勇者の仲間×スライム



夢の中の話。ちょっと切なめだけどハッピーエンド。企画作品。



【フィオーレを頭に乗せて】

 あぁ、まただ。
 僕はまたいつもと同じ夢を見る。
 まるでゲームの世界。幻想的な風景。ご大層に着飾った服。布面積の少ない女性。手から現れる炎。高級そうな杖。重そうな剣。
 赤、青、黄、緑に紫、茶色、虹色、空に飛び交う。
 そんな前を歩く一向に続くよう荷物運びをするデクの棒、僕。その後ろで同じように申し訳なさそうに歩くモンスター。多分形状的にスライム。
 声のトーンから察するに恐らく彼―――確か名前はステラ。先頭で真っ直ぐ前を見据える気高き男、勇者の幼い頃からの友達。僕がこのパーティーに加わる前からいた、一番の古株。

 夢の中の僕は商人だった。幾重にも負かれたストールとターバン。最初の頃はこんな僕も仲間に重宝された。まだ3人(正確には2人と1匹)しかいなかったから、猫の手でも借りたかったのだろう。
 そんな僕も、最終決戦を目前に控えた今はステラと同じただのお荷物。
 強敵のモンスター達を相手に僕らの攻撃など蚊に刺されたようなものでしかなく、出来ることと言えば後方に控えて戦闘が終わった仲間達の傷を癒す程度。

「ありがとう」

 勇者はそんな僕らを捨てることはしなかった。いや、出来ないのだろう。「勇者」としての彼がそんな非人道的な行為をすれば世間の目が変わる。彼はそれを恐れている。
 正直僕は愛想笑いしか向けてくれなくなった彼と共にいるくらいなら捨ててくれても構わなかった。けれど彼に言われなければ、勝手に離れることなど許されない。
 憂鬱だった。溜息を吐く。

「大丈夫?疲れてない?」

 そんな僕に心配そうな声をかけてくれたのはステラだった。振り返って下を向けば、おずおずと伺う視線。

「別に。早くこの夢が終わればいいのに」
「いつもそれ言ってるね」

 彼には、昔ここが僕の夢の世界だと言ったことがある。信じているのかいないのか。曖昧に笑う姿に苛立ちを覚えて石を蹴り飛ばした。

「大丈夫、この冒険も、あと少しだから」

 そう笑うステラに僕はそれもそうだ、と考えてみた。この冒険が終われば、夢も終わる。筈。じゃあもう少しの辛抱か、と納得させた所で視界がグラリと揺らめいた。
 これは、夢が終わる合図だ。

「戻るの?」

 聞こえる声に頷く。視界に入った黄色がかった白の、まるで星のような輝きに瞬きをした。
 実は僕は、夢から覚める瞬間に見るステラの色は割と気に入ってたりする。






「憂鬱だ…」
「お前基本朝からそれしか言わないのな」

 朝。太陽。目覚めたばかりの僕を犬のようなうるさい声で呼ぶ親友との登校中。繰り返される同じような会話に辟易しながら僕は溜息をついた。

「今日提出物があるなんて聞いてなかったんだけど」
「俺も昨日矢口から連絡網で聞いた」

 にかっと笑う渡會(わたらい)に僕は半眼を送る。

「ちょっと待て。それお前が僕に連絡網流し忘れてたってことだよな?」

 その言葉に動揺を表す渡會の視線。

「ま、まぁまぁ渡会(わたらい)くん。………送ろうとは思ってたんだけど寝ちゃっててさー」
「忘れてたんだよな?」
「…ははは」
「憂鬱だ…」

 矢口も矢口だ。一応出席順では僕の方が前なのだから本来なら僕に送ってこなければいけないのに、大方昨日の夜渡會と連絡してたついでに言ったのだろう。

「だからこうして朝早くから登校して一緒に片そうと思ってだな…」
「僕にやらせて丸写ししようと企んでるお前がよく言うよ」

 また溜息が漏れる。そんな僕の肩を抱いて「辛気臭い顔すんなよ」といい笑顔で笑う彼の頬にとりあえずエルボーを食らわせてやった。ざまあみろ。
 暫く痛みに蹲ってた彼を放って先に進んでいると、追いついた渡會が後ろから仕返しとばかりにタックルしてきた。悪いのはそっちだろうと苛立ちに振り向けば、どうやらそういう意味ではなかったらしい。
 神妙そうな表情で僕の顔を覗き込んでくる。

