不良×会長/小スカ



イベントでの無配。とにかくおしっこに行きたい会長とどうしても行かせたくない不良の話。



【我慢できないっ】

「うう、最悪だ……」

 授業中の静かな廊下で生徒会長である俺、清水浩介はしゃがみ込み頭を抱えた。
 目の前には清掃中と書かれた黄色い看板が立っている。
 中から聞こえてくる音は清掃のおばちゃんがせっせと便器やタイル床を磨いてくれるものではない。女にしては太いが黄色い声が、途切れ途切れ耐えるように漏れているのだ。ついでに何かを打ち付けるような音も聞こえてくるし、変な水音も耳に入ってくる。
 出来れば便秘気味の生徒がとてつもなくデカい糞を踏ん張っているのだと思いたいが、じゃあ何故普段用具室に収まっているはずの清掃中と書かれた看板をわざわざ表に置いているんだと疑問が浮かぶ。
 あれか、誰かの気配がすると出ないタイプなのか。

「……やめよう」

 現実逃避はここまででいいだろう。
 俺は立ち上がると眉間に指を当てて数分考えた後、来た方とは逆の道へ足を進めた。
 こうなったら入りづらいが職員室前のトイレを使わせてもらおう。ほぼ教員専用といってもいい場所だが、生徒が使用しても問題はない。
 足早に階段を下りて右に曲がると、見慣れた職員室が視界に入ってきた。ついでにその前にあるトイレも。
 ホッと一息つきながら駆け足気味になるのは仕方ない。やっとこれで用を足せる。
 待ってろよ、俺の膀胱。お前の我慢は今報われるんだ。

「っておい。おい、まさか……」

 が、見えてきたトイレの前には本日六度目の黄色い看板が立っていた。
 いや、しかしここは職員室前だぞ。流石の生徒もこんな場所で盛るわけないだろう。今度こそ本当に清掃のおばちゃんがせっせと床を磨いて――。

「あ、先生、そこは駄目ですっ」
(教師かよ!)

 聞こえてきた聞き覚えがあるような、いや出来ればないと言いたい声に一瞬頭の中で想像してしまった自分を呪った。即座に踵を返してその場から離れる俺の判断は正解だと思う。

「最悪だ、この学校は最悪だ」

 さっきまで頭を抱えていた手が今は股間を押さえている。
 無理もない、かれこれ三十分もこうしてトイレを探して彷徨っているのだ。



 俺の通っている高校は男子校で何故か同性愛者が多い。
 多いのは結構、俺のケツさえ触らなければ勝手にいちゃついてくれ。
 しかしどうにも盛りの多いカップルが多いというか、とにかくどこでもセックス。いつだってセックス。裏庭でセックス。放課後の教室でセックス。部室でセックス。体育用具室でセックス。
 猿かお前らは、と叫びそうになるのを何度我慢しながら生々しい現場を見ぬ振りして素通りしたか。すぐに風紀委員に通報して処分してもらっているが。
 有難くも性に対してやたら潔癖で敏感な風紀委員長様は、頭にヤカンを置けばすぐに沸騰しそうなぐらいの怒りで顔を真っ赤にさせながら、どこでも盛る生徒たちを厳しく律してくれていた。
 その意気だ、頑張ってくれ委員長様。
 おかげでそこらじゅうで馬鹿みたいに腰を振る猿は激減。俺のストレスも委員長の怒りも和らいで平和な毎日を過ごせると思っていた。
 しかし猿だってただの馬鹿じゃない。
 人間だって元は猿だったんだ。つまり、知恵をつけた猿たちは今度はあの手この手でセックスする場所や工夫を考えてきた。
 授業中無人の保健室でセックス。鍵をかけた空き教室でセックス。施錠されてるはずの屋上でセックス。向かいの校舎の廊下から青天の下射精する生徒を見た時の俺の表情はきっと過去最高に引き攣っていただろう。
 とにかく、現在猿たちと風紀委員たちによるイタチごっこは続いているわけだが、まさかこんな手を使ってくるとは思わなかった。
 しかも何故同時に同じ手を使う。そしてバレないとでも思っているのか。背徳感でいつもより興奮しているのか、やたら荒い息遣いが廊下まで漏れているぞ。
 おかげで俺の携帯の送信履歴がすっかり風紀委員宛で埋まっている。
 どうしてくれるんだ、これじゃあ友達がいない子みたいじゃないか。
 おそらく今頃通報されたトイレには風紀委員が駆けつけ生徒たちを連行していることだろう。
 と、いうことはその場所はもう無人であり、排泄場所という本来の目的として使用可能という意味にもなるが、如何せんその場所でセックスされていた事実を知っている身だ。
 聞こえてきた音を思い出して用を足しづらいだろう。というか暫くそのトイレは使用したくない。
 つまり、まだ誰にも汚されていないトイレがトイレとしてトイレである場所を探さなければならないのだ。

