痺れを覚えさせた。

「っん、う、あ……っ」

 もどかしいと感じるその刺激は次第にじんじんと熱を帯びていく。
 気付けば八柳は、後ろだけの刺激ではっきりと性的興奮を感じるようになっていた。しかし、ペッティングで無意識のうちに奪われた思考は、抵抗よりもその快楽を追う方に夢中で気付かない。
 持ち上がった尻も揺れる下半身も触手の上から添えて陰茎を弄る手も、八柳の中では最早別の生き物だった。

「あうっ、う、あっあぁ」

 内壁を責め続けるスライムの陰茎は、直腸を容赦なく刺激する。前立腺よりも奥にある精嚢を擦れば、八柳は嬌声を上げながら体を跳ねさせた。

「あひっ、ん、ぐぅっ!」

 唾液が喉に詰まったのか咳き込みながら、揺らされる体に間の抜けた声を上げる。着実にオーガスムを感じてきている八柳の反応に、スライムは気を良くしながら触手を頬に滑らせた。

「カイチョー、きもちい?」

 言葉の代わりに首を縦に振る。

「たの、頼むっ! も、熱い、痒い……っ」

 イきたい、なのにイけない、疼いて仕方がない、どうにかしてほしい。平常心の八柳が聞けば、顔を真っ赤にして否定しそうな言葉を連ねながら頭を垂れる。
 異性との性行為は何度か経験もあるが、前立腺マッサージは勿論、尻を使って性感を覚える交わりは初めてだ。
 男子校の特性上、無知とは言わない。だからこそ、男が後ろで快楽を受け止めるのは時間も準備も必要だと聞いている。
 なのに、スライムから与えられる刺激は知り得た知識を叩きつけるような、思考を奪いただ享楽にふけるだけの、濃厚すぎる性行為だった。

「しょうがないなぁ」

 呆れた言葉と共に、また半透明の少年になったスライムが、後腔を責め続ける陰茎を残して八柳の体を持ち上げ、仰向けに寝かせる。中で抉れた場所が丁度刺激に弱い部分だったのか、八柳は大きく仰け反って身悶えた。

「あぁっ! ……っ、っ」

 酸素を求める金魚のように口を開閉させる八柳に、スライムは覆いかぶさって唇を合わせる。人間ならあり得ない、触手のように伸びた舌が口腔に入り込み歯列をくすぐった。

「んぐ、んぅっ」

 舌を掴まれ引き出され、涎が赤ん坊のように口周りを濡らしていく。休むことなく律動を繰り返し、時に体内で蠢く陰茎に、女のように震えあがるような絶頂が訪れるのを感じて、八柳は体を痙攣させた。

「まっ、あっ、んあっ、へ、ヘン……っ」
「なにがぁ?」
「イ、きっそ……」
「だしてもいいよぉ?」
「ち、ちが、でな……っ」

 瞳を濡らして訴えている内容も、スライムには分かっているのだろう。意地の悪い笑みを浮かべてまた姿形を変えると、先ほどよりは少し大人びた青年になった。
 あまり変わらない背格好にまるで人間に犯されているような錯覚を覚える。八柳はスライムの端正な顔立ちに、目は奪われずとも一瞬呆けてしまった。

「ほらぁ、これならイきやすいでしょぉ?」
「ひっ」

 スライムの言葉と同時に、内壁の奥を陰茎が強く擦り付ける。
 悪寒にも似た、背筋をゾクリと通る得体のしれない熱は、ついに耐え続けていた八柳にオーガズムを与えた。
 波打つような感覚が呼吸を止める。八柳は足を震わせ上半身を小刻みに跳ねさせると、勃起した自身の陰茎はそのままに、絶頂を迎えた後のような表情で、弛緩した体を重力に任せた。