「で、お前まだ夢見てんの?」
「んー、まぁ」

 渡會には僕の夢の話は説明していた。まるで嘘のような話なのに信じているのかいないのか、少なくとも馬鹿にすることはないのでそれは安心している。

「でも、もうすぐ終わるかも」
「ふーん…」

 僕の言葉に何か言いたげな言葉を呑み込んだような顔を見せる渡會。

「何?」
「いや、別に」

 それ以上は、僕も追求しなかった。



◆◇◆◇◆



「夢が終わる時って、どんな感じ?」

 基本夢の世界は突然始まる。今日はステラの質問から始まって、少し驚きながらもその瞬間を思い出してみた。

「んー、ん…なんか、星がキラキラして、眩しいなぁって思ったら起きてる」
「うたた寝とかの時に見たりするの?」
「それはないかな。いつもベッドで寝る時だけだから」
「へぇ…」

 ステラは僕に元の世界の話を聞きたがる。信じているのかいないのか、けれども話を聞く時のステラのワクワクした目が好きなので悪い気はしない。
 今日も学校であった話を聞かせていると、前方から苛立ったような声が聞こえた。勇者だ。
 この山を超えれば魔王城に着くため、パーティーは皆ピリピリしている。後方でのんびり談話をする僕たちが気に入らなかったのだろう。それに触発されるように気合を入れ直しているステラを見ながら、つまらない、と思った。
 どうせ僕たちが魔王を倒して終わりなのだ。何故なら、これは僕の夢なんだから僕が死ぬはずない。
 …いやでも、たまに自分が殺される夢を見る人もいる。
 この夢は一瞬のものじゃない。もう何年も見ている、長い夢だ。もし、この夢の中で僕が死んだら、どうなるんだろう。そんなことを考えていると、ステラに不思議そうな目を向けられた為不謹慎にならないよう簡単に説明してみた。

「ワタライが死んだら?」
「そう」
「大丈夫だよ、勇者は強い」
「それは知ってるけど、もし、何か大きな石に当たってとか、攻撃に巻き込まれたりとか」
「今まで何度かそんな場面あったけど、全部勇者が助けてくれたよ」
「…そういえば」

 …、そうだ。今までの冒険の中で危険な場面は何度かあったけど、奇跡的に勇者が助けてくれている、気がする。だったらこの夢は僕のご都合主義の中で構成されているものなのだろう。だったら僕を勇者にしてくれれば良かったのに。
 不満は残るが納得した所で視界がグラリと揺らめいた。ステラが波のように揺れて、星が瞬く。

「ところでワタライ」
「ん?」

 夢から覚める直前、初めてステラが僕に声をかけてきた。僕は彼を見ようとしたが、視界はもう真っ白だ。
 けれど聞こえてくるその声は少し、寂しそうで。

「ワタライの夢が終わると、逆に僕たちはどうなるんだろうね」

 …、そうだ。この夢が終わったら、この世界は、ステラ達は、どうなるんだろうか?





「憂鬱だ…」
「お前基本帰りもそれしか言わないのな」

 日暮れ。夕焼け。学校が終わり帰ってゲームでもしようと支度をしていた僕を呼び止め補習の課題を手伝わせた親友との帰宅中。飽きてきた同じような会話に辟易しながら僕は溜息をついた。

「なんで僕がお前の課題手伝わなくちゃいけないんだよ」
「ま、まぁまぁ、渡会くん。家でしたら絶対寝ると思ってさー」
「一人で残れば良かっただろ」
「学校に一人は意外と寂しいんだぞ?」