「駄目だ、頭がおかしくなってきたぞ」

 さっきからトイレトイレと言っていると、脳内が便器一色になってきた。
 まずい、非常にまずい。
 俺の膀胱も必死に訴えている。というかさっきから震えている。足取りも覚束ない。あと残っているトイレはどこだ、どこが残っている。

「そうだ、旧校舎裏の……っ」

 一番汚くて誰も入りたがらないあの場所なら、流石の猿たちもセックスする気なんかおきないだろう。
 俺は最後の砦を信じて校舎の外へ向かうと、駆け足で目的の場所に走った。
 左に曲がってすぐ見えてきたその場所は、入り口に看板が見えない。つまり、誰もセックスしていない。
 やった、やったぞ。これで俺の膀胱はようやく解放される。長きに渡る尿意とさよなら出来るんだ。

「何走ってんだよ」
「うおっ」

 驚いたせいで大きく踏み出した足がもつれてつんのめる。
 バランスをとって倒れはしなかったものの、気が緩んでほんの、ほんの少し漏らしてしまったことは秘密だ。
 突然ポケットに手を突っ込みながら態度悪く現れた男を、俺は懇親の目力で睨みつけた。しかし片眉を上げただけで特に気にした様子がないのは空しい。

「そこをどいてくれないか、高須」

 俺の道を妨げた茶髪の派手なこの男は高須圭吾という高校の中でワルを気取っている男だ。人に迷惑をかけて怖がられていることをステータスに感じている格好悪い男だと俺は評価している。
 そんな高須も、軽蔑した視線を送る俺が気に食わないのかやたら突っかかってくるのだが、学校の優等生代表ともいえる生徒会長という肩書きもあって無闇に手を出せない状況にいつも苛立っているようだった。
 しかし喧嘩が強いという訳でもない俺にとって絡まれることはあっても暴力を振るわれることのない現状には感謝している。
 出来れば卒業するまでこの状態を続けていたいし、卒業したら彼の前からとんずらしたい。
 俺は普段なら適当に高須の相手をして飽きるのを待っているのだが、今日は少し事情が違うのでなるべく相手を刺激しないように気を配りながら彼の横を通り過ぎた。
 トイレは目の前だ、目の前に見えている。

「今忙しいんだ、後でな」

 そして通り過ぎた後はトイレに向かって走るだけだ。高須が追っかけてきたとしても用を足している相手に何かするほど卑怯ではないだろうし、からかってきたとしても逆に猿どもへの愚痴を存分に浴びせてやる。
 誰かに文句を言いたくて仕方ないんだ。

