鼠×蛇 異種族ほのぼのBL的な。擬人化じゃないです。企画作品。 【不器用な恋】 僕は動物なのに動物的本能がない。矛盾しているようにも感じるけれど、どうしても生きている、動いているものを見ると竦んでしまう。怖くて、胃の中のものがせり上がってくるような、そんな感覚を覚えてしまう。 ショーケースから見つめる二つの大きな目は今日も溜め息をつきながら、僕の目の前で僕よりも弱くか細い生き物を掴み引っ張り上げる。小さなヒヨコは、それに安堵と不安を覚えたような表情で僕を見つめる。 僕を、睨みつける様に見つめる。 知っていた。僕に捕食されない彼等の運命が、結局は同じだということ。小さな鳴き声にも悲鳴にも聞こえる声が一回、沈黙の後に落ちるビニールの音と、扉を閉める音。 「ごめんなさい…」 そう小さく呟いた。人に意味なく殺されることと、僕に捕食されて動物としての矜持の中で殺されること。 どちらが幸せかなんて、すぐに分かる。 僕は蛇だ。 生きてる動物が怖い、その癖死んだ生き物には手を付ける、卑怯で臆病な蛇だ。 【 不器用な恋 】 ペットショップからこの家に来て一ヶ月が経とうとしていた。 残虐な主人は今日も冷凍された鼠を僕の頭上に掲げる。それに食いつきながらソッと視線を向ければ、主人は溜め息を吐く。 どうやらこの人は生きている動物を食べる姿が見たくて僕を購入したらしい。いつか用済みとされる時、今まで差し出された小動物達のようになるのだろうかと背筋を凍らせる。 それでも僕は生きている動物を見れば竦んでいた。そこに意味のある理由なんかない。ただ、目の前の命が怖かった。あの恐怖と絶望と憎悪の混じった目が僕を捉える時、彼等の生命力が自分よりも遥かに高い所にいるような気がして、平伏したい衝動に駆られる身体を押し込めてはその身を丸めることしか出来なかった。 今日も主人は諦めずに生きた動物を僕の目の前に差し出す。けれど、今回は少し違うようだ。 いつもなら僕が食べるのを今か今かと映像に映す為だろう機械を持って期待に満ちた眼差しで見つめるのに、主人は動物だけ僕のショーケースに放り込むと部屋を出て行ってしまった。 恐らく見られていると食べられないとでも思ったのだろう。その後姿を視線で追っていると、不意に前から「おい」と呼びかける声が聞こえた。 今日は鼠らしい。けれどいつもと違うのは、相手の目に恐怖や絶望なんて一つもなかった。見た目は今までと同じ可愛らしい姿をしている筈なのに、ただ獲物を狙うような獰猛な視線と今にも襲いかかってきそうな前足が僕の前でゆらゆらと動く。まるで僕が被食者に当てられているような気分になって眩暈がした。 「悪いがお前に食われてやるつもりなんかないからな」 可愛らしい鼠はそう低い声で言いながら歯を剥き出して僕を威嚇する。その姿にゾッとしながら、けれども何故かスッと身体をすり抜ける様な安心感が僕を満たしていた。とぐろを巻いていた身をゆっくりと伸ばして、彼に差し出すように胴体を曝け出す。 「君は僕を食べることが出来るのですか?」 「まぁ、出来るな」 「じゃ、じゃあ、なるべく痛くないようにお願い…します」 そう言って頭を垂れれば、彼は驚いたように目を丸くさせて僕を見た。それでも警戒心が弱まる気配が見えないことは、素直に感心する。 「お前何言ってんのか分かってるのか」 「分かってます」 「お前蛇だろう」 「そうです」 「蛇の主食はなんだ」 「小動物です」 「じゃあ俺はなんだ」 「…鼠です」 「馬鹿かっ!」 そう吐き捨てて彼は僕と距離を取った。 「そう言って油断させる気だろう」 「違います、僕は…生きている動物を食べることが、出来ないんです」 言ってから、情けなくなって下を向いた。 そんな僕に彼はようやく猜疑心が解けたのか、一度警戒を緩めると距離を取ったままドカリと座りこんだ。 「事情を話せ。食うのはそれからだ」 どうやら話を聞くつもりらしい。けれど僕には特に大それた理由もない為、少し居心地悪さを感じながら簡単に自分の中の理由付けを言ってみた。それを真面目に聞く彼は、何度か頷いた後納得したのか体を起こし僕に近付いた。 外面に伝わる毛の感触に思わず身震いする。 「本当に苦手みたいだな」 「は、はい…」 「…ちっ。馬鹿みたいに襲いかかってくるような奴なら返り討ちにしてやったのに。