「きもちヨかったぁ?」

 スライムが八柳を覗き込んで笑う。
 無視しようと視線を逸らしたが、下半身に感じる脅迫的な圧力にぐ、と眉をしかめた。

「そこそこ……つか、もういいだろ。抜……っ」
「えー、まだおわってないよぉ」

 離れようとした体は呆気なく捕まってスライムの下に押し込まれた。繋がったままの後腔から、潤滑に使われていたのだろう粘液が零れて内腿を伝う。

「まだマエもカチカチだしぃ、せっかくだからぁ、ねぇ?」
「折角だからぁ、じゃねーよ! そんなついでみたいなノリで中出しでもしたら許さねぇからな……っ」
「だいじょうぶ、アイがあるから、だいじょうぶぅ!」
「誰が一句読めと言った……っあ!」

 出来れば続けたかった逃避の雑談は終わりらしい。
 内壁を抉られながら奥を突かれて、八柳は喉から絞り出したような甲高い声を上げた。

「や、めっ、お、おく、奥はぁ……っぅん!」

 スライムは容赦なく八柳の直腸を刺激する。陰茎に絡みついていた触手も亀頭を擦りあげてきて、今度は男性としての絶頂を迎えそうで固く目を閉じた。

「ふふぅ、かぁわいぃ」

 涙目になりながら荒い呼吸を繰り返し、苦しそうに足を震わせる八柳の終わりは近かった。今度は抵抗の素振りは見せず、呆気なく包み込まれた触手の中で射精する。
 先ほどと違い、外に出せたこともあってか、触手が舐めとるのをされるがままに受け止める。そのすぐあとに、内壁に粘液が飛び散るような感覚があった。おそらくスライムのものだろう。軟体生物に精子があるのかは不明だが、今更抵抗を起こす気も湧いてこず、八柳は視界を腕で覆った。

「ごちそうさまぁ」

 語尾にハートマークがついたように上機嫌な声は、青年から元の歪なボール姿に戻ると、床を跳ねながら八柳の耳元に近づいてきた。

「こんな処女喪失は嫌だ……」
「えぇ〜、ヘタなヤツよりうまいんだから、むしろよろこばなきゃあ!」
「喜べるか!」

 視界を覆っていた腕を振り上げてスライムに殴りかかるが、難なく避けられて舌打ちが漏れる。

「それにまだ終わりなんて言ってないしぃ?」
「は、あっ? な、なにまた触って……」
「ひさしぶりのワカイオトコで、しかもチョーイケメンなら、しぼりつくすでしょぉ?」
「むっ、無理無理無理! さっきで既にヒットポイントゼロなのに、もう付き合えるか!」
「えぇ、そういわずに、ドロドロになるまで、おしりいじってあげるからぁ」
「それが嫌だっつってんだ…っぐ、ぅあ、んっ」

 八柳の抵抗は最初に比べれば抵抗と呼べないほど弱いものだった。慣れない行為に疲れ果てた体は腕を上げる気力もない。

「いっぱいかわいがってあげるねぇ! ぐふふぅ」
「気持ち悪ぃ! その台詞がもうキモブタみたいで気持ち悪ぃ……!」
「ぐふぅ、ボクなしじゃいきていけないカラダにしてあげるぅ」
「うわぁっ! この際誰でもいいから助け……っあ、あぁっ! ケツいじんなぁっ」

 嫌悪感を剥き出しにする八柳を煽るように、スライムは常套句を耳元で囁き続け、八柳の後腔に触手を這わせた。
 細い二本の触手が中へと侵入し、内壁から前立腺を摘みあげて刺激する。

「ひっ、ぎ……っあ、……っ」

 また新しい刺激に、八柳の目の前を星が瞬いた。
 摘みあげ、擦られ、突かれ、嬲られ、何度もオーガズムを経験して意識が飛びそうになる。
 このまま死ぬのかもしれない。八柳は心の中で十字を切り、覚悟を決めた時だった。

「えっ! えっ、なに? つかきもっ」

 その覚悟は、生徒会室に戻ってきた柏木の後ずさった姿を見て霧散する。

「か、かしわっぎ……! た、助けてく、れっ」

 八柳は最後の力を振り絞って、油断していたスライムから逃げ出すと、もつれる足で柏木の方へと駆け寄った。

「……ねえ八柳。実は俺はゲイビ男優で、そういうプレイの撮影してました、って言ってくれない?」
「鬼か! お前は鬼か!」
「違うんだ……どうしよう」
「頼むからここから逃げるなよ! 俺は絶対お前を離さないからな! 離さないからな……!」
「どうせならボクにしがみついてよぉ」
「お前はもう二度と俺に近寄るな!」
「しゃ、喋った……」

