擬人化蜘蛛×薬中人間[R18]



血描写/アングラ系注意。ハッピーエンド。企画作品。



【アラクネの匙】

 幼い子供というのは時に残酷だ。ただ目の前にいたからという理由でそれを好奇心のままに捕え、喜び、まるで自分勝手な所有物のままそれをいたぶる。そして飽きたら―――。

「で、何か言うことはないのか?散々人を弄んだ挙げ句飽きたらポイ?はっ、自分は神様か何かだと思ってるのか、お前は」

 一歩近付いた足に比例して後ずさる。それを見た黒髪に赤いメッシュが入った男は満面の笑みを浮かべた。幼くもないが成熟してないその見た目は美しく女性のようにも見えないこともないが、彫りのある顔立ちが男性のそれを確信付ける。あと少し大きめの口が特徴的だ。
 いや、違う。見るべき所はそこじゃない。俺は胸元のよれたシャツを握りしめた拳に力を入れた。近くの量販店で適当に買った安っぽいジャージの感触を手の平で無意味に集める。

「僕が怖いか?」

 男はその言葉と共にまた一歩近付く。けれど俺はもう後に引くことは出来なかった。壁があるからだ。あぁ、こんな壁なんてぶち破ってしまいたい。馬鹿か、俺は。
 少し前に吸ったマリファナの香りを思い出して気分を落ち着けようと瞼を下ろした。けれど脳裏に過ぎるのは視界に入れた先程の男の姿だ。
 二つの目の中に不自然に集まる計八つの赤い瞳。笑った時に見えた牙。胴回りから伸びる不自然な四本の腕。これで男が人間だと言える奴がいるなら教えてくれ。俺もそいつと一緒に笑って共に酒を飲み交わしたい。
 そうだ。酒だ。今の俺には酒が足りない。いや、違う。酒を飲み過ぎたからこんなおかしな夢を見るんだ。つまりこれは夢だ。今日は気分が良くていつもより酒を飲み過ぎたような気もするしマリファナが上手くキマらず脱法ハーブもバドワイザーに混ぜて一緒に飲んだせいできっとこんなおかしな夢を見たんだ。もしくは幻覚だ。そうに違いない。

「なんだ、返事をすることも出来ないのか?そんな腐った脳なら一層吸い出してやろうか」

 先程より近くなった声に驚いて目を開けば眼前に映る男の8つの瞳に思わず喉が引き攣った。男は心底可笑しそうに笑っている。何が可笑しい。違う、可笑しいのは俺だ。早くこんな夢冷めてくれ。膝を丸めて顔を埋めた。

「まだ僕が何か分からないか」

 男の言葉が今までの中で一番切ない音色に聞こえて俺は顔を上げた。眉を寄せて俺を見る奇妙ななりを省けば美形とも言える面立ちにふと既視感を覚えるが振りかぶって頭を抱える。いつになったらこの夢は冷めるんだ畜生。
 隙間からの景色をぼんやりと見る。右手首にいつだったか入れたタトゥーが目に入った。八本の足に真っ黒な胴体。光る赤い八つの目が俺を見る。子供の頃に庭で捕まえた。あの頃はまるで宝物を見つけたかのようにはしゃいでた記憶がある。それでも子供ってのは残酷だ。確か新しく買ったゲーム機を置く場所がないという理由だけで水槽に入っていたそれを捨てた。あの水槽はきっとまだ実家の押入れの中にある。
 そうだ。俺は目先の欲の為だけにそれを手放した。確か名前は当時流行っていた少年雑誌に掲載されていた大好きな漫画のヒロインから取った。化身として蘇った美しい姿に一時恋なんてものも覚えていたのかもしれない。若気の至りだ。そのヒロインと同じ赤いラインが一筋入っていたからという理由で安易に名前を付けた。そう、あの時は夢中だった。確かにそれに夢中だった。
 結局暫くしてそれが忘れられず捨てた庭先まで探しに行ったが、やはり見つかることもなくただ記憶からも消えてはくれなかった。だから高校の頃付き合ってた男に彫るかと聞かれた時に迷わず記憶の中から呼び起こしたそれを選んだ。右手首のそれが俺を見る。
 漫画のヒロインは主人公がピンチの時になると力を貸してくれていた。結局あの漫画のラストはどうなったんだっけ。いや、知る筈ない。実は好きだと言っておきながら途中までしか読んでなかったことを今思い出した。確か最後に見たのはピンチの主人公にヒロインが差し出した手。彼女の匙のような形を模した掌から生まれる奇跡一つで主人公は強くも弱くもなれる。そんなギャンブルのような救いの手。今こそその手を俺にも差し延べてもいいんじゃないだろうか、考えて祈るように言葉を紡いだ。アラクネ、そうだ俺が幼心に恋していた二次元のヒロイン。アラクネ。八の足と目で主人公を守ってくれる力強い守護神。