そんな話聞いたら食う気も失せた」 「え?でもお腹減ってるでしょう?」 「別に。ここに放り込まれる前に餌を貰ったから」 食えないこともないけど、としれっと続ける彼の顔を俺は恐る恐る伺った。 口調や雰囲気に似つかわしくない見た目は、今までの鼠と違った印象が持てる。 「鼠さんって…皆草食だと思ってました」 「正確には雑食だけどな。俺はグラスホッパーマウスっつって、主食が肉なんだ」 「グラスホッパーマウスさん?」 「長いからホッパーでいいよ、ホッパー。格好いいだろ?」 そう言いながら僕の胴体を椅子代わりに体を預けたホッパーさんは笑みを浮かべながら僕を見上げた。 「お前は何て言うんだ?驚くぐらいに真っ白だよな」 「この身体はアルビノって言うらしいです。一応名前は…ボールパイソンです」 「ボール?だっせー名前」 ホッパーさんにそう言われ、僕は恥ずかしくなって隠すように頭の周りにとぐろを巻こうとした。 ら、ホッパーさんに「椅子が勝手に動くんじゃねーよ」と言われ大人しく言う通りの体制に変える。 「じゃあお前はアルビノのアルでいいだろ」 「え?でもそれ名前じゃ…」 「いいんだよ、俺が決めたんだ。お前はアルな」 そう言われ、強引な人だと呆れつつも初めて名前をもらったことに嬉しくなって頭を振る。 それからホッパーさんには沢山のお話を聞かせてもらった。生きてるものの確実な仕留め方や気をつけなければいけないこと、あとは見てきた外の世界。気付いた時にはショーケースの中にいた僕とは違って、ホッパーさんは色んな知識を持っていた。 「じゃああれだな、お前の主人も俺にけしかけさせてお前の本能に期待したんだろ。俺に食われたらそれはそれまで、って気持ちだったんだろうな」 「え?じゃあ…」 「お前が死んでも仕方ないって思われたってことだよ」 先程から思っていたが、ホッパーさんはどうやら言葉を選ばない人のようだ。常々から主人にはそろそろ飽きられているのではないかと思っていたけれど、はっきり言われてしまうとそれを実感出来てしまい急に胸元が苦しくなって俯いた。 そんな僕にホッパーさんは心配したのか顔を覗きこむ。 「アルは主人が好きなのか?」 「いいえ…でも、捨てられるのは怖いなって…」 臆病らしい自分の答えに情けなくなって自嘲した。 けれどホッパーさんはそんな僕の頭に近付くと、鼻先を押し付けながら慰めるような仕草を見せてくれた。近付いた愛らしい顔に見え隠れする男らしさに、僕は少しドキリと鼓動を早くさせる。 「だったらよ、こんな所抜け出しちまおうぜ」 「え…?」 「幸いこの辺りは森が多いみたいだからな、この家に連れて来られるまでにゲージから確認した」 そう言って上を見上げる。けれど網のかかった天井は、逃がさないとばかりに存在を主張していた。 「こんなもん、金網じゃねーんだから、ちょっと本気出せば噛み千切れるさ」 笑うホッパーさんに逃亡、という二文字が頭を駆け巡った。けれど動こうとする身体は想像以上に竦んでいる。 あぁ、そうか。 「無理、ですよホッパーさん」 「何でだよ」 「だって僕、外に出ても生き物を、殺せないです」 悲しげに笑って、身体を丸めた。 そう、そもそも僕が外に出ても、生き物なんて殺せない。きっと餓死するに決まっている。 けれどここにずっと居てたって、いつか僕に飽きた主人が僕を処分するだろう。どの道死は免れない。そしてどちらも怖い。怖くて、選べない。卑怯な自分に吐き気がした。 「アルさぁ、お前、俺に食われそうになった時は怖がってなかったじゃねーか」 「だってそれは、僕自身が何かの糧になれる、って思ったら何だか落ち着いちゃって…」 「どの道ここにいても殺されるんだろ?どうせ俺だって殺されるに決まってる。それは嫌だ、だから俺は逃げる」 迷いもなく言い切ったホッパーさんの目に曇りはなかった。真っ直ぐに僕を見つめている。僕は恥ずかしくなって目を逸らそうと思ったけれど、その前にホッパーさんが言葉を続けた。 「だから、アル。お前は俺の食料になれ」 「食料…?」 「そうだよ、外に出て、俺が食料に困ったらお前を食ってやる」 そう言って笑うホッパーさんに、僕はようやく自分の存在意味を見つけたような気がして目が熱くなった。強いホッパーさんのことだ。本当は僕がいなくても逞しく生きていけるのだろう。