 むせ返る情事の臭いと、非現実的な人の言葉を話す生物に、下半身を露出して震える足を踏ん張り柏木に寄り掛かる生徒会長。その図は、最早理解不能を通り越して滑稽な有り様だった。
 柏木は、混乱しながらも、一先ず自分よりも性的暴行を受けたこともあってか取り乱している八柳を宥めすかし、自分のブレザーを羽織らせる。そしてスライムに近付くと、警戒しつつ捕獲を試みた。

「こんなの、どこにいたんだ?」

 が、案の定指の間をすり抜けて逃げるスライムに、八柳が助言する。

「そっ、そいつ、ヌルヌルして力入れないと掴みにくいんだよ! クソッ、見つけた時は煎餅みたいだったのに……」

 悔しそうに歯を食いしばる八柳は、思い出したのか恐怖に肩を抱き寄せる。親友とまでは言わないが、友人として少しの憤りを感じた柏木は、真顔でスライムを見つめて呟いた。

「なるほど。……八柳、ちょっと相手しててね」
「はっ?」
「かいちょー、つづきぃ」
「ひいっ」

 八柳は迫りくるスライムに足をばたつかせて応戦するが、あまり効いていない。
 その間にあるものを用意して戻ってきた柏木は、八柳の上に覆いかぶさって性行為を始めようとするスライムの上から、躊躇なく塩の袋をひっくり返した。

「しょっぺ!」
「……ふふふぅ、ボクにシオはきかないもんねぇ!」
「じゃあこれは?」

 得意げな声で挑発するスライムに、柏木は容赦なくその電源を入れる。
 突然響いた大きな音に、スライムは体を強い風に煽られ揺らしながら、叫び声をあげた。

「あぁっ! そ、れ、はぁっ」

 柏木がスライムに向けて当てているのはドライヤーの熱風だった。強い熱に、水分は急速に蒸発してスライムの体を縮めていく。

「なんでオマエがしっているぅ……!」
「いや、ナメクジにはドライヤーも効果あるって聞いたから」
「ナメクジじゃ、なぁっ、いぃ!」

 縮む体と共に弱くなっていく声は、暫くして煎餅のような大きさになって泣き声をあげ始めた。

「ふえぇん、せっかくでれたのにぃ」
「自業自得だ!」

 声だけ聞けば弱弱しいため、可哀想だと錯覚しそうになるが、これは強姦魔だと言い聞かせて八柳は頭を振る。
 手のひらサイズになったそれを、柏木がゴミのようにつまんで見せてきた。

「どうする? 捨てるか元の場所に戻すか……割るって手もあるよね」
「ボクはフジミだからしなないもぉん」
「あと生徒会室から出ることも出来ないらしい」
「じゃあ、もっとカラカラに乾燥させて元の場所に戻すか」
「それはやめてぇっ!」

 悲痛な叫びをうるさいと柏木が一蹴して、持ってきたジップロックに密閉する。
 ようやく長かった騒ぎが収まり、静寂が訪れた。八柳は一息ついて体をタオルで拭くと、柏木の用意してくれた紅茶に手を付ける。

「で、事の経緯をなるべくゆっくり説明してもらっていい? 理解に時間がかかりそうだから」
「あ、ああ」

 落ち着いた様子を見計らって柏木が声をかける。
 八柳は彼が生徒会室を去ってから起こったことを細かく説明しながら、ジップロックで大人しくしているスライムに何度か視線を送った。空気がないと話せないのは人間と同じらしい。もぞもぞと微弱に動いているだけで害のない様子に、安堵の息を吐く。