「いや、違うだろ」

 しかし高須は走り出そうと前のめりになった俺の腕を掴んで乱暴に引っ張った。
 流石にこれはバランスが取れず、後ろに向かって尻餅をついて座り込んでしまう。

「何無視してんだよ」

 どうやら俺の態度が気に食わなかったらしい。
 後で相手をすると言ってやってるのに何故待てない。トイレなんて五分もかからないぞ。犬以下かお前は。

「無視してないだろう。……話は後で聞くから、俺は今用を足したいんだ」

 男同士なんだしトイレを我慢していることを隠す必要もないだろう。
 俺は正直に告げて立ち上がると、高須に手を上げてトイレに向かおうと再度足を踏み出した。

「いや待てって」

 しかしまたもや失敗。伸びてきた腕は、今度は離すことなく俺を引き寄せる。
 近い近い、あと煙草臭い。あとで風紀委員にチクるからな。

「待てとはなんだ待てとは。俺は今トイレに行きたいと言ってんだぞ、何故邪魔をするんだ」
「だとしても、なんでわざわざんな汚いとこでションベンすんだよ」
「ぐっ」

 そこを突くとは鋭いな、貴様。

「校舎内のトイレが軒並み清掃中だったんだ」
「ここ、そんなにおばちゃん働いてねーだろ」
「察しろよ、そこは察してくれよ!」
「あ? ……ああ」

 どうやら高須は理解してくれたらしい。
 この学校の発情率は誰もが異常だと理解している。理解しているのに減らないのは何故だ、お前らに節制という言葉は存在しないのか。

「まああんだけ風紀委員が片っ端から制限してりゃそうなるわな」
「いや、そこは風紀委員ではなく猿どもを責めろよ風紀は悪くないぞ」

 まるで風紀委員のせいだとでも言わんばかりの高須に噛み付きながら、俺はトイレに行きたい一心で掴まれた腕を引き剥がそうと躍起になる。

「まあ、つまり今お前は漏らしそうなんだな?」
「そうだよ、分かってるなら手を離してくれ!」

 痛い。掴まれた腕がゴリラのような握力で握られていて今にも骨が折れそうだ。
 何故こいつは俺をトイレに行かせてくれない。嫌がらせか、そうか。

「ふ、風紀を呼ぶぞ!」
「ご自由に」

 携帯を取り出して脅してみるが首を傾げるだけで手が離れる気配はない。
 くそう、どうすればトイレに行ける。
 どうすれば、トイレ、トイレ……ああ、振り向けばすぐそこにトイレがあるのに。トイレ、トイレ、トイレに行っトイレ――駄目だ、本当に限界だ。
 俺は俯いて尿意の波をやり過ごしながら、スラックスの股間部分をぐっと握り締める。
 そして、とても悔しいが低姿勢で高須を見上げ、懇願した。

「た、頼む高須。行きたいんだ、どうしても」
「ほう」
「この、まま、じゃ、ほんと、も、れるから」
「ほう」

 人がこんなに頭下げてるのに何がほう、だ。馬鹿にしてんのか。
 なんだか面白そうだと言わんばかりに目が細められていて、ここでようやく俺は高須の意図を理解した。

「お、お前、俺が漏らすの待ってるだろ!」
「は? 我慢出来ればんなことならねーだろ」
「鬼か! 何が悲しくて十八歳にもなってお漏らししなきゃいけないんだ!」
「じゃあ俺が飽きるまで我慢してみろよ」
「無理、むりむりムリ。本当に無理」
「じゃあ漏らすしかねーな」
「ううう……」

 なんてことだ。普段こいつを馬鹿にした目で見るんじゃなかった。でも本当にこいつ馬鹿なんだから軽蔑したって仕方ないだろう。
 しかし今この状況で有利なのは高須で、不利なのは俺だ。
 腕が鬱血して痺れてきた。おまけに下半身の感覚も痛み以外麻痺している。

「ふ、う、うぅっ」
「なんかエロいなあ、その顔」

 その顔ってどんな顔だ。お前は変態か。
 睨みつけても相手は余計に楽しくなってきただけで何の効果も得られない。

「こ、こいつの前で漏らすぐらいなら、風紀委員長の前で漏らして三ヶ月口利いてもらえない方がマシだ……」

 多分あの潔癖症の委員長のことだから三ヶ月どころか一生近寄ってすらくれなさそうだが、それでも高須よりは数百倍マシだと思える。
 こんな奴の前で恥を晒すぐらいなら清掃中と掲げられてようが無視して使ってしまえばよかった。おそらくたちこめているであろう情事の香りをかき消すぐらいの勢いでアンモニア臭を撒き散らしてやるんだった。

「は?」

 しかし、この俺の言葉は高須の逆鱗に触れてしまったらしい。
 委員長とこいつは仲が悪いので(そりゃ風紀と不良は仲が悪くて当たり前だ)比べられたのが癪だったのだろう。
 からかい気味だった表情が一変、怒りに変わると俺の胸倉に掴みかかってきた。

「ぼ、暴力反対っ」

 殴られると思った俺は手を上げて顔の前で交差させる。
 けれど、高須は掴んだ腕を離したかと思えば再度俺の両手首を掴んで顔を覗き込んできた。
 そして突然唇に噛み付いて……噛み付く?