 女子かお前は。呆れた視線を向ければ渡會は誤魔化すようにコンビニに走って肉まんを買ってきた。そういえばもうそんな季節か。

「で、夢はどう?」
「ぼちぼち…今週にはエンディングかなぁ…」

 アツアツの肉まんを火傷しないように頬張れば、渡會は「良かったじゃん」と茶化すように笑ったので口にまだ冷めてない肉まんを突っ込んでやった。
 悲鳴と共に口を抑える姿に満足して先を歩く。
 追いついてきた渡會が背中を叩いたので振り返れば、腫れた唇が顔面に迫ってきた。残念ながら勢いだけで向かってきた為それは僕の上唇にしか当たらなかったけど。

「格好悪…」
「親友からのキスに対しての第一声がそれかよ。いや、確かに今のはダサかったけど」

 困ったように苦笑する渡會を一瞥して、僕はまた先を進んだ。
 いつもの距離で横に並ぶ彼。

「…悪い、けど好きな奴、いるから」

 前を見たままそう言えば、「夢の中に?」と渡會が聞いてきた。先程とは違う真面目な声に素直に頷く。

「なーんだ」

 大きく落胆の息を吐くのが聞こえて少し悪い気もしたけどそれ以上は何も言わなかった。
 次の角が、彼との帰路の分かれ道だ。

「なぁ」
「ん?」

 じゃあ、といつものように右に曲がろうとしたら渡會が呼び止めてきた。振り返ると、夕焼けに染まる、赤い顔がまるで悪魔のように見えてゾッとする。一瞬のことだったけど。

「俺と、その好きな奴、いなくなるとしたら、どっちが悲しい?」
「は?」

 よく分からない質問に僕は思わず眉根を寄せた。渡會に夢の内容までは説明してないが、昨日ステラが最後に言った言葉を思い出して混乱する。

「いいから。答えろよ。直感のままに」
「…ど、っちも、嫌に、決まってるだろ。変なこと聞くな」

 カラカラになった喉から絞り出した声は掠れていて、聞こえただろうかと不安になったがどうやらちゃんと届いていたらしい。
 手だけを上げて左に曲がっていく渡會の背中を見つめながら、何故か早くなった動悸を抑えるように胸に手を当てた。
 もうすぐ終わるというのに、何でこんなこと気付かせるんだ。



◆◇◆◇◆



「多分、なくなることはない…と、思う」

 揺らめく赤。ステラと火の番をしている僕。主要パーティーは眠っている。明日は魔王城だ。役立たずの僕たちはせめて彼らがゆっくり眠れるようにと、薪に火をくべる。
 唐突の言葉をステラは理解してくれたらしい。少しホッとしたような様子が見て取れた。

「そっか…なら嬉しいけど、ワタライがいなくなるのは寂しいね」

 ほら、ずっと一緒だったから、と気丈に振る舞いきれてない声に胸が締め付けられた。
 渡會、お前のせいで、気付いたじゃないか。
 ステラへの感情の自覚は、逆に僕の気持ちを沈める結果でしかなかった。どうしてこんな時に気付いてしまったんだろう。
 彼を見れば見るほど愛しさが募って、思わず僕は目をそらし蹲った。

「ワタライ!?大丈夫??」
「大丈夫…」

 心配そうな声に罪悪感を覚えながら、近付くステラをさりげなく抱きしめる。大人しく収まる彼に喜びを感じながらそのままでいると、暫くして腕の中でもぞもぞと動き始めた。

「苦しかった?」
「ううん、そうじゃなくて」

 頭を振りながら腕の中からひょっこり顔を出すステラは、少し悩むように考えると、僕を真っ直ぐに見つめてきた。

「ワタライは、いつも目が覚める時、周りに何もないの?」
「?」
「あ、え、と、えーと」

 必死で言葉を考えるステラの様子を暫く伺う。

「あ、あの、例えば、夢から覚める時、こっちの持ち物がそっちでも持ってたりとか…」
「あー、あぁ、そういうことか。…いや、特にはな…」

 いよ、と言おうとしてふと言葉が止まった。そういえば。

「確か、妖精の国にいた時、起きたら花が頭にくっついてたかな…」

 多分あれは夢の中の花だ。黄色い、素朴な花だが家には花など一切飾ってないし、扉も窓も閉めていた。だけど何らかの形でただつけたまま寝ていた可能性もあるから、絶対とは言えないけど。
 確かそれがこの夢が特別なものだと気付いた瞬間だった。