「つまりこれは、好奇心旺盛な八柳くんが起こした悲劇の事故なんだね」
「そ、そういわれると俺だけが悪いような気が……」
「せめて俺を待っておけば速攻乾燥させて引き出し戻りだったのに」
「ぐう」
「待っておけば、過去の資料にあった“妖怪男舐め”と呼ばれているこの煎餅スライムの対処法を伝えることが出来たのに」
「ぐう…ぅ? おい待て、お前知ってたのか?」
「知ってたけど分からなかったから、戻ったら君に相談しようと思ってたんだよ」
「ぐううううううう!」

 後悔先に立たず。
 頭を抱え丸くなる八柳を見て、柏木は呆れた表情でため息をもらした。
 そしてジップロックからスライムを取り出すと、片手にドライヤーを持ったまま珈琲に漬け込む。

「にがっ、にがぁっ!」
「お、おい何戻して……」

 先ほどよりは小ぶりのスライムが、苦しそうに珈琲カップの中から這い出てテーブルの上に横たわる。

「いや、まだ君からの話を聞くに、こいつが何か言いたいこと、あるんじゃないかと思って」
「言いたいこと?」
「……実は前会長、俺が部活で後輩を指導している時に、傷害事件を起こしたらしい。部活に風紀委員が飛び込んで来て教えてくれたよ。どうやら、恨みを持った人が会長職を終えた彼に唾を吐きかけて罵ったらしいけど……馬鹿だよね、アマチュアでも総合格闘技の優勝者なのに。憤慨した前会長は相手の鼻を折り、続けざまの暴行で風紀に取り押さえられ、駆け付けた時には退学が決まっていたよ。あと数か月だってのに勿体ない」
「そんな……」

 退学が決まった頃は、おそらくスライムと八柳が性行為に及んでいた時だ。今初めて聞いた内容を勿論スライムも知るはずがない。

「じゃあなんで知ってたんだ……」
「だからシキタリだってぇ」

 八柳の紅茶を勝手に吸い上げているスライムが口を開く。
 横からドライヤーも当てられているので大きさはあまり変わらない――むしろ少し縮んだ気がするスライムの口ぶりに、八柳は首を傾げて見下ろした。

「ど、どういうことだよ」
「ボクのおせわをするのがシキタリになったって、いったでしょぉ?」
「だからなんだってんだよ」
「シキタリをまもらないカイチョーは、おしりペンペンされるんですぅ」
「何言ってんだコイツ」
「おそらくだけど、しきたりを破れば何らかの不幸が訪れるんじゃないかな。まだ全部調べてないけど、資料を見れば、八年前から一昨年まで会長職に就いている人皆、事故にあったり卒業してからも不幸があったりしてるらしいよ。ここ二年のは管理されてないのか、残ってないけど」
「はぁ?」
「しょだいリジチョーの、のろいですぅ」
「ほら、なめくじ妖怪らしいし」

 違う、と柏木に向かって怒る卵ほどの大きさのスライムは、見た目だけなら可愛くも見える。

「つまり、俺もこいつを世話しないと不幸が訪れるのか?」
「まぁ、そうみたいだね。……逆に、歴代の生徒会長職に就いたOB達が、揃って社長になったり政治家になったり輝かしい栄光を手にしているのは、コイツを世話した恩恵だったりして?」
「ざしきわらしってやつぅ?」
「というか、座敷スライム?」

 二人は――片方はどちらかと言えば一匹といえるが――揃って首を傾げて間抜けに口を開きっぱなしの八柳を見つめる。

「な、なっ」
「あ、そうそうこれ――言ってた資料ね。妖怪男舐めの宥め方とか載ってるでしょ? 珈琲嫌いとかも」
「ううう……嫌だ、こんな得体のしれないファンタジーな軟体生物と今後もまぐわるぐらいなら、会長辞めた方がマシだ……」
「でも下手すりゃ死ぬらしいよ」
「そういえばそんなひともいたねぇ」
「二十五年前の会長が、辞任後癌でお亡くなりに……ほら、この人」