「んぐっ」

 あろうことか、高須は俺の唇を大口あけて食べてきやがった。
 驚いて口を開けば、中に舌が滑り込んでくる。ぎょっとして抵抗を見せるが、その前に高須の体が俺にぴったりと引っ付いてきて足の間に膝を滑り込ませると、股間を――こか、……っあ!

「んん、ふう!」

 勢い良く暴れるが、俺より図体の大きい高須に力で勝てるはずがない。
 股間を膝で押し上げられ刺激されれば、尿意は一気に暴発寸前までせりあがってきた。

「たっ、たか、ひゅ、……たか、や……あっ」

 必死に頼もうとする口は高須によってめっちゃくちゃに舐められ吸い上げられ舌を噛まれ、もう意味が分からない。分からないついでに頭が弾けるようにチカチカして――同時に、下半身が熱くなっていくのが分かった。

「んん、う、ぅん」

 あ、俺漏らした。
 そう頭のどこかで理解した時には、開放感と喪失感と気持ちよさで高須のやたらしつこいディープキスをされるがままに受け止めていた。
 体はとっくに自分で支えきれなくなって高須にもたれ掛かるように預けたままだ。
 そして相手が満足するまで唇を犯され、ついでに尻なんか揉まれながらようやく息をつけた時には、酸素を求めてアホみたいに口をパクパクさせながら高須の厚い胸板に顔を埋めてシャツを握り締めていた。
 段々スラックスが冷たくなっていくのと同時に、俺の頭もはっきりとしてくる。
 やってしまった。
 漏らしてしまった。

「パンツの替えなんか持ってきてねーぞ……」
「開口一番それかよ」

 呆れた高須の声に俺は腹が立って鳩尾に拳を入れてみるが、ちょっと呻くだけで倒れはしなかった。最悪だ。

「もっと他にあるだろ。キスされた、とか」
「んなもん物好きな変態に痴漢されたと思えば泣き寝入りするしかないにしても我慢できるわ。それよりどうしてくれんだ、ぐっちょぐちょじゃねーか。これで校舎に戻るとか無理だろ。くせえだろ」

 半泣きになりながら高須の胸倉を掴むが、相手は白けたと言わんばかりに鼻をほじっている。
 人を漏らさせておいてその態度はなんだ。

「これだから鈍感会長様はたりいんだよなあ」
「はあ? 鈍感どころか敏感だが? さっきもお前のキスで不覚にもちょっと半勃ちになりかけたが?」
「……これだから嫌なんだよ」

 何故か高須が頭を押さえて溜め息を吐く。
 吐きたいのはこっちだ、この状態じゃ八方ふさがりなんだぞ。

「じゃあこうしよう。俺がお前のジャージを持ってきてやる」
「本当か!」

 なんだお前実はいい奴か、いい奴なのか!

「……その間お前はそこのトイレで待っとけ。間違って人が入ってこないように清掃中の看板でも立てとけよ」
「よし分かった!」

 高須が何故か棒読みで提案してくれる言葉に、俺は何の疑問も持たず頷くと濡れて気持ち悪くなったスラックスを引き摺ってトイレに足早に向かった。
 流石に着たままも嫌なので、先に脱いで待っていよう。
 そうしてシャツ一枚のフルチン姿のまま個室で待っていた俺を高須がどうしたかまでは言わずとも分かるだろう?
 既成事実を作られた後、臭い便器の並ぶ中愛の告白なんてされて俺がオッケーするかまでは教える気なんかないけどな。



end.



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(C)siwasu 2012.03.21


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