「それがどうかしたの?」

 聞けば、ステラはモジモジと体を捻って、体内から一つの欠片を取り出した。爪程の大きさの、花模様が装飾されたビーズだった。 

「これ、僕の宝物で、もし良かったら、持って帰って欲しいんだ」
「…綺麗だね」
「水にいれてみて。きっといいことがあるかもしれない」

 白と黄色の混じった色はステラと同じで、つい見とれてしまう。花模様は元の世界でもよく見かけるものだ。なんだったか思い出せないけど。

「ありがとう。帰るときは、握りしめておくよ」

 そう笑えば、ステラは驚いたように目を丸くさせて僕を凝視した。

「何?」
「いや、あ、…ワタライが笑ったの、初めて見たから」

 そう恥ずかしそうに視線を逸らすステラにそういえばいつもこの世界では鬱屈とした感情しか抱いてなかったな、と気付かされた。
 唯一ある多幸感は夢から覚める、あの一瞬の時だけで。
 どうしてステラを好きだと思ったのだろうと考えた所で視界がグラリと揺らめいた。目の前の星が揺らめく。
 …あ、

「そういえば、夢から覚める時は、いつもステラを見てた気がする」

 そう思った瞬間、白のような、黄色のような星の輝きが瞬いて、僕はビーズをグッと握り締めた。
 白がもっともっと光を受けて、ゆっくりとそれが暗く、暗く、黒い色になって、赤が混じって、灰色が混じって、陰鬱とした色になって。
 そこでようやく僕はいつもと違うことに気付いて、目を覚ました。





「おはよ」

 冷たい床。煙る空気。赤黒い視界。目を覚ました僕の目の前にいたのは親友の顔をした、悪魔だった。いつもと同じ筈の彼の挨拶に、僕は乾いた喉を潤すために唾を作って、飲み込む。

「…憂鬱だ、とは言わないの?」

 そうニタリと笑う彼の表情は今まで見たこともない程、醜悪だった。仰向けに倒れたまま視界を逸らして辺りを伺う。燻る煙の向こうに見えるのは倒れ込んだ勇者と、主要パーティー達。

「最悪だ…」

 僕は、両手で顔を覆った。腹がズキズキと痛む。
 熱い。見なくても分かる。痛む箇所が熱い癖に、体温が冷えていくのを感じるからだ。

「どっちが現実なんだよ」
「さぁ?俺は元々こっちだと思ってたけど」

 答える彼を両手の隙間から覗く。
 その手を奪われて、晒された僕の顔に渡會の唇が降ってきた。今度は場所を外さず、的確に。

「あの時、俺を選んでれば良かったんだ」

 言いながら離れていく彼の表情は泣きそうだった。少しの罪悪感に眉間を寄せつつ、僕は口を開く。

「ステラは、」
「…?」
「白っぽい、黄色っぽい、スライム」
「あぁ、あのヘンなのなら、お前と勇者がやられた瞬間一目散に逃げ出してたよ」

 まぁ元々はあれもモンスターな訳だし。そう馬鹿にしたように笑う渡會の表情に僕はホッと緩みそうになる顔面を引き締めた。
 どうやら彼は気付いていないらしい。

「で、あの中のどれがお前の意中の人なの?それをズタズタに切り裂いてエンディングを迎えようよ」

 屈みこんでいた体を起こして渡會が倒れたパーティーの方を見る。

「僕、死ぬの?」

 まるでその中に僕の好きな人がいるから話を逸らしたかのように見せてみる。
 案の定気付かない渡會は、それでも余裕があるのか僕を見て首を振った。

「死なないよ、助ける。でももうあっちには戻らせない」

 その真面目な言葉から、どうやら彼は本当に僕をこちらに残すようだ。
 今まで夢だと思っていたこの世界は、彼の様子を察するにどうやら夢ではないらしい。

「つまり、この世界で僕が死ねば、本当に死ぬ、のか」
「だから死なせないって」

 呆れたように息を吐く渡會を嘲るように笑って、僕は間髪入れず口を開くと握りしめていたビーズを飲み込んだ。いい具合に喉に詰まる。焦る親友の顔が、近づいてきて、

「死んじゃダメだよ!!」

 この世界で一番聞き馴染みのある声が、僕の喉から、聞こえてきた。
 ビーズがひとりでに飛び出す。痛みのあった腹部が、暖かくなる。
 僕は転がったビーズを手にとって見た。中で何かが揺らいでいる。