 資料を捲って指さした先には、凛々しくて男前な青年が挑発的に微笑んでいる。八柳は頭をテーブルに叩きつけて唸り声をあげた。

「歴史ある伝統文化に守られた秩序正しき学校だと思って入学したのに、こんな、こんなことって……!」
「うーん、でもなんか納得するような……」
「どこがだよ」
「だって歴代の校長、皆このスライムちゃんみたいにツルッツルじゃん」
「よくぞ、きづきましたぁ」
「え、関係あるの?」
「ないよぉ」
「他人事だと思っていい加減にしろよ!」

 先ほどの争いは何だったのか、今は楽しそうに談話を続ける二人に、八柳は耐え切れず顔を上げた。
 けれど柏木は肩をすくめるだけで、顔を覗き込んで笑みを浮かべてくる。

「ドンマイ。今日ほど君に会長選挙に負けて良かったと思わない日はないよ」
「そうかなぁとは思ってたが、やっぱ負けてたの根に持ってたんじゃねぇか!」
「ボク、はらぐろニガテだから、えんりょしますぅ」
「なら良かった。今後も安心して生徒会室に来れそうだ」

 性格悪いよな、と胸中で呟きながら、八柳は呆れた視線を柏木に向ける。

「こうなったら、とりあえず過去のことは水に流してお友達から、ってのもいいんじゃない? 任期の間だけ世話すれば、将来安泰確定なんだし」
「できたらカイチョーとまぐわりたいですぅ」
「なんかあったらドライヤーあるし」
「それはやだぁ!」

 スライムが慌てて八柳の膝に飛び乗ってしがみつく。
 先ほどのこともあってか警戒に体が揺れるが、ドライヤーのおかげか一方的な行為に及ぶ心配はなさそうなので、少し力を抜いて膝のスライムを突いてみた。

「……二度とあんなコトしねぇからな」
「えぇ……」

 人間なら肩を落として項垂れてそうな声を上げて、スライムがしょんぼりと机に戻る。

「ところで人間の姿には普通になれるの?」
「まぁ……ていうか、あれボクのセイゼンのすがただしぃ、スイブンさえあれば、もっとちゃんとしたミタメになれるよぉ」
「……初代理事長って、確か教育理念のやつ書いた人だよね、職員室に飾ってある超達筆の」
「おい、やめろ柏木、聞きたくない」

 柏木が八柳に視線を向けるが、目が合わないように必死で逸らす。
 けれど、柏木の中では既に決定事項のようだった。

「新しい子が決まるまで、書記でいいんじゃない?」
「わぁ! やりたい、やりたぁい!」
「やめろと言ってるだろ身がもたんわ!」
「でも世話しないといけないわけだし、こっちの方が好都合じゃん」

 使えるものはスライムでも使おうよ、と腹黒い笑顔が八柳に迫る。

「あ、あたらしい奴が決まるまでなら……」

 人数も不揃いな状況で体制を立て直そうとしている今、人手が足りないのは八柳にも分かっている。
 生徒会室にドライヤーと延長コードを増やすことで承諾した、仮とはいえ新しい役員の決定は、人間ではないにせよ頼もしい存在であることに変わりはなかった。

「またえっちぃこと、しようねぇ?」
「……」

 八柳の肩に乗ったスライムが、耳元で柏木に聞こえぬよう囁く。
 けれど、今後性に関する会話は無視すると決めた八柳は、眉を寄せながらも紅茶で唇を濡らし、平常心を装うことで誤魔化した。

「おしり、もぞもぞしてるよぉ?」
「っ」

 その些細な変化は、既に体を知るスライムにとって分かりやすい反応だったのだろう。
 揶揄する声が耳元でざわりと震えて、揺れそうになる肩を必死に押し留める。
 八柳はまだ大丈夫、と胸中で何度も繰り返しながら、残った紅茶を一気に飲み干し落ち着きを取り戻した。その時“もう駄目かもしれない”が一瞬脳裏を過ぎったが、気のせいだと頭を振って、柏木とスライムの談笑を聞きながら震える瞼を下ろす。
 暗闇の中、瞼の奥に映った自分の痴態に、認めたくないが僅かな熱がこもった。
 ……やっぱり駄目かもしれない。



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(C)siwasu 2012.03.21


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