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 ──「たった一度だけ、忘れられない体験をしたことが」。


 忍田さんの言っていた、その一言が私の中でどこかで引っかかったままだった。


「あれ、どういう意味だったんだろう……」


 今日は講義も何もなくて、ベッドで真っ白な天井を見つめているとそればかりが頭に浮かんできて、課題に手をつけられない。
 シフトも夕方からだから、特段することもない。


「絢未は今日も研究室にこもりっぱなしだし……うーん……」


 このまま何もしないっていうのも……。


「よしっ、買い物でも行こう!」


 別に何か目的があって買い物に行くわけでもないけれど、お昼のことやショッピングで気が紛れることも考えれば無駄ではない。
 それに土曜日だし、たまには遊んでもいいよね。


 そうと決まればさっさと準備を整えて出かけようとすると、まるでタイミングを図ったかのようにインターホンが鳴った。


「はーい」扉を開けると、両手に箱を持った男性の姿があった。


「こんにちは」

「あ……こんにちは」

「えーと、これどうぞ。明日から隣の部屋に住む遊佐って言います」


 頭を下げて丁寧に挨拶してくれるメガネをかけた男性は持っていた箱を差し出してきたので、受け取る。


「あ……ありがとうございます。でも、なんで今日なんですか?」

「あー。俺、荷物が多いんで、先に荷物を送ったんですけど、ちょっと遅れてて。だから、自分だけ先に着いちゃったんですよ。荷物は明日来るんですけど、荷解きで遅れちゃうと思って、先に挨拶しちゃおうと思って」

「あー、なるほど……。大変ですね」

「そうなんですよー。ってことで、明日からよろしくお願いします」

「こちらこそ。わざわざありがとうございました」


 男性はぺこと謝って、さらに奥の部屋に向かったのだった。
 このフロア全員に渡すのかな。
 私もこの部屋に引っ越して挨拶で回ったけれど、「今どきちゃんとしてるわねぇ」と感心されたぐらいなのに、きっとあの人も同じことを言われるに違いない。


 荷物を玄関に置いていき、目的地である駅ビルへと向かった。

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