庶務×秘密持ち副会長



副会長の趣味を知ってしまった絶賛片思い中の庶務の話。企画作品。



【tantalizing!】

 世の中には見てはいけないものがたくさんある。そう教えてくれたのは死んだじいちゃんだった。自称霊感の強いじいちゃんは何かにつけて小さい俺の目を隠していたが、今思えば当時のじいちゃんは既にボケていて俺はそれに振り回されていただけなのかもしれない。
 とにかく、その言葉を学んだのはじいちゃんからだ。そして現在その言葉を脳裏に浮かべながら見てはいけないものを見てしまったような顔をした俺は、ただ息をするのも忘れて固まっていた。
 滴る水音、閑散とした空気、俺を見るいつもの侮蔑したような、けれど少し熱のこもった視線。
 そうだ、確か俺は手に湯呑みを持っていたはずだ。その湯呑みは床に落ちているのに床はそれほど濡れていない。目の前の人物にぶちまけてしまったからだ。そして俺は何故その人物のシャツを広げている。濡れたそれを脱がせようと相手の制止を振り切って行動したせいだ。
 なのにこうして石のように固まっている理由はというと。

「まずはタオルと謝罪が欲しいんだけど?」

 ふう、と明らかな溜息を吐いて目の前の人物である我が学園の生徒会副会長が髪をかきあげる。そこでようやく俺は視線を彼の冷めた目に向けることが出来た。しかしその桃色の乳首に光る銀色の、本来ない筈のものが俺の頭から離れてくれない。
 とりあえずへらりと笑ってみたが、逆効果だったようだ。遠慮ない力で脛を蹴られた。







 生徒会副会長である伊崎怜史(いざき れいし)先輩は日本人らしからぬ顔の作りに温和な雰囲気が落ち着く、と生徒たちの支持を集めている。そんなまるで王子様のようだと言われている素敵な笑顔を浮かべる副会長に秘密があったことを知ったのは、つい先週のことだ。

「シロくん、これ風紀に」

 温和な雰囲気とは。王子様のような素敵な笑顔とは。
 シロと呼ばれて立ち上がる俺、城山啓太(しろやま けいた)は冷めた目でこちらを一瞥する副会長の手から恐る恐る書類を受け取ると、逃げるように生徒会室を退出した。わーい、庶務になったこれからはこの部屋で大好きな副会長と一緒に仕事をするんだ!とはしゃいでいた先月の思い出が遠い日のように感じる。ちなみに他の生徒会役員は各々の職務で外出中だ。
 先週、アクシデントとはいえあの人の生乳首を拝んでしまった訳だが、そこに付属されていたピアスまで見てしまったのは不可抗力だ。おかげであの人が夏でも絶対にシャツ一枚にならない理由が判明してしまったのも辛い。更にいうとあの人の親衛隊が食堂で「伊崎様って清廉潔白って言葉が本当よく似あうよね〜」と言ってるのを聞いて思わず飲んでいたフルーツオレを噴き出してしまいシャツが黄色く染まったのも辛い。そういえばあの時親衛隊がすぐに替えを持ってきてくれたが、どさくさ紛れに持って行かれた汚れた方のシャツは無事ごみ箱行きになっているのだろうか…。
 やめよう、胃が痛くなってくる。

「戻りました…」

 もしかして先に帰ってるかも…と期待を寄せながらそれでも足取り重く生徒会室に戻ってみたが、やはり期待は所詮期待だった。返事もない副会長の無言の作業姿が「遅ぇよボケ」と言われているようで、俺は肩身狭く自分のデスクに向かうといつの間にか増やされているToDoリストを見て溜息をつく。生徒会役員共有のこのリスト、庶務の欄だけ無駄に多くないですか。ていうか「先に珈琲」ってこれ言ってくれればいいんじゃないの、リストにわざわざ書くって嫌味ですか、砂糖とかどうするんですか。と、脳内で愚痴った所で更新されたリストの珈琲の文字の後ろに括弧で砂糖2杯ミルクなしと書かれていてとりあえず心の中で泣いた。

