01夏の誘惑
「明日から水泳が始まるから、水着忘れるなよ」
そして体育教師は解散と言って、さっさとグラウンドを後にした。
明日から水泳、か……。
別に嫌なわけじゃない。
小さい頃から中2までスイミングスクールに通っていた経験があるから、得意だ。
だが、それよりも問題なのは──
「ねえねえ、凌君!」
「ん?」
ほら、来た。
後ろから女子の声とともに何かが衝突してきた。
まあ、背後に柔らかい感触が伝わってくるということは、抱きついてきたと解釈していい。
「凌君ってスイミングスクール通ってたから、上手いんだよね? 明日、教えてほしいなー」
「えー! ちょっとズルい! ねえ、成瀬君。私にも!」
そう、これが問題なんだ。
どこからか俺がスイミングスクールに通っていたことが漏れ、大体はこうやって女子が教えてアピールをしてくる。
で、水着で誘惑しようという魂胆だ。
「まあまあ。教えてあげるから。でもみんなの様子は見らんないから、カズにも見てもらうよ。アイツも水泳は上手いから」
「やったー! ありがとう! チョーうれしい〜」
夏は嫌いなわけじゃない。
水着を着た女子を間近で見ることができるし。
そんな甘い誘惑があるからだ。
ただ、しょせんは見るだけ。
誰も触らせてくれようとしない。
蛇の生殺しとはよく言ったものだ。
水着の女子に囲まれるだけなんて辛すぎる……。
いくら童貞を卒業できたからと言って、高嶺の花と位置づけられた俺には何かが変わるわけではないのだから。
女子を追いやり、ようやく教室に戻る決心をしたとき──
「成瀬君!」
「ん? ああ、三日月か……」
声をかけてきたのは、三日月流音。
俺が所属するクラスの中で──いや、校内一可愛い女子だ。
「今日もすごい人気だねー?」
「おかげさまで」
「ねぇ? 私にも水泳、教えてほしいな?」
「三日月が?」
思わず驚いたせいで、声が上ずる。
俺は去年も三日月と同じクラスだったんだけど、記憶の範囲内で三日月が水泳の授業に参加していた覚えはない。
「でもお前、去年は泳いでないじゃん」
すると三日月は眼を空中で泳がせて「あー、うん」と生返事をする。
だから、ワケアリだなと察しがついた。
「私、カナヅチなの。でね、昔、川で溺れたこともあるから、ちょっと怖くて……。だから、克服したいなって」
なるほど。
過去のトラウマで水に恐怖心が植えつけられたってことか。
なら、断るわけにはいかない。
「でも、俺でいいわけ?」
「多分、成瀬君ほど適した人はいないと思うから──で? いいかな?」
「別に構わないけど。だったら、徹底的に指導してやるよ」
「え? でもあの子達……」
「大丈夫だって。アイツらはカズに任すから」
「あ……ありがとう……っ」
顔面を真っ赤にして礼を言うと、三日月はお先にと言って教室に戻っていった。
可愛いとこあるんじゃん。
あんまりモテる女に興味はない。
俺色に染め上げることが無理そうだからだ。