「思い出したか!」

 瞬間頭を抱えていた両手が開いた。誰かに掴まれたからだ。誰かなんて考えなくても分かるからこそ考えたくない。開けた視界に八つの瞳が歓喜に満ちたそれを向けた。なんだ、つまりお前自身がアラクネだったのか。じゃあ今すぐ俺の願いを叶えてくれ。視界から消えていなくなってくれ。

「何馬鹿なことを」

 男にそう伝えたら鼻で笑われた挙げ句俺を押し倒し組み敷いてきた。ギラギラと獰猛な捕食者の目が俺を射抜く。八つの瞳の下にある唇から舌なめずりする赤い色が見えた。つまり俺を食べるのか、何だそれは。アラクネは主人公を守ってくれる強くて美しい存在じゃないのか。俺はお前の中で守るに値する存在じゃないというのか。
 ぼんやりした頭はどうやら勢いよく床にぶつけたせいで脳震盪を起こしているらしい。ちょうどいい感じにキマり始めたマリファナがぼんやりと視界を揺さぶる。そうだ、この感覚だ。ダウナー系の心地良い揺らめきに半ば現実から逃避し始めた所でアラクネが不機嫌そうに俺の腕を噛んだ。
 痛いなんてもんじゃないその痛みは俺をこちら側に連れ戻す。ダラダラと流れる血を押さえながら俺はアラクネを見た。牙にへばりついた肉片や血の生々しさに眩暈を起こしそうになる。どうせ食べるなら一思いに殺してくれないか。痛いのは好きじゃないんだ。

「はっ、今更何を言うかと思えば。僕はお前をどれ程見ていたと思っているこのマゾヒストが」

 そう自嘲気味に笑うアラクネに俺は首を傾げた。確かに今のは正直に言おう。嘘だ。証拠におっ勃ったペニスがジャージの下から主張している。しかしこいつは一体何を言っている。お前は俺を食べる為に現れたのだろう。お前をあっさりと捨てた俺に復讐しに来たのだろう。痛いのは好きだが死ぬのは怖い。だから殺すなら痛くない方がいい。痛くないように殺してくれ。
 そう伝えればアラクネは確かに捨てたことには腹が立ったと口を開くと笑みを浮かべる。

「けれどそれ以上に僕はお前を好いていた。今でもあの日のことを覚えている。僕を見つけた時、幼き頬を赤らめて高揚するお前の顔。あれはなかなかのモノだったぞ。いつかお前が成長して交尾出来る日を望んでいた。それをずっと待っていた。お前が僕への興味を失ったとしても、僕はお前を離す気などなかった。だからお前が僕を捨てたあの日から僕はお前の傍を離れた時など一度もない」

 ご機嫌なのか饒舌なアラクネはそうまくし立ててから俺のジャージを脱がせようと下半身に手をかけた。それに慌てて制止を請う。待ってくれ、話を整理させてくれ。もうこの際お前がアラクネだとか昔一度捨てた蜘蛛であるとかは幻覚だということで納得する。だからそんな不満そうな顔を見せないでくれ。俺も今いっぱいいっぱいなんだ。だったら何故俺がもう一度探した時に現れてくれなかったんだ。

「どうせまた目新しいものに欲が眩んで僕を捨てるだろう」

 そう噛み付くように牙を剥き出しにして迫る顔に俺は嘘でもそんなことない、大事にしていたとは言えなかった。実を言うと俺は嘘が下手なんだ。すぐにバレる。だからこそ失敗だらけの人生で生きてきた。結果高校も中退して適当にフリーターをしながら葉っぱを吸うだけのクズ人間に成り下がった。分かっている。つまりこれはそんな俺に神が与えた罰なんだ。