「熱いので気を付けてくださいね」

 それでも健気に「やらなければいけないこと」を実行した俺はへらっと笑って彼のデスクに珈琲を置く。すると、視線だけを上げた副会長が俺を見つめて考えるように手を止めた。そのまま固まったように動かない様子に、俺は首を傾げつつも席に戻らず待ってみる。すると少し眉を上げた副会長が窺うように見上げてきて、口を開いた。

「何も言わないんだね」
「…はぁ」

 唐突な言葉に脳が反応しきれず思わず当たり障りのない相槌を打ってしまった。それが分かったのか、副会長の眼光が鋭く光って俺を見つめる。これはまずい、と思いつつもへらりと笑えば、諦めたような溜息が返ってきたので機嫌を損ねるまでには至らなかったようだ。心中で安堵の息をつく。

「これ、」

 副会長は改めて言葉を続けながら、少し椅子を引いて自分の胸を指した。彼が示しているのはそのブレザーについている校章ではないことぐらい流石の俺にもわかる。
 そこでようやく言わんとしていることに気付いて、知らぬフリをしたままでいればなかったことになるのではないかと思っていた俺の安易な考えが脳内でガラガラと崩れ去った。呑気な表情が強張ったことに気付いた副会長の目が悪戯気味に細められる。

「言い触らすことはないだろうな、とは思っていたけどそれをネタに脅すつもりもないみたいだから逆に気になってね」

 金魚のように口を開閉させてばかりで言葉の出ない立ち尽くしたままの俺に、副会長が優しく微笑む。それが逆に怖くて渇いた喉を潤すようにゆっくりと唾を呑んだ。返事を求められているのが分かって、どう答えようかと悩んでいると珈琲カップを口に付けた副会長が視線を落として促すように言葉を続ける。

「だってシロくん、僕のことが好きでしょ?折角だから身体でも求めてくれれば分かりやすかったのに」
「…え、」

 肩を揺らす俺を一瞥して違った?と聞かれて思わず首を振る。いや、肯定してどうする。

「何も言ってこないから、何か別の思惑でもあるのかと警戒してたけど…そういう訳でもなさそうだね」

 そこで、副会長は息をゆっくり吐くと俺に向かってふわりと微笑んだ。その笑みはあの事件以来俺の前で見せなくなっていた、温和な雰囲気を纏う王子様のような優しい笑顔だ。

「今まで攻撃的でごめんね、なかったことにするつもりでいてくれてたのなら今話したことも忘れてくれると嬉しい、かな?」

 首を傾げて困ったように見上げる副会長に俺はこの一連の流れについていけず吃りながら何故か手にある珈琲を運ぶのに使っていたトレイで顔を隠す。
 えっと、まずは言われたことを整理しよう。そう考えてゆっくりと目を閉じること三分。
 …あれ?

「そ、そういえば副会長ってその、ド、ドド……ドM、ってやつなんですか…?」

 そう言いながらトレイから顔を離して副会長に迫った結果、遠慮ない力で頬を平手で殴られた。もっと言うことや聞くことはあった筈なのに、何故このタイミングでその言葉を選択してしまったのか自分に問いたい。







「シロくん、これそっちのファイルにまとめといて」

 あれ以来副会長との距離は縮まった、と思っている。扱いはぞんざいながらもあの頃よりは親しみのある雰囲気に俺は差し出された書類を受け取りながら憂い気味の溜息を零す副会長を見下ろした。あぁ、これはまた例の会話が始まるパターンだ。

「実はさ、昨日新しく買ってくれたものがちょっと皮臭くて入り込めなかったんだよねぇ…。普通新品でも手入れぐらいして欲しいんだけど」
「はぁ」

 やっぱりだった。半眼で見下ろす俺に気付いていないのか、副会長はまた溜息をついて頬杖をつきながら遠くを見つめた。

「正直相性的にはイマイチなんだよなぁ。僕どっちかっていうと細かいことまで気になるタイプだし。向こうはどっちかっていうと豪快っていうか、大雑把だし」
「…いつも言ってますけど、仮にも貴方のことが好きって分かってる相手にそういう相談します?」