そんな気がして、けれどそれでも僕に理由を付けてくれる。 頭を垂れてホッパーさんに頭に乗るようお願いした。それに従う彼を乗せて、僕は頭を、身体を大きく伸ばし天井に近付ける。 「切れますか?」 「任せろ。お前は扉の方を見ててくれ」 指示されるままに、僕は主人が来ないようにと祈りながら扉を見つめた。スリルがあって少しドキドキした、なんて言ったら多分笑われるだろう。 やがて切れた網をこじ開けて楕円型の穴を作ったホッパーさんは、そこから飛び出すと僕の身体が抜け出せやすいようにまた穴を大きく広げてくれた。恐る恐る出た外の世界はショーケースの中よりも鮮明で、くっきりとした背景達に少し眩暈を覚える。 「ほら、さっさと戻る前に抜け出すぞ」 そう言って窓の網戸をまた同じように齧って穴を作る。スルリと抜け出した窓の外はどうやら二階らしく、僕はホッパーさんに掴まってください、とお願いしてその身をパイプを伝いながら器用に下りていった。 「その身体、便利だなぁ…」 「でもホッパーさんみたいに可愛くないですよ」 あまり好きでない自分の胴体を見ながらそう言えば、可愛いと言われるのは嫌いなのか拗ねたホッパーさんがぶっきらぼうに先へ進んだ。僕もその後を慌てて追いかける。 素早く4本足で走る後姿を見ながらただ純粋に美しいな、と思った。地面を這いずる蛇と違って、大地を踏みしめる力強さが僕には羨ましかった。もし僕も彼と同じ体をしていたら、と考えて自分の脳裏に浮かんだ交尾という2文字に恥ずかしくなって頭を振る。 「この辺りでいいだろう」 素早いホッパーさんを必死で追いかけている間にどうやら森に辿りついた様だ。木々が生い茂る周囲を見回して、僕は新しい景色に感嘆の息を漏らす。 そんな俺を笑いながら見ていたホッパーさんは、足を森の奥の方に向けて口を開いた。 「じゃあな、アル」 「えっ?」 僕が反応して彼を見るのと、彼が足早に走り去るのは同時だった。慌てて追いかけるが、距離が縮まる気配はない。 「っ、どういうことですか、ホッパーさん!僕を、僕を食べるんじゃないんですか…!」 「お前まだ小さいだろ!蛇って大きくなるの俺知ってるぜ。どうせなら丸々肥えてから食いに来るから、それまでちゃんとデカくなっとけよ!」 「そんな…っ!」 遠くなった僕に伝わるぐらい大きな声でそう言い残したホッパーさんは、そのまま木々の中に消えてしまった。 僕は捨てられた、という言葉を脳裏に浮かべながら呆然と立ち尽くす。悲しかった。もしかしたらこうして楽しく話すぐらいには彼も僕を好いていてくれてるのだろうか、という淡い期待が打ち砕かれる。 けれど、そんな思いで絶望していた僕を今なら馬鹿だな、と笑ってやれる。 あれから泣き続ける僕を心配に思ったのか、森の生き物達に話を聞けば元々ホッパーさんは気性が荒くかなり強い縄張り意識を持っている為、むしろ同じ種族で雌でもない僕なんかすぐに殺してしまっていただろう、ということ。 そして、相変わらず生き物が食べることが出来ず地面に作った巣穴でお腹をすかせている僕の元に、定期的に野鼠の死骸が転がってくること。 それが、少しづつ瀕死の状態になったり、怪我を負った状態になったり、本当に、本当に、徐々に、まるでリハビリをしているような感覚で、―――僕は、小さな涙を一つ零した。 今日も落ちる音が聞こえて外を見れば弱りかけの小動物が転がっている。ふと、頭を上げて見れば木の枝に一匹の鼠の姿が見えた。 僕は思わず好きです、と口から声が漏れていた。 それに立ち去ろうとしていた鼠は、振り向くと「俺も好きじゃない奴にはここまでしない」と少し照れながら、自慢の歯を見せてニカリ、と笑った。 そして次こそ、と消える後ろ姿を目で追いながら、僕は目の前の生き物に頭を垂れて敬意を見せつつその身を丸呑みした。中で蠢く最後の生命が溶けていくのを感じる。いつか自分でも狩りをしてみよう、と決意した。 ホッパーさんは以来、僕から少し離れた場所に現れてはお話を聞かせてくれるようになった。いつも力強い目が、僅かな愛しさを含めて僕を見る。 きっとこの人は最期まで僕を食べることなどないのだろう。 彼の不器用な優しさと愛情表現に、僕は幸せを噛み締めた。 end. >> index (C)siwasu 2012.03.21 |