「だったら大人しく交尾を受けろ。お前はどうせ雄の性器をしゃぶって突っ込まれるのが好きなとんだド変態野郎、なのだろう?」

 なんてこった。畜生。そうだ。こいつはさっき俺をずっと見ていたと言っていた。ずっと見ていたということは俺の性癖も何もかもがお見通しな訳で、更に言うとつい十分前に終わった恋人との別れ話すらも見ていたということだ。つまりそんな失恋して消沈気味の俺に止めを刺しにきたということか。なんだお前は鬼か。このタイミングで現れる必要性がどこにある。
 半分やけくそ気味になった俺のジャージを下着ごと引っこ抜いて剥ぎ取ったアラクネはさっきまで突っ込まれてゆるゆるのぐちゃぐちゃになったケツに自分のものを遠慮なく突っ込んできた。それに喜んで締まる俺の穴は何だ。突っ込んでくれるなら誰でもいいのか。
 ひぃひぃ息を漏らす俺にアラクネは嬉しそうに胸を爪でえぐった。痛みに悲鳴が漏れる。嘘だ、気持ちいい。今までどの男がくれた痛みよりも一番気持ちいい。涎も鼻水も垂らしまくってそれどころかさっき別れた元恋人にぶん殴られてるせいで潰れた顔面なんかとっくに崩壊してる。今更だ。気持ち良すぎてもう何も考えられないぐらいにぶっ飛びそうだ。

「今このタイミングで僕がお前の前に現れた理由、教えてやろうか」

 散々いたぶられて揺すられてもうこの際飛べるのなら人間じゃなくても構わないと思考がイカレてきた頃にアラクネが俺の右手を掴んだ。ケツから垂れる粘膜は人間の精子と比べものにならないほどに濃くて粘り気が強い。まるで糸にかかったようにそいつのぺニスから離れようとしない俺の穴がある一点を撫でられてより一層締まった。

「お前があの恋人とやらに睦言で『その気持ち悪いタトゥーを消して欲しい』と言われた時に断っただろう?『この蜘蛛は俺がずっと片思いしてる相手だ』と」

 右手首のタトゥーを優しく撫でられる。記憶の中忘れられなかったアラクネ。あぁ、そういえばそんなことを言った気がする。ぼんやりと思い出そうとしたが快楽に負けた。もうどうでもいい。
 近付くアラクネの唇にキスをされるのかと眺めていると直前で止まった。しかめた面が俺を見る。

「草はやめろ。臭くてかなわない」

 そう汚物を見るような視線にゾクリと肌が粟立った。もしかして幼い俺はとんでもないものを拾ったのだろうか。なんてこった。もっと早くに気付けば良かった。
 お前が望むのならやめようと言えばアラクネは満足そうに笑みを浮かべて俺の鎖骨を噛んだ。骨に到達してるであろう感触に呆気なくイった。それでも足りないもっと欲しい。アラクネは望みを叶えるかのように俺の内臓を突き上げた。腸が飛び出そうな程の嘔吐感を覚える。
 今この瞬間死んでもいい程の絶頂を迎えていると俺は途切れ途切れに伝えれば、アラクネは笑って俺に4本の手を差し出した。まるで掬うようなその掌の形にあぁ、この光景は知っている。何度も見てきた。何もないその掌の内の一つだけが正解なんだ。主人公はいつだってその正解を外さなかった。何故なら漫画だからだ。ちなみに漫画の主人公は運が強いって相場が決まっている。

「さぁ、どれを取る?」

 茶化す声に俺は朧げな意識のまま一つの掌を握りしめた。正解だと握り返されるそれが俺の手を掴んだままアラクネの口元に寄せられる。甲に触れるキスが痛いくらいに優しかった。

 ジーザス。糞ったれたこの最高の幻覚はどうやらこれからも続くらしい。
 俺はさっさと夢なら絶望する前に冷めてくれと唾を吐き嘲笑った。



end.



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(C)siwasu 2012.03.21


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