 そう、以前副会長の性癖について話してからというものほぼ毎日こういった愚痴や相談を聞かされているのだ。開き直りは怖いとでも言えばいいのか、今まで誰にも言えなかったそっち方面の不満を全部俺にぶつけられている。普段周囲に見せている王子様のような潔癖な彼の姿は猫を被っていたというわけではないが、どうも素を出すと引かれることが多い為隠して愛想を振りまいていたら勝手にそんなイメージを持たれていたとか。

「あぁ、まだ好きなの」
「…好きですよ、悪かったですね」

 驚いたような、呆れたような視線を向けられて憮然としながらも答えればシロくんって珍しいよね、と呟かれた。

「大体皆引くか変態扱いか下衆い考えを持つかなのに」
「でもだからといって仕事への責任感の強さや副会長自身の性格は変わらないでしょう?普通より曝け出し過ぎの特殊な性癖はまぁ、…確かにちょっとあれですけど」
「わぁ、結構恥ずかしい告白をされた気分だよ」
「…今の言葉忘れてください」

 少し話し過ぎた。赤くなった顔を書類で隠しながら視線を逸らすと、喉で笑うような声が聞こえて複雑な心境になる。

「これで君がSで、もう少し身長が高ければ申し分ないのに」
「悪かったですね、副会長より小さくて」

 見た目に関してはあまり突っ込まれたくなかったのでぐ、と言葉を詰まらせながら眉を寄せた。俺なんかが副会長と釣り合わないことぐらい分かっている。
 薄い色素の髪に過去に劇で女装をした際ハリウッド女優のようだと言われていた日本人離れした顔。全体的に細くけれど177cmある身長は実際海外でモデルをしていると言われてもおかしくない。なのに温和な雰囲気で仕草もしなやかながら女性らしさよりも男性らしさが際立つのはその凛とした顔立ちと姿勢のおかげだろう。本当に見た目だけならどこぞの国の王子様と言われてもおかしくない。
 それに比べて中肉中背、身長も低くはないが174cmとちょっと微妙。短めに切った黒い髪に切れ長の目はザ・日本人を語ったような、特に面白みのない見た目なのに生徒会入り出来るほどの支持があるのは顔のパーツが人より整っているからだろう。それに当たり障りのない対応を平等にしていれば正直生徒からの信頼なんてすぐに得られる。正直性格なんて副会長に近付きたくて生徒会入り出来るよう作った外面のようなものだから、その点は副会長の内面を隠して取り繕っていた外面とさほど変わらない。
 つまりいい所尽くしな副会長の見た目と、悪い所はない程度の俺の見た目とじゃ差があり過ぎるのだ。しかも本来自分の内面は割と卑屈でネガティブで間の抜けた男なので、そういう意味ではいくら性癖が特殊で本来オープンな部分を持っていたとしても魅力溢れる副会長との間に壁があるように感じてしまう。
 そんな俺はすっかり拗ねてしまい、話は終わりだと言わんばかりの態度で席に戻ろうとした所で副会長が立ち上がった。

「悪かったよ。休憩してお茶でも飲もう、僕が淹れてあげるから」

 そうふんわりと笑うイケメンオーラに彼の特殊な秘密を知ってしまってもやっぱり好きだと分かりやすく赤面した俺は、黙って書類を自分の机に置いて応接ソファーに腰をかけた。自分でも単純だとは思うが仕方ない。
 暫くして、副会長が持ってきてくれたマグカップに入ったミルクティーに礼を言って口をつけていると俺を呼ぶ声が聞こえて顔を上げる。

「そういえばさっきの話」
「…身長のことなら絶対無視しますからね」
「そこはもうちょっとからかいたいところだけど…」

 からかう気だったのか。半眼で見つめていると正面のソファーに座った副会長が苦笑しながら面白そうに眼を細めて俺を見つめた。

「Sって言った所に特に嫌そうな態度を出さなかったってことは、割と興味あるのかなぁ…って」

 しまった、副会長の言葉に動じて大きく肩を震わせた俺の反応は相手にとってその問いに答えを返したようなものだ。
 俺は居心地悪そうに腰を浮かせながら視線を逸らしてミルクティーを飲んで誤魔化してみる。絶対意味ないけど。

