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「もしかして、初めてだった? ごめん……今度はゆっくりするね」
経験豊富そうな忍田さんはやっぱり余裕な顔で、優しく微笑みかけてくれる。
「忍田……さん……。もしかして、酔って?」
「酔ってないよ。でも、酔ってるとしたら、結ちゃんに……かな」
そう言って、忍田さんの手が私の胸に目がけて優しく下りる。
本当は怖い──と思っているはずなのに、酔っているせいで感覚が鈍っているせいなのか、はたまたその手つきが優しいせいなのか、抵抗できない。
「あっ……」
「可愛い胸だね……。結ちゃんみたいだ」
「や、そんなに触らないで……ください……っ」
「ごめん……。できないよ」
スリスリと優しく私の小さな丘を撫で、恥ずかしさがじわじわ込み上げてくる。
あまりにも優しすぎるその手がもどかしくて、すごく恥ずかしい。
「や……忍田、さん……っ」
「甘いね、結ちゃんの声は」
撫でていた忍田さんの手が服の下から入り込み、私の肌の上を滑らせていき、ブラを持ち上げると大きな手で優しく胸を包み込む。
「ん……っ」
「ごめん……」
「えっ……?」
「止められそうになくて……。嫌だったら、嫌だってはっきり言ってほしい」
「忍田さん──」
忍田さん、私に気を遣ってる?
私を傷つけないためにしてくれてる?
忍田さんの考えていることが、私には難しくて。
だって、ちゃんとした恋愛なんて、一度もしたことがないのだから。
「忍田さんは──恋愛でいやな思い出って、ありますか?」
「え?」
私は何を訊いているんだろう。
こんな質問、困らせるだけだって分かっているはずなのに……。
忍田さんはしばらく考えてから、手を離していった。
「あるよ」
「え?」
「あるよ。たった一度。たった一度だけ、忘れられない体験をしたことが」
そう言う忍田さんの表情は暗くて、今すぐにでも消えてしまいそうな儚さがあった。
「そっか……。そっか。結ちゃんにもあるんだね、そういうこと」
「あの……」
「ごめん。そうだよね。俺は何も考えずに、衝動だけで……。そりゃそうだ。恋愛には必ずそういうよくないことだって見えてくる。当然だよね」
長いため息を吐いて、忍田さんは私の顔を見た。
「ごめん。軽率だったね」
「あ……」
そうじゃない。
私の方こそ……浅はかだった。
恋愛で傷つくことなんていくらでもあるということは経験していたはずなのに……それを無理やり呼び起こさせてしまった。
そんな罪悪感が残ってしまった。
その後、私は忍田さんにタクシーで帰ってねと言われ、それ以上何も言えずに帰路についたのだった。