「ワタライが死んだら、この夢は、本当に終わっちゃうから」

 次に聞こえてきた声は、遠くの方だった。
 視線を向ける。白と黄色が混ざったような、星のような輝きに目が眩む。段々と近付くそれは、暖かくて冷えていった体温が徐々に戻ってくるのを感じた。

「ごめん、ワタライを戻そうとしたのに、あいつに邪魔されちゃって」

 視界が慣れた頃に目に入ったのは、瓶を持ったステラだった。瓶の中から金色の粉が溢れ出して、体を包む。これは知ってる。確か幻想世界にありがちな傷を癒す妖精の粉だ。
 それで徐々に戻ってきた僕の冷静な思考は、けれど嫌な予感しか与えてくれない。

「本当に全部、終わるから。ワタライのエンディングは、ちゃんと幸せでないと」

 そう上半身を起こした僕に近付きながら、ステラは笑った。渡會は顔を引きつらせながらステラを見ている。
 僕は、そこでようやく気付いた。これは夢だ。本当に夢なんだ。
 夢は、覚めると終わってしまう。

「ステ、ラ…」

 掠れるような声は、届いたのだろうか。呆然とする僕に笑いかけて、ステラは渡會に飛び込んでいった。赤く黒い色が、白く黄色い色と混ざり合う。溶け合うように、混ざり合う。それが段々と白く黄色く、星のような瞬きを見せて、視界がグラリと揺らぐ。

 そこで、僕の夢は終わった。



◆◇◆◇◆



「これで全部運び終わったー?」
「あぁ、うん。大丈夫。助かったよ、お疲れ」

 友人二人に手を振って、僕は今日はこのまま片付けたいから今度ご飯を奢ると伝えたらあっさりと帰っていった。
 苦学生はいつだって奢りに弱い。
 浪人生の生活も終わりを告げ、ようやく念願の大学に通うことになった僕は初めての一人暮らしに期待と、今から整理していく荷物に億劫さを抱えて段ボールに腰をおろした。
 中学時代に事故にあい2年の植物状態とリハビリの後ようやく復帰したにしては思ったより早く大学に合格出来たと思う。同じ年だが先輩の友人たちの助けも大きいだろう。
 これで後は勉学に励んで、そこそこいい会社に就職出来れば立派な社会人だ。自分のプランを頭で想像しながら、憂鬱さを感じつつそろそろ手をつけるかと腰を下ろしていた段ボールの封を開けた所で早速目的が逸れそうな珍しいものを見つけた。

「あー、こんなの昔買ってたな」

 リハビリ中色々な知識を得るために買った一つの植物図鑑。
 懐かしい、と手にとった瞬間妙な膨らみを感じてそのページを開いてみた。コトリと落ちる固形物に視線を向ける。

「ビーズ…?」

 それは爪程の大きさの、花模様が装飾されたビーズだった。模様の花はよく見たことがあるものだ。けれど思い出せない。
 僕は手にある図鑑をこれ幸いと開いて探してみた。

「…っ」

 見つけた花の名前に、僕は勢いよく立ち上がり他の段ボールを漁る。そして目的のものを見つけるとそこに水と、手の中のビーズをいれた。

 思い出した。
 彼がいなければ、僕は、「本当に」死んでいた。

 白く黄色い、星のような色を見せるビーズがゆっくりとラムネのように溶けていく。中から何かが蠢いて、止まる。蠢いて、止まる。
 何度かそれを繰り返したビーズの中からゆっくりと白く黄色い、星のような小さな小さな塊がまるでスポンジのように膨らんできて。

「もう夢は終わったから、大丈夫」

 笑いかけたグラスの水の中。
 小さな星が、頭に花をつけて微笑んでいた。



end.



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(C)siwasu 2012.03.21


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