「…僕さぁ、勘が良く働く方なんだけど。実際シロくんの気持ちもそれで当たってた訳だけども。もしかして、あれから僕の為にネットで検索かけたり勉強してみたりとかしちゃってたりする?」

 顔を背けていて分からないが、今副会長は意地悪い笑みを見せているに違いない。断言出来る。そうか、休憩を持ちかけてきたのはこの確認をする為だったのか。罠にかかった兎の気持ちに同調しながらとりあえずミルクティーを飲み干すが、空になったマグカップを見て誤魔化す道具がもうないことに気付く。迂闊だった。

「ねぇ、シロく、」
「っ、そ、そうですよって言えばいいんですか?言えばいいんでしょ!副会長が性癖カミングアウトしてから帰ってすぐネットで検索かけたし、女王様とか言われている人のブログ覗いてみたり、そういう趣味専門のHP見てみたり、通販で色々道具なんかも調べてみたり、尿道ブジー使ってる動画とか見て震えあがったり、最近検索履歴がそれ系ばっかりだし、動画サイトや通販サイトのあなたへのオススメが全部SM系になってる俺のパソコンでも覗いたんですか…っ!」

 このまま黙っていてもからかい気味な更なる追及が待っている気がして、耐えきれずに自分から言ってしまった。この人の前では隠し事なんか出来ない気がする。
 そんな俺の潔い告白に呆気にとられたような副会長の表情を見ながら、言いきった達成感に浸った俺は喉が渇いたのでマグカップに口をつけてそう言えばさっき飲み干してしまったことを思い出す。居た堪れなくなって俯くが、少し続いた長閑な沈黙の後小さく呟いた副会長の声が聞こえた。

「そ、それはどうもありがとう…?」

 顔が笑いたそうに引き攣ってますよ、副会長。じとりと半眼でねめつける俺に軽い謝罪と手が振られた。この人実はSなんじゃないだろうか。

「いや、やっぱりシロくんって面白いよ」
「からかう為に休憩入れたのならもう仕事再開しますよ。そろそろ会長たちも会議から帰ってくる時間ですし」

 これ以上は不毛なかけ合いにしかならない。俺は溜息をついて話を切り上げるべく飲み干したマグカップを持つとご馳走様でした、と礼を言って席を立った。ついでに副会長のカップも見れば空だったので一緒に下げて給湯室に持っていく。
 結局の所、俺はあの人に遊ばれているのだ。しかしそれに振り回されて嫌じゃないのが問題である。そのことに小さく溜息をつきながら使い終わった食器を洗っていると、後ろから物音がして振り返れば副会長が居心地悪そうに眉を下げながら小さく笑っていた。俺はじとりと半目で見つめながら口を開く。

「…まだ何か用ですか」
「いや、ちょっとからかい過ぎたかなぁ、って」

 好意で遊ぶのは良くないよね、そう苦笑しながら俺の背後に立たれて思わずびくりと肩を揺らす。俺の背中に寄り添うように立つ意味はあるんですか、というか最近スキンシップ増えましたよね嫌がらせですか!

「…近いんですけど」

 本音を言えば嬉しい筈なのだがどうにも勘ぐってしまうのは、既にこの人が他の人のものだからだ。更に言うと、現在立ち直るどころか失恋を感じる暇も与えてくれないせいで自分の気持ちがまだ整理出来ていない。
 ので、この状況は複雑なのだ。…主に下半身の問題で。しかも多分、おそらくこの人はそれに気付いている筈。

「いやぁ、結構僕なりに試しているというか、アピールしてるつもりなんだけど」
「っは、あ…?」

 唐突に首筋に顔を埋められて大きく体が揺れた。それに肩で笑う仕草を感じて洗い終わった食器を拭きながら、副会長の意図していることを理解しようと脳内を必死に回転させる。

「あぁ、これで僕より身長が2cmでもいいから高かったらなぁ…」
「だからその話は…」
「5cmぐらい頑張って伸ばしますとか言えないわけ?」
「へ?」

 吹き終わった食器を思わず落としそうになって慌てて掴み直しながら後ろを振り返る。少し馬鹿にしたような、怒ったような副会長の表情を見てとりあえずへらりと笑えば脛を蹴られた。何なんだ、副会長がどうしたいのか全然分からない。うーん…この何とも言えないもやもや感、どこかで感じたことがあるような…。

「あ、」
「なに?」
「副会長ってあれですよね。なんか面倒くさい女の子みたいで可愛、い…っ」

 またへらりと笑って言えば、今までの中でとても男らしい拳を鳩尾にもらった。







「で、いつになったらお前ら付き合う訳?」
「は?須賀(すが)ってば何言ってんの」

 溜息をつきながら伊崎を見れば、何の事だか分からない、と言いたげな不思議そうな顔が生徒会長の俺に向けられる。また溜息が漏れた。ここ数週間、啓太と二人になりたいが為に無意識の圧力で生徒会メンバーを部屋から追い出しているという自覚はないのかお前は。

「せめていい加減彼氏とは二か月前に別れたって教えてやれよ」
「彼氏じゃなくてご主人様だって。いい加減そこ一緒にするのやめてよ」
「違いなんか分かるか」

 怒った伊崎に呆れた視線を向ければ、「全く別物ですけど」と半眼で見下された。

「まぁ確かに過去にしてきたプレイ内容をさも昨日してましたって感じで話すと絶妙な表情向けてくるシロくんも楽しいんだけど、流石に飽きてきたかなぁ…」
「お前それでよくそれで自称Mって言えるな」
「自称じゃないです、れっきとしたマゾヒストですー」

 それ自分で言う度にどんどん信憑性が薄れてきてるの、本人は気付いているのだろうか。
 見た目は悪くないのに実は残念なこいつの中身を知ってるのは俺と最近不運にも知ってしまった啓太ぐらいだ。伊崎にそれを聞いた時は俺に向けられるマニアックな会話が少しは減るのではないかと期待していたのだが、むしろそこに啓太との惚気に近い話が増えてしまい今では生徒会室に来るのが億劫だったりする。
 今日はどうしても必要な書類を取りに生徒会室に来たものの、部屋に伊崎しかいないことを確認して踵を返したくなったぐらいだ。

「それで今日は啓太来ないのか?」
「あぁ、それならもうすぐ戻ってくるよ」
「一層あいつにローソクと鞭持たせりゃ案外目覚めたりするんじゃねーの?」

 適当なことを言ってから、しまったと伊崎を見た。そういえばこいつ最近欲求不満だとか言ってた気がする。視界に入る伊崎の表情は一瞬ぽかん、と口を開いたまま固まったもののすぐに「そうか、それも面白そうだね」と手を打っていた。
 それを見て俺は余計なことを言ってしまったことだけは確信した。すまん、啓太。

「ところで須賀、いつまでここにいるの?まだ何か用事でもあるの?」

 がっくりと肩を落とした俺に、伊崎がそう言いながら首を傾げる。これが無意識の圧力だ。お前実はもう啓太のことかなり好きなんじゃないのか、と言いそうになる口をぐっと引き締めて俺は書類を持つとそそくさと生徒会室を後にした。おそらく生徒会メンバー全員絶対言いたくてたまらない筈なのだが、言えば人の恋路は何とやらが目に見えて分かるのが伊崎という面倒な男だ。これが全て無意識の中で行われているのが一番性質が悪い。
 扉をあけながら振り返れば伊崎は楽しそうに自分の席で仕事を再開していた。何故生徒会長の俺が生徒会を追い出さなければならないのか。そんなことを考えながら前を見れば、丁度用事から帰ってきたらしい啓太が俺を見て近付いてくる。

「なんか久しぶりな気がしますね、会長」
「あー…そうだな」

 頭を掻いてどう誤魔化せばいいかと考えていると、俺の後ろ―――生徒会室の扉を見て少し眉を顰める啓太を見て首を傾げた。

「中、副会長いるんですか?」
「?そうだが」
「副会長だけ、ですか…?」

 俺に向けられる不安そうな声と表情ににん?と目を瞬かせて啓太を見る。おい、なんでそんな恨めしそうな目に変わってきてるんだ、やめろ誤解だ。

「書類取りに来ただけだよ、安心しろ」

 溜息をついてまだ何か言いたそうな啓太の頭をくしゃりと撫でる。そしてそのまま慌てて弁明しようとする前に通り過ぎて厄介者はさっさと逃げることにした。本当さっさとどうにかならないのかあの二人。これは俺だけじゃない、他の生徒会メンバーも思っていることだ。







「おかえり」
「た、ただいま戻りました」

 なんてことだ、久しぶりに会長をお見かけしたのに喧嘩を売っているような形で別れてしまった。流石にあの態度は駄目だろう。
 がっくりと落ち込みながら扉を開ければ、最近見慣れた一人で業務をしている副会長が笑って俺を見る。それに不覚にもきゅんと胸が締め付けられてしまうのは、もう諦めて受け入れるしかない。そして自分も業務を続けるべく自分の席に座った時だった。

「なんです、か?」

 なんか、凄くじっと見られてる。副会長に。

「いやぁ、まぁ、うん」

 会長と何かあったのだろうか。俺の顔を凝視したまま考えるように頬杖をついて息を吐く副会長の様子を机に置きっぱなしにしているペットボトルのお茶を飲みながら見つめていると、

「確かにここまで付き合ってくれるならシロくんと将来のご主人様の可能性を視野に入れて付き合ってみるのもありかもしれないねぇ」
「ぶふっ」

 盛大に吹きこぼしてしまった。慌てて書類を拭うが茶色に染みた紙が元に戻る筈がない。また職員室に行ってコピーを取らなければ、と溜息を落としていると声を殺して肩で笑う副会長の姿が見えたので眉を顰めて睨みつける。

「っい、や…まさかそんな漫画みたいな動揺されるとは思わなくて」
「もう、本当…いい加減怒りますよ」
「むしろ怒ってくれていいんだよ?」

 キレてるシロくん見てみたいし、などと続けられて怒る気力もどこかに消えてしまう。おそらくさっきの言葉もいつもの冗談の一つだろう。俺は再度溜息を吐きながら湿った書類を片手に生徒会室の扉を開いた時だった。

「じゃあ戻ってきたら頑張ってね」
「?何をですか?」
「だから、告白」
「…は?」

 副会長の言葉に思わず書類を落としてしまう。けれどすぐに我に返ってまた何の冗談を、と口を開こうとしたが先手を打つように副会長の細められた目と、ゆっくりと上がる口角が心臓が止まるような色気があってので間抜けにも俺の体は硬直してしまった訳で。

「実は今まで騙してたけど、フリーだったりして?」
「っえ、…え?それ、どういう意味―――」
「と、いう訳で早く業務終わらせて帰ってきなよ、今から10分以内ならイエスって言ってあげたい気分だし」

 だから全く頭の整理が出来てないまま飛び出していった俺の行動は仕方ない。
 ただし、落とした書類を拾うことを忘れて10分以上経ってから戻ってきた頃には案の定怒った副会長に告白どころか口さえきいてくれなかった惨敗の結果に関してはまた別の話である。けれど進展はしたと考えてもいい、きっといい筈だ。というかそう思い込まないとこのミスは辛すぎる。

「思うんだけど、シロくんもシロくんで残念っていうか、締まらないっていうか」
「ははは…」

 誤魔化すようにへらりと笑ったら僕とお揃いの胸にしてみる?と睨みながら聞かれたのでそこだけは勢いよく首を横に振りました。
 …でも開けてみればこの掴みどころのない副会長の気持ちをもうちょっと知ることが出来るかもしれないと一瞬悩んだのは秘密だ。



end.



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(C)siwasu 2012.03.21


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